礼儀正しく、稽古熱心。軍鶏侍・岩倉源太夫の道場で「若軍鶏」と呼ばれる大村圭二郎。そんな彼が目の色を変え、さらなる猛稽古を始めた。不審に思った源太夫が調べると、彼の父の不正が冤罪だったことがわかる。父の無念を晴らすため、仇討を望んでいるのだ。彼のために師として、源太夫ができることとは(「巣立ち」より)。ともに成長する師と弟子、胸をうつ傑作時代小説。
「軍鶏侍」シリーズの第三弾で、三編の作品が収められている短編集です。このシリーズの世界感も確立しているように思われます。もう、安心して読むことのできる作品であり、作家さんだと言っていいのではないでしょうか。
「名札」
シリーズ第二作目の第一話「獺祭(だっさい)」で、源太夫を闇討ちしようとした仲間の一人ではありながら、源太夫の道場に通っている深井半蔵という若者がいた。源太夫の道場では名札の位置で格付けが為されていたが、半蔵は自分の名札の位置に不満があるらしい。源太夫は一計を案じ、十四歳の藤村勇太と二十三歳になる半蔵とを対決させることにするのだった。
「咬ませ」
若い軍鶏を育てるには、「鶏合わせ」という方法を取る。「鶏合わせ」とは闘鶏のことであり、実際に軍鶏同士を戦わせることを言います。源太夫は権助の助言に従い、そこに強く美しい軍鶏でありながら八歳という高齢の軍鶏「義経」を「咬ませ」として戦わせようとするのだった。
「巣立ち」
シリーズ第一作目『軍鶏侍』の第三話「夏の終わり」で登場し、今では「若軍鶏」と呼ばれるほどに成長した大村圭二郎の物語です。圭二郎の父親は自らの非違により自ら腹を切ったことになっていたが、実は大目付の林甚五兵衛に殺された事実を知る。仇を討つべく稽古に打ち込む圭二郎の姿に隠された事実を知った源太夫は、何とか仇を討たせるべく奔走するのだった。
第一話の「名札」は、源太夫の道場で学ぶ弟子たちの成長を見守る源太夫、という源太夫の師匠としての顔が描かれた作品です。と同時に、弟子たちの成長譚でもあります。ただ、これまでの物語の中では深井半蔵らの人物造形はありがちであり、話自体もこれまでの物語に比べると深みを感じませんでした。
その点では第二話の「咬ませ」も同じような出来ではあったのですが、権助と源太夫との関係性を感じるには面白い作品でした。
本書では何といっても第三話の「巣立ち」が一番でした。話自体は決して目新しいものとは感じなかったのですが、圭二郎の成長には目を見張るものがあり、と同時に源太夫の向上する姿に心打たれるものがあります。