「父の仇・柳井宗秀を討つ助っ人を雇いたい」渡り用人・唐木市兵衛は胸をざわつかせた。請け人宿の主・矢藤太によると、依頼人は女郎に身をやつしているが、武家育ちの上品な女らしい。しかし、二人の知る宗秀は病に苦しむ人々に寄り添う仁の町医者である。真偽を確かめるため岡場所を訪ねる市兵衛。だが、仇討ちには宗秀の故郷信濃を揺るがした大事件が絡んでいた!(「BOOK」データベースより)
風の市兵衛シリーズ第十二弾です。
言うまでもなく、この風の市兵衛シリーズには様々なレギュラーの登場人物がいます。メインは、いつも深川堀川町の油堀にある一膳飯屋「喜楽亭」に集まり、ただ酒を飲む仲間たちです。その酒飲み仲間である数人の中の柳井宗秀という町医者が今回の話の中心です。
柳井宗秀は、かつて故郷の下伊奈で菅沼家に養子として入り、保利家に典医として仕えていました。しかし、宗秀の実家も巻き込んだ騒動の末に、養子先の菅沼家からも離縁され、故郷を捨てることになりました。
その後江戸へ出た宗秀は町医者として市井の人々に慕われていたところで、市兵衛と再会し、北町同心の鬼渋こと渋井鬼三次らと共に「喜楽亭」の仲間となったのです。
そうした過去を持つ柳井宗秀を討とうとする女が現れるのです。それも元は武家の娘であろう品を持った女郎でした。
ことの真実を探ろうとする市兵衛でしたが、そこに柳井宗秀の過去へとつながる意外な事実が判明するのでした。
前作では市兵衛その人の過去の一端が垣間見え、その前の巻では市兵衛の兄公儀十人目付筆頭片岡信正とその妻佐波の過去が少しではありますが語られていました。
そして今回は柳井宗秀の物語であり、また鬼渋こと北町同心の渋井鬼三次の別れた嫁と息子も登場します。
今回は、「算盤侍」としてではない市兵衛の姿が見られますが、風の剣の使い手としてもまたそれなりの見せ場は用意してあります。
ともあれ、一つの時代小説の型にはまった物語とも言えますが、それを痛快小説として仕上げているこの作者の力量が見える作品でした。