タイムトラベルものを得意とする梶尾真治による、星間宇宙船内部での出来事や未知の惑星での冒険心にあふれた生活を描く、「ノアズ・アーク」「ニューエデン」「約束の地」とそれぞれにサブタイトルがついた、文庫本で全三巻という長さを持つ大河小説です。
ある日、太陽の異変により地球の消滅が現実のものとなります。各国は秘密裏に一隻の巨大星間宇宙船ノアズ・アークを作り、密かに選抜された人たちを乗せて、百七十二光年先に見つかった人類の生存が可能を思われる惑星(「約束の地」)へと旅立ちます。
地球に残された人々は、アジソン米大統領を始めとする宇宙船で旅だった人たちについて、自分たちが助かるために地球を見捨てたとして非難するのでした。
しかし、宇宙船が旅立てすぐに物質転送機が発明されます。地球に残された人々はこの物質転送機を使い、ノアズ・アークが向かった移住先の星へとジャンプするのです。
第一巻目はこの間の事情が説明され、ノアズ・アークが旅立った後の地球で新世界へとジャンプする人、地球と共に死に絶えようとする人々、そして新世界についての何の情報も無く未知の惑星に放り出された人々のそれぞれの生活が、個別に、独立した短編のように描かれています。
第二巻目になると、地球は既に無く、星間宇宙船ノアズ・アーク内、そして「約束の地」のそれぞれで新しい環境に応じた生活が営まれ、また世代交代が進んでいくのです。
つまりはこの物語を通しての主人公というものは存在せずに、当初登場してきた登場人物の子孫や、新たに登場する人たちが物語を引き継いでいきます。そして、今は消滅してしまった地球を全く知らない世代も登場し、宇宙船内部での生活や「約束の地」での暮らしが、やはり独立した物語として語られています。
ただ、「約束の地」においては、ノアズ・アークで旅立った人々をアジソン米大統領一派として憎しみの対象として捉えるようになっていました。見知らぬ惑星で生き延びるために、憎しみの対象を別途設け、その憎しみを生き抜くエネルギーとしていたのです。
そして、最終巻では「約束の地」へとたどり着いたノアズ・アークと、「約束の地」で一応の安定した生活を営むようになっている人々との邂逅が描かれます。
ここでは憎しみの対象となっているアジソン米大統領一派の乗るノアズ・アークが「約束の地」に近づくにつれ、「約束の地」での庶民の生活が、一人のアジテーターにより、憎しみが宗教的な教義のような主張へと変化していく様が描かれています。
この物語は、これまでの梶尾真治の物語からするとかなり違和感を感じるものではありました。
特に結末は一千頁を超える分量の物語の結末としては淋しく、若干物足りなさを感じたものです。この点は著者自身が「異論もあるでしょう」と書かれておられますから、まんざら個人的な好みの問題というわけでもなさそうです。
その意味でも梶尾真治の作品の中ではベストに入るとは思えない作品でした。
こうした恒星間旅行をテーマにした作品といえば、R・A・ハインラインの『宇宙の孤児』やA・C・クラークの『遙かなる地球の歌』などが思い出されます。でも、宇宙船内部での物語というと『宇宙の孤児』ということになるのでしょう。
「物質転送」という観点から見ると、小説では思いだす作品はありませんが映画にはよく出てきますね。一番メジャーなものとしては『スタートレックシリーズ』があります。エンタープライズ号からの転移の場面が随所に出てきます。下掲のイメージは現時点(2018/03/08)での最新作で、クリス・パイン主演の「スター・トレック BEYOND」のものです。
また、ちょっと前の作品になりますが、ジェフ・ゴールドブラムでリメイクされた『ザ・フライ』という映画があります。物質転送機に紛れ込んだ一匹の蠅と合体させられてしまった男の恐怖を描いた作品でした。