大学生のぼくは、失恋の痛手を癒す感傷旅行と決めこんだ旅の帰り、フェリーに乗り込んだ。そこで出会ったのは、ナップザックを持ち、ジーンズに粗編みのセーターを着て、少しそばかすがあるが、瞳の大きな彫りの深い異国的な顔立ちの美少女。彼女はエマノンと名乗り、SF好きなぼくに「私は地球に生命が発生してから現在までのことを総て記憶しているのよ」と、驚くべき話を始めた…。(「BOOK」データベースより)
本書を第一巻とするエマノンのシリーズは現時点で五冊が出ています。そして、本書『おもいでエマノン』には生命誕生から現在までの記憶をもった少女を主人公とした、八作の短編が収納されています。
簡単に一、二作の内容を紹介すると、一番最初の「おもいでエマノン」はフェリーの中で知り合ったエマノンと名乗る少女との出会いと別れがあり、そして十三年の後の、エマノンの過去の記憶を持った八歳ほどの少女との出会いと別れがあります。その少女は、自分にとっては、好きだったという思い出は数時間も数十年も同じく刹那であって変わらない、と言うのです。彼女の負っている時の記憶の凄まじさの一端が示されます。
次の「さかしまエングラム」は、エマノンの血を輸血されたことで膨大な過去の記憶を引き継ぎ、その記憶に押しつぶされそうになっていた都渡晶一少年が、治療のために催眠術療法を施され、逆進化を始める物語です。
このように、本書の基本にある「記憶の継承」というアイディアが秀逸であることはもちろんなのですが、各短編もよくぞこれだけのアイディアが出てくるとただ感心するばかりです。
タイトルからすると少女漫画的な、メルヘンチックな物語のような印象を受けますが、そうではありません。そういう物語も無いとは言いませんが、梶尾真治という作家の本質をもった物語集ではないかと思えるのです。というのも、私が梶尾真治に出会ったデビュー作の『美亜へ贈る真珠』という短編とニュアンスが似ていて、そのことは梶尾真治の多くの作品にもあてはまると思えるからです。
『美亜へ贈る真珠』という作品は、細かな設定はもう覚えてはいないのですが、時間の流れが極端に遅くなる機械の中にいる青年と機械の外にいる娘の恋物語でした。そして、本作品集のタイトルにもなっている一作目『おもいでエマノン』も、ひたすらにエマノンを想うその心情を主題としています。共に、若干の感傷とロマンティシズムに彩られた小説だと思えます。
また、本書の主人公は地球上に生命が誕生した時から現在までのすべての記憶を受け継いでいる娘です。それこそ原初の海のアメーバの頃からの記憶を持っているのです。それは、時間軸と異にする二人の物語である『美亜へ贈る真珠』と同じく、タイムトラベルものの変形と言えると思います。
ただ、この小説『おもいでエマノン』が梶尾作品の中で最高だ、などと言うつもりはありません。それどころか、この作者の物語の完成度からするとかえって低い点数と思える作品が多いかもしれません。
物語自体の粗さもそうなのですが、エマノンが自分が過去の記憶を持っているということを簡単に他人に語っていることなど、この能力は誰しも目をつけるものでしょうし、記憶内容を欲しがることでしょう。が、そのことについては何も触れられてはいません。でも、まだ最初の一冊なので他の物語で語られるだろうことを期待しています。
でも、本書の書かれた時期をみると、三十年以上も前の作品ばかりなので、それも仕方のないことなのかもしれません。