『承継のとき』とは
本書『承継のとき 新・軍鶏侍』は『新・軍鶏侍シリーズ』の第五弾で、2020年10月に329頁の文庫本書き下ろしで刊行された、長編の痛快時代小説です。
三太夫の岩倉道場の跡継ぎとしての自覚も定まり、異母兄の佐一郎や、次席家老の嫡男鶴松などと共に素直に成長していく姿がまぶしい、多分シリーズの最終巻となるだろう一冊です。
『承継のとき』の簡単なあらすじ
父岩倉源太夫、母みつから名を譲り受け、実子の幸司は三太夫となった。その元服を祝う剣友らとともに、三太夫は将来について語らい、胸を膨らませる。だがその裏で、三太夫が剣術を指南する次席家老九頭目一亀の嫡男鶴松には悩みがあった。それは、本心を打ち明けられる友がいないこと…(『真の友』)。齢十四の三太夫が迷い、悩みながらも大人への階梯を上る、青雲の第五巻。(「BOOK」データベースより)
「真(まこと)の友」 元服して三太夫となった源太夫の子幸司は鶴松のもとに剣友として通っていたが、その仲間よりも一足先に元服をしたことで皆から祝いの言葉と共に元服の儀式の実際を問われていた。ただ、その中でも鶴松はひとり真の友のいないことを思い悩んでいた。
「新たな船出」 下男の亀吉と女中のサトが、みつのところへやってきて夫婦になりたいと言ってきた。しかし、亀吉には兄の丑松という手強い親代わりがおり、出戻りのサトとの祝言を許してくれるかが問題だった。そこで、みつは三太夫を連れて亀吉の実家へと向かうのだった。
「承継のとき」 佐一郎が三太夫に稽古を挑んできたが、三太夫の五勝で佐一郎は一本も取ることができなかった。三太夫は、口惜しさに黙り込む佐一郎に上達の秘訣として鮠釣りを教えるのだった。
「春を待つ」 源太夫のもとを佐倉次郎左が訪れ、三太夫に娘を貰ってくれと言ってきたが、三太夫には既に言い交わした娘がいるとしてこれを断った。だが、問題は三太夫の気持ちが分からないことだった。
『承継のとき』の感想
本書『承継のとき』は『新・軍鶏侍シリーズ』の第五弾です。
この『新・軍鶏侍シリーズ』は、これまでも何度か書いてきたことではありますが、岩倉源太夫自身というよりもその子らの成長ぶりが描かれる方に重点が置かれています。
特に、幸司こと元服後の三太夫を中心に描かれていて、なかでも三太夫が剣術を教えに行っている鶴松との仲、また佐一郎との仲が描かれています。
そして、本書では岩倉道場の下男の亀吉と女中のサトの祝言を挟みながら、三太夫の剣士としての成長、そして将来の嫁取りの話と、岩倉道場の跡継ぎとしての三太夫の自覚が描かれています。
ここにおいて、『軍鶏侍シリーズ』そして『新・軍鶏侍シリーズ』と全部で十一巻の長きにわたり展開されてきたこのシリーズも、本書をもって、多分ですが完結するのでしょう。
というのも、シリーズ完結、という情報はどこにも出てはいないものの、本書の終わりにこれまではなかった(完)という文字が書かれていること、さらには本書以降2022年11月の現時点まで続編が刊行されていないことからしても本シリーズの完結は間違いのないことと思われるのです。
私の好きな時代小説シリーズとして一、二位を争うシリーズだっただけに、非常に残念なことではあります。
しかしながら、新旧の『軍鶏侍シリーズ』の主人公である源太夫も、子らの成長を楽しく見守る姿が描かれるようになり、自身の剣士としての姿よりも、弟子たちや自身の子の成長を楽しみにしている姿が中心になってきた以上はそれもやむをえないことでしょう。
できることであれば、もう一回、今度は三太夫を主人公とした新しいシリーズを刊行してくれないかと願いたいのですが、どうもその気配はないようです。
この作者の他のシリーズもそれなりに面白くはあるのですが、野口卓が描く町人が主人公のシリーズ作品は、情報量は多くても物語に起伏が少なく、何となく手に取る気持ちが失せてきています。
本『新・軍鶏侍シリーズ』にしても、若干その傾向は見えており、ここ数巻は軍鶏や釣りの蘊蓄にかなりの紙数を費やしてあるのが気にはなっているところでした。
とはいえ、三太夫らの成長の様子を見るのは楽しみでもあり、続巻が出るのをを心待ちにしていたものです。
近年、青山文平や砂原浩太朗のような情感豊かな作風の時代小説作家も出てきてはいますが、できれば野口卓も武家ものを書き続けてほしいと願っています。
できれば本シリーズが続けばいいのですが、でなければ新しい侍を主人公にしたシリーズ作品を期待したいものです。