池井戸 潤

イラスト1
Pocket


民王 シベリアの陰謀』とは

 

本書『民王 シベリアの陰謀』は、前著『民王』の続編で、新刊書で317頁の長編のエンターテイメント小説です。

登場人物も前著と同じで、現代社会を戯画化している点も同じですが、前作以上に物語の進め方が乱暴としか思えず、池井戸潤という作家の作品とは思いにくい物語でした。

 

民王 シベリアの陰謀』の簡単なあらすじ

 

人を凶暴化させる謎のウイルスに、マドンナこと高西麗子環境大臣が感染した。止まらぬ感染拡大、陰謀論者の台頭で危機に陥った、第二次武藤泰山内閣。ウイルスはどこからやってきたのか?泰山は国民を救うべく、息子の翔、秘書の貝原とともに見えない敵に立ち向かうー!!『民王』待望の続編!(「BOOK」データベースより)

 

 

民王 シベリアの陰謀』の感想

 

本書『民王 シベリアの陰謀』は、登場人物は前著『民王』と同じですが、今回はコロナウイルスに翻弄されている現在の日本、および現実に存在するQアノンと呼ばれている陰謀論を徹底的に戯画化している作品です。

というよりも、焦点は陰謀論の方にあるようで、ネット上の情報を確たる根拠もなく単純に信じ込んで、過激に他者を攻撃する現状を強烈に皮肉っています。

 

本書『民王 シベリアの陰謀』が、現代のネット社会の悪しき側面、そしてコロナ禍という日本社会の現状を誇張し、戯画化してコミカルに描き出している点はいいのです。

しかし、その戯画化の仕方が乱暴に感じられ、どうにも素直に読み進めません。

それは前著でも感じたことではありますが、前著『民王』は総理とそのバカ息子との間です人格の入れ代わりというファンタジーであって、そのドタバタ劇もある意味単純だったのです。

 

 

しかし本書の場合テーマは陰謀論であり、リアルな現実を前提としています。

であるならば、戯画化するにしてももう少し丁寧な展開が欲しいところでした。

アメリカで起きた連邦議会議事堂へのデモ隊の乱入事件などをそのままに日本に置き換えるなどその典型であり、この作者であればもう少し緻密な描き方ができた筈なのにと思え、非常に残念です。

突然はびこったウイルスにしても、その由来と陰謀論が結びつくとしてもあまりにも展開が乱暴に感じられます。

この展開が乱暴過ぎて、陰謀論に加担する人間たちが個性のない単なるキャラでしかなく、評価の対象にすらならない展開になっています。

また、その乱暴さは本書の結末、解決の仕方にまで及んでいて、読了後もどうにも中途半端な気持ちでしかありませんでした。

 

先述したように、この作者の『空飛ぶタイヤ』のようにもっと丁寧に、陰謀論の無意味さを強烈に示して欲しいと思うしかありませんでした。

もちろん、本書はパロディ作品であって『空飛ぶタイヤ』とはその前提を異にしていて、大企業の横暴さと本書での陰謀論の危険性とを一律に論ずべきではないのかもしれません。

 

 

