朝顔栽培が生きがいの気弱な同心・中根興三郎は、植木職人が殺された事件の探索を手伝うことになった。その直後、大地震が発生し江戸の町は大きな被害を受け、さらに付け火と思われる火事もつづいた。無関係に見えるいくつかの事件の真相を、興三郎は暴くことができるのか。松本清張賞受賞作の姉妹編(「BOOK」データベースより)
朝顔栽培を生きがいとする北町奉行所同心を主人公とした『一朝の夢』の姉妹編です。
ある植木職人が殺された。朝顔同心こと中根興三郎は知り合いの植木職人である留次郎やその隣人の吉蔵に尋ねるがなかなかその身元が分からない。
一方、この事件を調べる定町廻り同心の岡崎六郎太は吉蔵の娘お京と結婚することになっていたが、その吉蔵に疑いがかかってしまう。ところが、その探索の途中で安政の大地震が起き、江戸の町は壊滅してしまうのだった。
本作品は、上記の『一朝の夢』の数年前の物語です。『一朝の夢』は幕末の大事件を背景にした物語でしたが、本作は安政の大地震が背景になっています。
一般に「安政大地震」といえば、1855年に発生した「安政江戸地震」を意味するようです。しかし、幕末の動乱期でもある安政年間には、他にも「安政東海地震」や「安政南海地震」、「飛越地震」、「安政八戸沖地震」ほかの地震も頻発し、これらを含めて「安政の大地震」と総称されることもあるそうです。(ウィキペディア参照)
この「安政江戸地震」での死者は一万人にもなるといわれています。この時期には多数の瓦版や鯰絵が出されたらしく、そこらは梶よう子の『ヨイ豊』にも書かれています。
当たり前ですが、中根興三郎は変わらずに朝顔に夢中です。興三郎の朝顔の師匠の留次郎やその隣人吉蔵、その娘お京、お京の許嫁の定町廻り同心岡崎六郎太等々が事件に、そして悪徳商人に振り回されます。この悪徳商人が少々典型的すぎて若干興をそぐところはありましたが、興三郎の人の良さや朝顔や周りの人への愛情により物語は先行きの幸福をにじませつつ進みます。
前作の『一朝の夢』と同じく、本書でも興三郎は「変化朝顔」に夢中です。そこでも書いたように、「変化朝顔」は朝顔の変種のことであり、作り出された新種の朝顔によっては単なる趣味をも越えて、金銭の絡むこともあったようです。
また、「変化朝顔」がテーマになった小説として、中二階女形を主人公にした人情小説、田牧大和の『花合せ 濱次お役者双六』があり、時代小説ではありませんが東野圭吾の『夢幻花』もあります。
やはり、心地良い時間を過ごすことのできる一冊だと思います。