七年の歳月が過ぎ、齢五十四となった園瀬藩の道場主岩倉源太夫。だれにも避けることのできぬ“老い”を自覚しつつも、かつて退けた剣士の挑戦を再び受けて立つ。挑戦者の註文は「真剣で」だった―(『歳月』)。道場を開いて弟子を持ち、後添いにみつを娶って、思いがけず子を得た源太夫。息子の成長と旅立ち、弟子の苦節と克服を見守る、逃徹した眼差しの時代小説。(「BOOK」データベースより)
新・軍鶏侍シリーズの第一弾である連作の短編集で、本巻から新しいシリーズが始まります。
歳月
七年前に一度立ち会った川萩伝三郎と名乗っていた男が、古枝玉水と名を変え、立ち合いの約定を果たしにきた。目付の岡村に立ちあいを願い、並木の馬場での戦いに臨む源太夫だった。
夢は花園
藩の中老を務める芦原讃岐からの誘いで向かった料理屋に藩主九頭目隆頼の腹違いの兄の次席家老九頭目一亀が来た。上意討ちで倒した立川彦蔵の息子市蔵、元服して名を改めた龍彦を長崎に遊学させたいというのだ。
軍鶏の里
若鳥の味見(稽古試合)にまだ闘鶏は初心者の笈田広之進が琥珀と名付けられた若鳥を出したものの、琥珀は悲鳴を上げて逃げ出したのだ。「軍鶏は飼い主に似る」とあざけられ広之進を心配する権助だった。
師弟
「一刀流 岩倉道場」の正面、神棚の下には道場訓と並んで軍鶏の絵が飾ってある。その絵は、源太夫の弟子であった森正造が描いたものだったが、江戸で狩野派の絵を学び園瀬に帰ってきた正造に妙な話が浮かんできた。
長年待ちわびた『軍鶏侍シリーズ』が再開しました。とはいっても、新しいシリーズとして始まったのです。ただ、内容は五年が経過しているというだけで、時の経過に応じた変化以外何も変わりません。
一話目の「歳月」では、「園瀬の盆踊りを、ぶち壊すために潜入した一味を撃退してからも、五年の歳月が流れていた。」とあります。つまりは、前のシリーズの第六巻「危機」から五年が経っています。
その「歳月」で語られるのは源太夫と武芸者との立ち合いの場面ですが、ここで語られるのは五十四歳になった源太夫です。源太夫には道場の後継者のこと、そして「老い」が避けられない問題として迫っていました。
そうした意味も込めての「歳月」という題としたと思われます。
その後、十六歳になった源太夫の息子市蔵の長崎留学の話「夢は花園」があり、次いで軍鶏侍らしく、軍鶏の話に乗せた若者の成長の話である「軍鶏の里」へと続きます。
この「軍鶏の里」でも五年の歳月は大きく、そろそろ傘寿になる下男の権助の姿があります。この権助は園瀬の里をいつの間にか軍鶏の里へと変えてしまうほどに軍鶏のことに詳しく、また話しの運び方も巧みなのです。
歳を取った権助の跡継ぎとしてやはり十六歳になる亀吉が育っています。そしてここの話ではもう一人、軍鶏を飼い始めた笈田広之進という若者の話でもあります。
最後は森正造という絵師の話「師弟」です。
ここで当時の絵の話題となり、この作者の『大名絵師写楽』という作品との関連性を見ることができます。ともに大名間での錦絵の贈答が流行っていることをテーマに、錦絵を描いています。
この正造にからめて園瀬の里の盆踊りの話もあり、本シリーズの番外編である『遊び奉行』で描かれた盆踊りの様子がふたたび描かれているのです。
ともあれ、軍鶏侍シリーズが再開したのは喜ばしいことです。このシリーズの持つ物語の流れ、浄景描写の美しさなど、私の感性に見事にはまる一番の物語です。
野口卓という本書の作者の『ご隠居さんシリーズ』や、先に挙げた『大名絵師写楽』は、この作者が学んだた知識がこれでもかと全編にちりばめられており、読み進めるに少々邪魔に感じたものです。
そうした知識欲に満ちた読者にはいいかもしれませんが、エンターテイメントを望む私にとっては少々読みにくい作品でした。
しかし、本シリーズはそうした知識に裏付けされた物語が岩倉源太夫という魅力的なキャラクターを得て絶妙に構築されていて、読みやすいエンターテイメント小説として仕上がっているのです。
今後も続くことを願うばかりです。