走行中のトレーラーから外れたタイヤは凶器と化し、通りがかりの母子を襲った。タイヤが飛んだ原因は「整備不良」なのか、それとも…。自動車会社、銀行、警察、記者、被害者の家族ら、事故に関わった人たちの思惑と苦悩。「容疑者」と目された運送会社の社長が、家族・仲間とともに事故の真相に迫る。圧倒的感動を呼ぶエンターテインメント巨編!(「BOOK」データベースより)
本書はテレビドラマ「半沢直樹」原作の『オレたちバブル入行組』や「下町ロケット」原作の『下町ロケット』を書いた池井戸潤が、両作品の出版年次の間にあたる2006年9月に出版された作品で、私が読んだ実業之日本社文庫版ではかるく800頁を超える分量を有する長編の痛快経済小説です。
個人的には上記の二作品以上の面白さを持った作品だと思いながら読み進めていました。800頁を超える分量の作品であるにもかかわらず、物語が常に緊張感を持っており、中だるみすることもなく引き込まれてしまったのです。
ただ、その一方で、常にこの作品にはモデルがあり、現実に一人が死亡していて、被害者の家族は苦しみ、加害者とされた業者もまた社会から非難を受け、まさに本書に書かれているような非難、中傷を受けたのだろうと、実に微妙な気持ちで読み進めざるを得ませんでした。
勿論、この物語が現実に即して書かれているというわけではなく、本文庫版の解説での文芸評論家の村上貴史氏の「現実の事故をなぞって小説を書いたと誤解しかねないが、一読すれば明らかなように『空飛ぶタイヤ』は、全く独立した物語である」という言葉に何となくホッとしたものです。
そうした心がざわめくという点を除けば、本書は、また村上氏の言葉の引用で申し訳ないのですが、解説の冒頭にあった「熱い物語」という言葉がまさに本書を如実に表した言葉と言ってよく、主人公の熱さに引きずられてしまったと言わざるを得ません。そのくらいこの物語の熱量は凄いのです。
主人公の赤松は、自分が社長を務める赤松運送のトレーラーが死亡事故を引き起こし、そのために取引先からは取引停止を言われ、取引銀行からも融資を断られ、更には自分の子供も言われの無いいじめを受けるという、まさに四面楚歌の状況に陥ってしまいます。
しかしながら、赤松はどう考えても道の無い状況においてもあきらめず、自分のできることを為そうと立ち上がります。
まず、自社のトレーラーに本当に点検の不備があったのかを調べ、どう考えても自社のミスではないと結論付け、その上で、赤松運送の整備不良との結論を出した問題のトレーラーの販売会社でもあるホープ自動車に再度の調査を依頼するとともに、それができなければ問題とされた部品を返すようにと交渉します。
他方、ホープ自動車内部でも赤松運送に対する自社の態度に違和感を持つものが現れます。それは、赤松の再度の調査以来などを、クレーマーの仕業として対応するに値しないとまで言っていたホープ自動車カスタマー戦略課の課長沢田悠太という男でした。問題のトレーラーの調査をした自社の品質保証部の態度に不信感を持ち始めたのです。
ほかにも、問題の事故に関して、ホープ自動車のメインバンクである東京ホープ銀行の本店営業本部でもまた、ホープ自動車を担当する井崎一亮という男が違和感を持ち始めていたのです。
当初は赤松に対し逆風しかなかった世間も、同じような事故を起こし、整備不良との診断を受けた会社の存在などが明らかになるにつれ、少しずつ赤松の応援をする個人、会社が現れてくるようになっていきます。
とは言え、自分の子供のいじめの問題や、当面の会社の資金繰りなど越えなければならない壁は依然として高く、そして幾重にもそびえていたのでした。
本書は、前述の現実の事故への気がかりという点を除けば、まさに池井戸潤の痛快経済小説の典型とも言うべき小説でした。
主人公赤松の、たたみ掛けるように襲ってくる困難な状況を乗り越えていく精神力と行動力、それに少しずつ表れる社員や取引先、銀行員らの手助けや応援は、読んでいて胸が熱くなるのです。
ホープグループやホープ自動車の重役らは、池井戸小説のいつもの通りにステレオタイプな印象はありますが、なお物語の敵役として際立っていて、この小説の盛り上がりに一役も二役も貢献しています。
主人公の赤松、ホープ自動車の沢田、東京ホープ銀行本店営業本部の井崎などと視点が移る構成もまた本作品の面白さの一因ではないかと思います。単に、赤松だけではない、本当の加害者側の視点も描かれていて、感情移入がより容易になったと思われるからです。
更には、企業小説として欠かすことのできない銀行側の視点も具体的に入っているため、物語の層がより厚くなっている印象もあります。
池井戸潤という作家の企業小説は既に何冊か読み終え、同じような構成だと感じる点もありますが、それ以上に、新しい分野での異なった困難な状況を作り出す手腕はさすがとしか言いようがありません。これまでのところ、この作者の先品にはずれはないようです。
ちなみに、本作品は2009年にWOWWOWにおいて、仲村トオル主演で全五話のドラマとして放映されています。
また、2018年6月には、長瀬智也を主演として、高橋一生やディーン・フジオカといった役者さんを配しての映画も予定されていて、更には漫画雑誌「BE・LOVE」で、大谷紀子によるコミックの連載も開始するそうです。