『クロノス・ジョウンターの黎明』とは
本書『クロノス・ジョウンターの黎明』は『クロノス・ジョウンターシリーズ』の第二弾で、2022年10月に272頁の新刊書で刊行された長編のSF小説です。
待望のと言ってもいい、続編が書かれるとは思ってもいなかった作品なのですぐに読みましたが、若干の期待外れの一面もありました。
『クロノス・ジョウンターの黎明』の簡単なあらすじ
仁科克男は、ある日勤務先近くのレストランの店主が撮った自主映画を観せてもらい、そこに映っていた女性・清水杏子に惹かれた。しかし、彼女は撮影直後、事故で亡くなったという。その直後、会社の人事異動で、系列の新会社P・フレックに出向することになり、開発業務に就くことになった。仕事内容は「時間軸圧縮理論」を応用した装置を作り出すという途方もないこと。同僚の野方によると、それは時間を操作し、過去や未来へ行くことが出来る装置らしい。そして、彼はこの装置を”クロノス”と呼んでいた。克男は、この装置を使えば、杏子を助けることが出来るのではないか、と思いつき……。
前作『クロノス・ジョウンターの伝説』(全7篇。徳間文庫)に収録された作品は、二度の映画化(2005年「この胸いっぱいの愛を」、2019年「クロノス・ジョウンターの伝説」)と、5回舞台化され、再演を繰り返した人気シリーズ。その最新作を刊行。
(また、この舞台版の上演台本は、毎年数件以上、学生・社会人演劇で上演され続けている人気作)(内容紹介(出版社より))
『クロノス・ジョウンターの黎明』の感想
タイムマシン物としてはかなりの人気を誇る著者 梶尾真治 の前巻『クロノス・ジョウンターの伝説』は短編小説集だったのですが、本書は長編小説です。
「クロノス・ジョウンター」とは物質過去射出機、つまりはタイムマシンのことであり、本ブログの『クロノス・ジョウンターの伝説』の項で簡単に説明してあります。
それが、
「クロノス・ジョウンター」とは「時間軸圧縮理論」を採用したタイムマシンであり、過去に戻ればその反発で戻った過去の分以上の未来へ飛ばされてしまうという欠点を持っています。
ということであり、通常のタイムトラベルもののパラドックスの問題に加え。この欠点故のドラマが繰り広げられます。
そして、その「クロノス・ジョウンター」の開発の様子が描かれているのが本書『クロノス・ジョウンターの黎明』です
短編集だった前巻『クロノス・ジョウンターの伝説』は「クロノス・ジョウンター」の持つ欠点を焦点にした物語だったのですが、本書は「クロノス・ジョウンター」開発のきっかけや開発行為そのものを描き出しています。
そのためでしょうか、前巻『クロノス・ジョウンターの伝説』に比べて物語の持つ熱量が今一つのような印象を受けました。
前巻は基本的にラブストーリーであり、それもクロノス・ジョウンターの持つ欠点からくる制限故の、自己犠牲的な愛情の発露が要になっていました。
ところが、本書『クロノス・ジョウンターの黎明』ではその過去への遡行とその反発による未来へのジャンプという現象がないために、ラブストーリーの哀切感があまり感じられません。
物語は、たまたま見かけた八ミリ映画に登場していた清水杏子という女性に恋をしてしまった仁科克男という人物と、未来から送られてきた手紙を受け取りやはり清水杏子に恋をしてしまう青井秋星の二人の物語からなっています。
正直なところ、前著『クロノス・ジョウンターの伝説』の内容をあまり覚えていませんでしたので、本書読了後に前著の内容を調べたところ、前著での登場人物が幾人か本書で登場していました。
本書の最後に付されているクロノス・ジョウンター関連の年表でも、前著でのそれぞれの短編の主人公であった野方耕市や吹原和彦などのエピソードがさらっと触れられているのです。
これはもう一度『クロノス・ジョウンターの伝説』を読み直す必要があると痛切に感じました。
そうすれば本書の印象ももう少し変わったかもしれません。
著者 梶尾真治 は、時間旅行をテーマにした純愛ものが一番得意な分野であり、面白いと思っているのですが、そうしたいくつかの作品の中に『クロノス・ジョウンターの伝説』にも登場してくる機敷埜風天などというキーマンが登場してくるのも一興です。
例えば『デイ・トリッパー』という作品がそうで、合わせて読んでみるのもいいと思います。
機敷埜風天とは個人的な収集物を展示した博物館の館長という設定ですが、そこに「クロノス・ジョウンター」も展示してあったりするのです。
こうした点から、梶尾真治の得意とする時間旅行ものとロマンス物とのミックスである筈の本書が、ロマンスの点でも時間旅行の面でも若干の不満を残す結果となってしまったのは残念でした。
とはいえ、今更ではありますが、ほかの作品と比較して残念だったというだけであり、それなりの面白さを持っている物語だった、とも言えるのです。