兄龍彦が長崎に留学し、甥の佐一郎や新弟子の伸吉らが頭角を現す岩倉道場で、源太夫の実子幸司は二代目を継ぐ決意をする。しかし、幸司には悩みがあった。それは、偉大な剣客である父の秘剣「蹴殺し」を未だその目で見ていないこと。悩める幸司は父の一番弟子を訪ねるが…(『羽化』)。園瀬の里に移ろう時と、受け継がれる教え。それぞれの成長を描く豊穣の四編。(「BOOK」データベースより)
新・軍鶏侍シリーズの三作目です。
「羽化」 幸司は源太夫の岩倉道場の二代目あるじを自分が継ぐことの自覚を持ち始めた。しかし、佐一郎と幸司兄弟は、兄弟子たちは見知っている源太夫の秘太刀「蹴殺し」を自分たちだけが知らないことに焦りを感じていた。
「兄妹」 幸司は、かつて才二郎と名乗っていた今の東野弥一兵衛のもとを訪れ、何かを感じたらしい。今では佐一郎との立ち合いでも三本に一本はとるようになっていた。また、戸崎伸吉の姉のすみれに対する恋心も見える幸司だった。
「異界」 ある日突然、岩倉道場を訪れてきた「影奉行」と呼ばれた九頭目一亀は、幸司と佐一郎とを相手に稽古を願ってきた。一亀の子鶴松の学友、それも心の友となるべき人材を探しているというのだった。
「ひこばえ」 ある朝突然、下男の亀吉が飛び込んできて権助が亡くなったと言ってきた。権助は源太夫の飲み友達でもあり、恵山と名を改めた大村圭二郎のいる正願寺へ埋葬することとした。権助を偲んでいる居る処に戻ってきたのはサトだった。
佐一郎と幸司は共に切磋琢磨し、道場の仲間からも一目置かれている存在になった異母兄弟です。特に弟の幸司は岩倉道場の跡継ぎとしての自覚が出てきています。
ただ、正確には幸司だけですが、自分ら兄弟だけが源太夫の秘剣を見ていない、知らないことに焦りを感じつつも、幸司は森正造の描いた絵や、東野弥一兵衛やその子勝五との話などから何かを感じ取っています。
そんな成長を見せる幸司は兄佐一郎とも剣を通しても強いつながりで結ばれているようです。
更には幸司の、戸崎伸吉の姉すみれへほのかな恋心を抱く場面や、また幸司の妹花とすみれ、加えて佐一郎の妹の布美との深いつながりを感じさせる場面などもあります。
そんな幸司は、九頭目一亀の嫡男の学友となることで、人間的にも成長を遂げようとしています。
このシリーズも時は移り、以上のように話の中心も源太夫からその子らへと移ってきています。
本編ではそのあたりが明確になってきています。特に本書では岩倉道場のあとを継ぐことを意識し始めた幸司の成長が著しく、その幸司の日々を中心として話が展開していきます。
また、園瀬藩の今後のことを考える九頭目一亀が登場することで、話は岩倉道場だけのことではなく、園瀬藩において生きる岩倉家の物語としての色合いが濃く出てきたように思えます。
ただ、シリーズの当初より源太夫を支えてきた人物との別れが待っているのには驚かされました。幸司の成長もさることながら、シリーズの中での時の移ろいを実感させる出来事でした。