『とむらい屋颯太』とは
本書『とむらい屋颯太』は『とむらい屋颯太シリーズ』の第一弾で、2019年6月に刊行されて2022年7月に320頁で文庫化された、連作短編の時代小説です。
テーマがテーマだけに決して明るくはありませんが、梶よう子の作品らしく軽いユーモアを交えながら、人情味豊かに身近な人の死に直面した人々の人間模様を描き出す一編になっています。
『とむらい屋颯太』の簡単なあらすじ
新鳥越町二丁目に「とむらい屋」はある。葬儀の段取りをする颯太、死化粧を施すおちえ、渡りの坊主の道俊。時に水死体が苦手な医者巧先生や奉行所の韮崎宗十郎の力を借りながらも、色恋心中、幼なじみの死、赤ん坊の死と様々な別れに向き合う。十一歳の時、弔いを生業にすると心に決めた颯太。そのきっかけとなった出来事とはー。江戸時代のおくりびとたちを鮮烈に描いた心打つ物語。(「BOOK」データベースより)
颯太 新鳥越町二丁目の弔い扱う葬儀屋の店主
勝蔵 棺桶づくり職人
正平 勝蔵の弟子
おちえ 死者に化粧を施す
寛次郎 雑用
道俊 渡りの坊主 弔い先の婆さんからは死んでも聞きたいと言われるほどに声がいい
韮崎宗十郎 南町奉行所定町廻り同心
一太 韮崎の小者
巧重三郎 医師
榊原主計頭忠之 現南町奉行 巧重三郎の縁戚にあたる
第一章 赤茶のしごき
死んだ女郎の代わりにと亀戸の天神様の藤棚を見に行こうと乗った猪牙船で、心中者の片割れと思われる水死人を見つけたが、本当に心中なのか、妙に気になる颯太だった。
第二章 幼なじみ
早朝の霞の中、兄弟子と共にいた道俊は朱塗りの雷門の下で凍死している老爺を見つけた。公事訴訟で江戸に来た年寄りだったらしい。そこに同心の韮崎がその老爺のことで気になることがあるとやってきた。
第三章 へその緒
日本橋の魚屋叶屋の若内儀のおこうは、棺桶づくり職人の勝蔵の妹だったが、姑のせつからひどい仕打ちを受けているという。勝蔵は棺桶屋という自分の仕事から、兄だということを言い出せないでいたのだった。
第四章 儒者ふたり
江戸でも五本の指に入るぼろ長屋の権助長屋に住み手習塾を開いていた角松正蔵と、大名家に出入りの上田正信という相対立する生き方をした二人の儒者の物語。
第五章 三つの殻
浅草の真砂屋という京扇子を扱う店で、主人の市兵衛が納戸に張られていた縄に首をひっかけた状態で見つかった。重三郎が韮崎に呼ばれて駆けつけると、市兵衛は息はあるもののもって三日という見立てだった。
第六章 火屋の華
近くで出火し、おちえの手を引いて逃げる颯太は、惣吉と呼ばれていた幼い頃、おとせら三人の女郎と共に土蔵に閉じ込められてしまったことを思い出していた。
『とむらい屋颯太』の感想
「とむらい」という言葉は、古くは「とぶらい」といい、人の死を悲しみ,哀悼の気持ちを表すこと
を意味していると同時に、「葬式」そのもののことも意味しています( Weblio辞書 : 参照 )。
本書『とむらい屋颯太』はこの「葬式」をあげることを業とする男を主人公とした物語です。当然「人の死」を扱うことになります。
「人の死」を扱う小説として思い出すのは、まず先般読んだ辻村深月の『ツナグシリーズ』という作品があります。
この作品は“死者との再会”を描いていて、死者にまつわる人間ドラマと、使者役の少年の成長とを通して「人の死」を見つめ直す様子、残された人間の使者との繋がりのあり方が描いてありました。
また夏川草介の『神様のカルテシリーズ』などの医療小説ではより直接的に「死」及び「死」に直面した人間と主人公の医者の苦悩が描かれていました。
「葬式」をテーマとする本書でも、当然のことながら様々な人の「死」を見つめることになります。
ただ、本書『とむらい屋颯太』では「死」そのものを考察するというよりも、残された人間と亡くなった人との繋がりや、残された人同士といった生きている者の姿を描いてあります。
そうした「死」にまつわる様々な人間ドラマを梶よう子が極上の人情話として仕上げてあるのです。
主人公の颯太は、魂が抜ければ人の身体はただの入れ物だ、と言い切り、とむらいは死人のためにではなく、残された者たちのためにやると言います。「亡者と生者の線引きをしてやるのが、弔いだ。」というのです。
そうした颯太の物言いについて、颯太は冷たいと怒るのがおちえです。
早馬にけられて死んだ母親の割れた頭と顔の傷を丁寧に縫い合わせ、化粧を施した颯太についてくるようになったのが十一歳だったおちえでした。
このおちえが物語全体にさわやかな花を添えています。
颯太自身に壮絶な過去があることや、今の土地にとむらい屋を開いた理由なども後には明らかにされますが、それまでは皮肉屋めいた物言いしかしない颯太の姿が描かれるばかりです。
それでもなお、おちえや道俊、重三郎といった仲間たちは颯太と共に人から蔑まれるとむらい屋を辞めようとは言わないのです。
本書『とむらい屋颯太』のような弔いまたは葬式そのものではありませんが、人の死に際し、三昧聖という死者の湯灌を職務とする主人公の姿を描いた作品がありました。
高田郁の『出世花』とその続編の『蓮花の契り 出世花』という作品です。
父と共に放浪の末に行き倒れ、青泉寺の僧侶の手で看病を受けるも艶だけが生き延びます。新たに縁という名を貰った娘は、湯灌の手伝いをするのです。
共に死者を送る職業ですが、この作品のほうがより情緒的であったような気がします。
ともあれ、本書『とむらい屋颯太』も良質の人情小説であることには間違いはなく、読み応えのあるおもしろい小説であると言えます。