「春待岬」に建つ洋館。そこに住む少女に、ぼくは一目惚れした。でも、そのときは知らなかった。会えるのが、桜の咲いている間だけだなんて。もちろん、歳をとるのがぼくだけで、彼女が永遠に、少女であり続けることも―“時の檻”に囚われた彼女を、なんとしても救い出す!そのためには、“クロノス”を―気がつけば、愛する人よりも大人になっている。そんなとき、あなたは、どうしますか?そして“ぼく”の選択を、どう思いますか? (「BOOK」データベースより)
梶尾真治の一番得意とする変形のタイムトラベルものの長編恋愛小説です。
天草で銃砲店を営む祖父母のもとに行ったときに、春待岬の先端で十歳の白瀬健志少年が見かけたのは「杏奈」と呼ばれている美しい少女でした。一目でその少女に恋をした健志は、それからは春になれば毎年のように天草を訪れ密かにその少女を眺めているのでした。
ある年、その洋館に忍び込み、直接に杏奈と話すことになった健志ですが、そこで聞いた話は信じられないものでした。彼女は春先の桜の咲く頃の数日間だけこの岬にあらわれる存在であり、一年後に会うときは、健志にとっては一年後のことでも、彼女にとっては連続した日、今日の翌日でしかないというのです。
健志は何とか時間の罠にとらわれてしまった杏奈を救うために、タイムマシンの研究に生涯をかけようと決心します。
登場人物としては、ほかに杏奈の兄や、健志を岬の洋館に連れて行ってくれたカズヨシ兄ちゃん、それに青井梓という女性などの登場人物がいて、健志の成長を見守り、そして時だけが流れるのでした。
この梶尾真治という作者のデビュー作である『美亜へ贈る真珠』も似た設定でした。ただ、こちらの場合は恋人同士の存在する空間の時間の流れが異なるために、彼の前では彼女は塑像のように硬直して見えるのです。じっくりと時間をかけて観察すればほんの少しずつ動いているのが分かります。勿論、彼女の流す涙も長い時間をかけて落ちて行くのでした。
一歩間違えば感傷過多のロマンチシズムに陥りそうな設定を、ほのかな恋模様を背景にしながらも、変形のタイムトラベルもののSFとして仕上げられているこの物語は、その後の梶尾真治の方向性を示す作品だったと思います。
タイムトラベルをテーマにした小説は数多くありますが、私が読んだ中ではR・A・ハインラインの『夏への扉』を外すわけにはいきませんし、近頃読んだ作品で言うと、畑野智美の『タイムマシンでは、行けない明日』はなかなかに面白い作品でした。
『夏への扉』は、冷凍睡眠により未来で目覚めた主人公が、タイムマシンで過去に戻り、過去に裏切られた仲間への復讐を果たそうとする話です。「夏への扉」を探す猫のピートの話から、猫の小説としても高名なこの物語は、古くからの日本のSFファンの間では一番人気の作品だといっても過言ではない名作です。
なお『夏への扉』に関しては福島正実訳のものが有名ですが、2009年に小尾芙佐氏による新訳版も出ていて、こちらも評判が良いようです。
『タイムマシンでは、行けない明日』は、高校1年生の丹羽光二が、自動車事故で死んだ同級生の長谷川さんを助けるべく過去へ戻るためのタイムマシンの研究をしようと進んだ仙台の大学で、思いもかけず過去へと旅をすることになる物語です。青春小説ともいえるこの物語は、序盤から貼られていた伏線が丁寧に回収されていくその過程がなかなかに読み応えがありました。
タイムトラベルものといえば、映画も多くの名作があります。まず思い出されるのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』であり、『バタフライ・エフェクト』や『LOOPER/ルーパー』『デジャヴ』ですし、日本では『時をかける少女(実写版)』『地下鉄に乗って』など、きりがありません。ここでは内容までは立ち入りませんが、どの作品も面白く見た映画です。