『タイムマシンでは、行けない明日』とは
本書『タイムマシンでは、行けない明日』は2016年11月に集英社からハードカバーで刊行され、2023年2月に小学館から432頁の文庫として刊行された、長編のSF小説です。
タイムトラベルもののSF仕立ての恋愛小説ですが、丁寧に張られた伏線の回収の仕方など、なかなかに読みごたえのあるSF小説です。
『タイムマシンでは、行けない明日』の簡単なあらすじ
時空を超えて必ず出会う運命だった
光二は、ロケット発射台のある南の島で育った高校生。いつか自分もロケットの研究をしたいと勉強に勤しむ一方、密かに同級生の長谷川葵に思いを寄せていた。
平沼は、仙台の大学の時空間の研究室で教授をしていた。過去を一切語らない彼を、周囲は不思議に思う。33歳の平沼を教授に抜擢したのは、齢90近くと噂される井神前教授だ。二人の間には誰にも言えない秘密があった。
別の人生を生きていると思っていたあらゆる人物達が一本の線上に連なる。時空を超えても人は出会うべき人と出会うようにできている。運命を信じたくなる物語。【編集担当からのおすすめ情報】
あの分岐点で、別な道を選んでいたら、どんな人生になっていたんだろう。
なんて考えることもあるけど、この作品を読むと、時間を超えても、別な選択をしても、同じところを辿るよう運命はさだめられているのかもしれない、と心に沁みてきます。この長編ストーリーと短編集『ふたつの星とタイムマシン』を一緒に読むと、一つ一つの短編がパズルのピースのように、長編のエピソードの中にピタッとはまってくるという面白い構成に!長編の主人公から見た視点と短編の主人公から見た視点、同じ事象でも立場によって違って見えてくる描写が秀逸です!!( 内容紹介(出版社より))
『タイムマシンでは、行けない明日』の感想
本書『タイムマシンでは、行けない明日』では、というかこの作者は過去への手段を科学的に説明する努力は一切と言っていいほどにしていません。ただ単に、そこにタイムマシンがある、のです。
自動車事故のために帰らぬ人となってしまった、同級生の長谷川さんを助けようと、高校1年生の丹羽光二はタイムマシンの研究をするために仙台の大学へと進みます。
つまりは、過去に戻って過去を改変し、長谷川さんが自動車事故に遭わないようにしようとするのですが、その大学で思いもかけず過去へと旅をすることになるのです。
物語は過去へ遡った主人公のそれからの人生を描くことにあります。
だからこの物語はSFではないなどと言うつもりではなく、物語の重点が登場人物の人生を描くことにあり、そこでの時間旅行の絡ませ方が上手い、と思うだけです。
この物語はパラレルワールドの話になりますが、その描き方が上手いのです。物語の序盤から潜ませてあった伏線が、物語が進むにつれて回収されていく様は心地よく、最終的な終わり方は読む者の胸を打ちます。
本書『タイムマシンでは、行けない明日』については、新刊書ではカバーイラストを漫才師であるキングコングの西野亮廣氏が担当していることも驚きでした。
この著者の作品で、本書の元になった短編も収められている『ふたつの星とタイムマシン』の装丁も同じく西野亮廣氏が担当しており、それが思いのほかに作品にマッチしていてつい感心してしまったものです。
文章も個性的です。短めの文章をたたみ掛け、そして文章の抒情性を排しながらも読み手の情感に訴えてきます。
俯瞰的な文章であり主観を排しているようでいて、適度な湿度を持ち、心地よいリズムで読み終えることができました。
時間旅行と言えば、まずは梶尾真治の作品が挙げられます。中でも一番はっきりしているのは『クロノス・ジョウンターの伝説』だと思います。
他にも『つばき、時跳び』を始めとして多くのタイムトラベルものを書いておられますが、『クロノス・ジョウンターの伝説』はタイムトラベルの設定が秀逸です。
過去へ戻ることはできても、一定時間経過すると逆に未来へと飛ばされてしむという欠点があるのです。この設定のもと、いろいろな物語が紡ぎだされます。
そして何といっても外すことができないのはハインラインの『夏への扉』でしょう。
仲間の裏切りに傷ついた主人公は冷凍睡眠技術で眠りにつきます。西暦2000年の未来で目覚めた主人公は、タイムマシンで過去に戻り、自分を裏切った恋人や仲間への復讐を果たそうとするのです。
古くからの日本のSFファンの間では一番人気の作品だといっても過言ではない名作です。
私が読んだのは福島正実氏が訳したものですが、近年小尾芙佐氏の新約版も出ているそうです。この新約版でも読んでみたいものです。
蛇足ながら、丁度先日タイムマシンもののマイナーな映画を見たなばかりでした。それも二本。
一つはイーサン・ホーク主演の『プリデスティネーション』で。もう一つは『プライマー』。そのちょっと前には『Looper』という映画もありました。
『プリデスティネーション』はハインラインの『輪廻の蛇』を原作とする作品ですが、映画の出来は私の中では中の上といったところでしょうか。タイムトラベラーを監視する時空警察の物語です。
『プライマー』はサンダンス映画祭で審査員大賞をとった作品ですが、難解に過ぎて一回見ただけでは決して内容を理解できない映画でした。この作品を解説したサイトがあったので、やっとその意味を理解できたほどです。
『Looper』はブルース・ウィリス主演のアクション映画とも言える作品で、未来から送りこまれた人物を殺す殺し屋が、ある日送りこまれてきた自分を助けてしまう、という独特な話でした。
どの作品も面白いSF映画であり、久しぶりに堪能したものです。
本書『タイムマシンでは、行けない明日』は、SF作品はそれが小説であっても、また映画であったもやはり私が好きな分野であり、これからも読みまた観続ける表現手段であるとあらためて再認識させられた作品だったと言うことができます。