本書『インビジブルレイン』は、『姫川玲子シリーズ』第四弾の500頁弱という長さの長編推理小説です。
もしかしたら、本シリーズのこれまでの作品では一番惹かれたと言えるかもしれない作品でした。
姫川班が捜査に加わったチンピラ惨殺事件。暴力団同士の抗争も視野に入れて捜査が進む中、「犯人は柳井健斗」というタレ込みが入る。ところが、上層部から奇妙な指示が下った。捜査線上に柳井の名が浮かんでも、決して追及してはならない、というのだ。隠蔽されようとする真実―。警察組織の壁に玲子はどう立ち向かうのか?シリーズ中もっとも切なく熱い結末。
やはり誉田哲也という作家の作品ははずれがなく、とくに本『姫川玲子シリーズ』に属する作品は読みごたえがあると感じた作品でした。
ただ、本作『インビジブルレイン』はシリーズの中でも姫川の女の部分が強調された異色の作品となっているため、好みでないという評価を下す人が多いかもしれません。
そしてもう一点、本書は姫川班として活躍してきた姫川玲子の活躍の場が変更するという点でも特異な位置を占める作品と言えます。
暴力団大和会系の下部組織に属するチンピラが刺殺されるという事件がおきます。捜査本部には暴力団担当の組織犯罪対策部第四課も加わり、姫川玲子も暴力犯担当の下井警部補と組むことになります。
ただ組対四課が自分のところで犯人を挙げると張り切っていて、彼らの主導によって本事案は暴力団抗争に絡んだ事件との見方が主力になります。
ところが、柳井健斗という男が犯人だとのタレコミがあり、警察の上層部からは柳井健斗には触らないようにとのお達しが出されるのです。
柳井健斗とはかつて警察不祥事に絡んだことのある名前であり、あらためて警察の不祥事を明るみに出すことはないとの判断が働いたのです。
しかし、姫川がその命令に従うはずもなく、相棒の下井警部補の影の協力もあり、単独での捜査に走るのでした。
その単独捜査の過程で知り合うことになったのが極清会の会長であり、大和会の系列組織である石堂組の若頭補佐でもある牧田勲という男です。
この男と姫川玲子との関係が本書の一番の見どころということになるのでしょうか。
個人的には、このシリーズの一番の魅力は登場人物たちの個性がぶつかり合う絡みの場面だと思っているのですが、本書『インビジブルレイン』もまたその例に漏れません。
その流れの中でいうと、本来は見せ場である姫川と牧田とのからみの場面が一番気になるところなのでしょうし、確かにその点も気に場面であるのは間違いありません。
しかし、個人的にはそれよりも姫川の相棒である下井警部補との会話や、姫川の上司である捜査一課十係長の今泉春男警部や、捜査一課課長の和田徹警視正と姫川との関係の方がが気になるのです。
さらにガンテツをも巻き込んだ捜査一課の上層部の人間関係と、さらにその上の長岡刑事部長らとの関係が目が離せません。
同時に、彼らの関係、その行動の描き方に魅せられます。
一点補足すると、ここで相棒として登場する下井警部補は、第六弾の『ブルーマーダー』で重要人物の一人として再度登場しています。
当然のことではありますが、本書で描かれる事件の発端となったチンピラの殺人事件の捜査の様子それ自体も勿論よく描かれています。
その事件に隠された真実が柳井健斗や牧田を動かし、そのことによって姫川ら警察が動き、その中での人間ドラマの描き方が私の好みと見事に一致するのです。
このように、本作『インビジブルレイン』はエンターテインメント小説としての面白さを見事に体現しているシリーズであり、その中の一冊であることをしっかりと思い知らされる構成になっています。
そして先に述べたように、本書で描かれている事件のゆえに姫川の警察官としての人生は新たな展開を見せる、という意味でも重要な一冊だと言えるのです。
ちなみに、本作『インビジブルレイン』は映画化もされています。
姫川を演じているのはもちろん竹内結子であり、牧田勲を大沢たかおが演じています。
原作である本書とは若干ストーリーが異なるようで、また姫川と牧田との恋模様に重きが置かれている気もしますが、それでもなお本書の雰囲気を色濃く残している作品だと思います。
また、2019年にリメイクされたテレビドラマ「ストロベリーナイト・サーガ」においてもその第七話と第八話でドラマ化されているそうです。