しかし、共に社会の脅威である点は同じであり、シリアスなドラマとコメディと描き方は違っても池井戸潤という作者であれば十分に描くことはできる、と思います。

素人である一読者の無謀な意見かもしれませんが、どうしても本書の構成が考え抜かれたものとは思えず、思いをそののままに書いてしまいました。

次回作を期待したいと思います。

[投稿日]2021年11月10日  [最終更新日]2021年11月10日
Pocket

おすすめの小説

おすすめのユーモア小説

プリズンホテル ( 浅田次郎 )
『プリズンホテル』は、ピカレスク風の長編のコメディ小説です。極道小説の作家・木戸孝之介は、たった一人の身内で、ヤクザの大親分でもある叔父の仲蔵に招待されたそのホテルはなんと任侠団体専用だった。
イン・ザ・プール ( 奥田英朗 )
本書『イン・ザ・プール』は『精神科医伊良部シリーズ』の第一作で、伊良部総合病院地下にある神経科の伊良部一郎医師とマユミちゃんと呼ばれる看護師、そしてここを訪ねた患者との物語で、第127回直木賞の候補になった全五編からなる短編作品集です。
まほろ駅前多田便利軒 ( 三浦しをん )
東京都の南西部に位置する町田市をモデルとした、「まほろ市」という架空の街を舞台にした人間ドラマを描いた、第135回直木賞を受賞した長編小説です。
マジカルグランマ ( 柚木麻子 )
女優経験のある一人のお婆ちゃんの奇想天外な行動を追っかけた長編のユーモア小説で、第161回直木賞の候補作となった作品です。
総理の夫 First Gentleman ( 原田マハ )
原田マハ著の『総理の夫 First Gentleman』は、文庫本で464頁の長編の政界エンターテイメント小説です。テーマは非常に面白そうで手にとっては見たものの、この作者の手になる作品としては若干私の好みとは異なる作品でした。

関連リンク

池井戸潤『民王 シベリアの陰謀』 | カドブン
「マドンナ・ウイルス? なんじゃそりゃ」第二次内閣を発足させたばかりの武藤泰山を絶体絶命のピンチが襲う。目玉として指名したマドンナこと高西麗子・環境大臣が、発症すると凶暴化する謎のウイルスに冒され、急速に感染が拡がっているのだ。
池井戸潤さん「民王 シベリアの陰謀」インタビュー 陰謀論はなぜはやる? 素朴な疑問から小説が生まれる
「半沢直樹」「下町ロケット」シリーズなど働くことの本質に迫る作品で知られる作家・池井戸潤さんの新刊『民王 シベリアの陰謀』(KADOKAWA)が発売された。
“今日”を想起させる政治エンターテインメント――池井戸潤『民王 シベリアの陰謀』書評
かつて、日本の総理大臣が“未曾有”や“踏襲”という漢字を正しく読めない姿を露呈したことがあった。その姿を見た池井戸潤は、総理大臣ともあろう者が一体何故こんな漢字すら読めないのかという疑問を抱き、理由を考えた。
池井戸潤の超毒舌小説が帰ってきた コロナ禍に渦巻く陰謀論を笑い飛ばす『民王 シベリアの陰謀』がベストセラーランキング1位
10月5日トーハンの週刊ベストセラーが発表され、文芸書第1位は『民王 シベリアの陰謀』が獲得した。
ドラマ「民王」プロデューサー・飯田サヤカが読む、待望の続編『民王 シベリアの陰謀』(著:池井戸潤)
やはり「民王」は手ごわい。――待望の続編『民王 シベリアの陰謀』を飯田サヤカさんに読んでいただきました
作者としても「賭け」の一作になりました――最新刊『民王 シベリアの陰謀』刊行記念! 池井戸潤インタビュー【前編】
漢字の読めない総理大臣の次なる敵は、未知の凶悪ウイルスとその陰でうごめく、国家と世界を揺るがす黒い陰謀?
【池井戸潤『民王』待望の続編】ついに新作が始動! 第二次泰山内閣発足直後、目玉のマドンナ大臣が乱心し……。『民王 シベリアの陰謀』#1
新作『民王 シベリアの陰謀』がいよいよ始動! 9月28日発売予定の単行本に先がけて、前作のプロローグ試し読みに続き、冒頭部分を4回に分けて特別掲載します。
総理とバカ息子が「謎のウイルス」に立ち向かう。池井戸潤が「民王」続編で投じた"抱腹絶倒"の一石
「漢字が読めない総理大臣」を巡るドタバタ劇で、2015年にはドラマ化もされ、人気を博した『民王』(たみおう)。武藤泰山総理とバカ息子の翔が、新たな危機に立ち向かう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です