勝利を、信じろ。足袋作り百年の老舗が、ランニングシューズに挑む。このシューズは、私たちの魂そのものだ!埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」。日々、資金操りに頭を抱える四代目社長の宮沢紘一は、会社存続のためにある新規事業を思い立つ。これまで培った足袋製造の技術を生かして、「裸足感覚」を追求したランニングシューズの開発はできないだろうか?世界的スポーツブランドとの熾烈な競争、資金難、素材探し、開発力不足―。従業員20名の地方零細企業が、伝統と情熱、そして仲間との強い結びつきで一世一代の大勝負に打って出る! (「BOOK」データベースより)
『半沢直樹』の池井戸潤による『下町ロケット』の佃製作所よりももっと小さな中小企業の商品開発の苦闘を描いた痛快経済小説です。
埼玉県行田市の「こはぜ屋」は百年の歴史を誇る老舗足袋業者でしたが、時代の波には逆らえず会社の規模も縮小の一歩をたどっていました。そこで社長の宮沢紘一は、担当の銀行員からの助言もあり、新規事業へと乗り出す決心をします。
それがランニングシューズの開発であり、足袋屋の技術を生かして既存の業界に打って出ることでした。
でも「こはぜ屋」は所詮は従業員二十人の小企業でしかなく、資金繰りに行き詰り、更にはランニングシューズの開発のノウハウも持たない身ですので、素材の開発にも行き詰るのです。
しかし、担当銀行員にランニングインストラクターの資格を持つスポーツ用品店主や、ソール、つまりはシューズの靴底にふさわしい素材の特許を持つ男らを紹介してもらいながら、少しずつ前へと進み始めるのです。
そこに立ちふさがったのが、世界的なランニングシューズ販売会社のアトランティスという販売会社でした。彼等はその資金力にものを言わせ、ランナー個人の全面的なバックアップ体制を取りながら、弱小会社の進出を拒絶するのです。
そんな中、一人の人気ランナーの信頼を得ることに成功したこはぜ屋社長の宮沢は、彼のバックアップをすることにより、「こはぜ屋」の作るシューズ「陸王」の価値を少しずつですが世間に認めさせることに踏み出し始めたのでした。
本書は、「こはぜ屋」という小企業のチーム力により困難を乗り越えて会社の存続を図ろうという物語です。そこにあるのは「こはぜ屋」という老舗会社の従業員の持つ技術力と、社長のリーダーシップです。
それに、「こはぜ屋」の発展を願う銀行マン、陸上競技の知識と人脈を貸してくれたスポーツ店主、大企業と衝突しやめざるを得なかったシューフィッター、そして陸王のソールに最適な技術を貸してくれた企業主等々の外部の人たちの力と善意を忘れてはいけません。
社長の宮沢のもと、社員や彼らの個々の努力を合わせたチームの力により「陸王」は成り立ち、それに応じて「こはぜ屋」も生き延びていくのです。
そこには池井戸潤の小説に脈々と流れる、主人公の前に立ちふさがる大いなる壁、その壁に立ち向かう主人公らの尽力をうまく読ませる作者の力量があります。エンターテインメント小説として上級の作品として仕上がっている理由があるのです。
本書も役所広司を主人公に、寺尾聰をはじめ、その他の個性的な役者たちによりドラマ化されています。これがやはり面白い。本書の物語の流れをそのままにドラマ化している点も見逃せません。
それは「半沢直樹」などの大ヒットドラマのスタッフが再度関わっているという点もあるのかもしれませんが、やはり小説とは違って視覚と聴覚に直接働きかけてくるテレビという媒体を通してのドラマは、筋立ては分かっていてもなお面白い作品でした。
同様に経済小説の流れでの痛快小説と言えば、少々古い作品(1960年代)ではありますが、獅子文六の大番という作品がありました。戦後の東京証券界でのし上がった男の一代記を描いた痛快人情小説で、日本橋兜町での相場の仕手戦を描いていて、面白さは保証付きです。
ただ、痛快小説という点では同じですが、こちらは田舎ものの主人公のバイタリティでのし上がっていく物語。一方本書『陸王』は、リーダー宮沢社長のもと、社員や様々な業種の仲間たちが集まって一つの商品を開発し、困難に立ち向かっていく物語で、両者にはかなり隔たりはあります。
それでもなお、高い壁に立ち向かい、それを乗り越えていく主人公らの姿に爽快感を覚えるという点では同じであり、時代を越えたものがあると思います。