天才絵師「写楽」を売り出す―。それは知られざる“絵師”を中心にした空前のプロデュースだった。関わる者をわずかにとどめ、世間を欺く大仕掛け。正体不明の絵師は、噂が噂を呼んで大評判に。だが、気づいた者がいた…。思わぬ窮地に陥った仕掛人は、まさかの“禁じ手”を打つ。写楽は、なぜ謎のまま姿を消したのか。それが「写楽事件」を解く鍵だ―。傑作時代小説。(「BOOK」データベースより)
その実像が分かっていない江戸時代の謎の浮世絵師・東洲斎写楽の正体を明かす、長編の時代小説です。
物語としてみるとき、感情移入して惹き込まれるとまではいきませんでした。
松平定信の寛政の改革により、板元としての耕書堂は刊行本の発禁処分を受け、主の蔦屋重三郎は重過料を受けていた。
そこで蔦屋重三郎は、出羽国久保田藩佐竹家留守居役筆頭であり、筆名を朋誠堂喜三次という戯作者でもある狂歌仲間の平沢常富から渡された祭りで踊り狂う男の絵をみて、錦絵を書かせようと思い立つ。
その絵師は描くことができないという平沢の言葉はあったものの、重三郎は絵師の正体を突き止め、結局は東洲斎写楽という架空の人物を作り上げ、大首絵を描かせることになった。
写楽と言えば、北斎や広重と並ぶ浮世絵の大家ですが、その人物については何もわかっていません。
写楽の物語としては宇江佐真理の『寂しい写楽』という作品があります。
この作品は、現在の通説とも言える「斎藤十郎兵衛」説をもとに、板元である蔦屋重三郎を中心に、山東京伝や葛飾北斎、十返舎一九らを周りに据えて「写楽」を描き出した物語です。
本書『大名絵師写楽』でも、この阿波徳島藩主蜂須賀家お抱えの能役者斎藤十郎兵衛こそが写楽である、という説の存在を認めています。
その上で、写楽の正体がそのような推測になる理由を本書冒頭に持ってきており、だがしかし、と作者野口卓という作家のまでも物語の中で解消しています。
他に島田荘司が著した『写楽 閉じた国の幻』や泡坂妻夫の『写楽百面相』などもあるそうですが私は共に未読です。
先に、本書に感情移入できなかったと書きました。
それは、本書『大名絵師写楽』を一編の物語としてみた場合、物語として起伏のあるストーリが展開されているとは言い難く感情移入できなかったものと思われます。
確かに、本書は当時の資料をかなり読み込み書かれた作品であることは分かります。その上で野口卓という作家の腕があるのですから面白くないわけではありません。
しかしながら、野口卓という作家の知識人としての側面が勝った作品だと思うのです。
当時の時代背景、芝居小屋や錦絵に対する幕府の取り締まりなどについての説明がかなり詳しく述べられていて、そちらの方に重点が置かれている印象を受けてしまいました。
本書『大名絵師写楽』の野口卓は、『軍鶏侍シリーズ』の野口卓、ではなく、『ご隠居さんシリーズ』の野口卓なのです。
以上の次第で本書は読み終えるのにかなりの時間を費やしてしまいました。途中で他の面白そうな本があれば本書は後回しとなり、結局は半年以上が経ってしまっていました。
ストーリー展開ではなく、写楽の正体というミステリー色を帯びた時代小説という認識で読めば、そうした知識欲を満たすことが好きな方にはいいかもしれません。