池井戸 潤

イラスト1

きっかけはパワハラだった!トップセールスマンのエリート課長を社内委員会に訴えたのは、歳上の部下だった。そして役員会が下した不可解な人事。いったい二人の間に何があったのか。今、会社で何が起きているのか。事態の収拾を命じられた原島は、親会社と取引先を巻き込んだ大掛かりな会社の秘密に迫る。ありふれた中堅メーカーを舞台に繰り広げられる迫真の物語。傑作クライム・ノベル。(「BOOK」データベースより)

 

一人のサラリーマンの生きざまから描き出される中堅メーカーの秘密を暴き出す、ミステリータッチの長編痛快小説です。

 

形式的には連作短編集だというべきなのかもしれませんが、本書のような作品では長編と言ってもいいと思われます。

本書のタイトルの「七つの会議」という言葉にあまり意味はありません。

中堅メーカーの組織としての行動を見ると様々な意思決定が行われますが、その折々の意思決定機関として、営業部内の業績報告のための「定例会議」や各職場から任命された環境委員による「環境会議」、毎月計上される売上・経費などの目標を決める「係数会議」などの会議が行われていることを示しているのでしょう

 

本書冒頭では、営業第二課課長の原島万二の視点で、営業部内の業績報告のための「定例会議」の場面が描かれ、営業部長の北川誠のモーレツ管理職ぶりや営業第一課課長の坂戸宣彦の切れ者ぶり、そして営業第一課係長の八角民夫のダメ男ぶりが紹介されます。

そんな中、八角が第一課課長の坂戸をパワハラ委員会に訴え認められるという事件が起き、板戸のあとに原島が任命されます。納得のいかない原島は板戸を訴えた理由を質しますが、八角は「知らないでいる権利」を放棄することになるというのでした。

この八角の言葉が実は深い意味を持っていて、本書はその言葉の真の意味を明らかにするミステリーとして展開されていくのです。

 

その言葉の意味が明らかにされていく過程で、東京建電の下請けの「ねじ六」という会社の状況や(第2話 ねじ六奮戦記)、退社する決心をした浜本優衣が、社内に無人のドーナツ販売コーナーを設置するために奮闘する(第3話 コトブキ退社)などのエピソードが描かれています。

その後、経理課長の加茂田やその部下の新田は営業部の利益率の低下に疑問を抱き始めたり、またカスタマー室長の佐野は「椅子の座面を留めたネジが破損」というクレームから営業部の下請け利用のしかたに疑問を抱き営業部の実態を調べ始めるのでした

 

これまで読んだ池井戸潤の小説の中では一番ミステリー色が濃い物語でした。

八角がグータラ社員になったのは何故か、第一課課長になった原島は八角から何を聞いたのか、個別に動く新田や佐野の行動は如何なる結果に結びついていくのか。

それぞれが抱え込んでいた秘密は、いつ、どのような形で明かされ、その結果はどのようになっていくのか、などミステリーとしての関心はどんどん引っ張られ、結局は最後まで読み通してしまいました。

 

そうしたミステリー的関心とは別に、企業に勤めたことのない私にとっては中堅メーカーとしての会社の仕組みについても引き込まれる内容を持っている作品でもありました。

特に「第3話 コトブキ退社」での浜本優衣が会社内で無人のドーナツ販売コーナーを設置するという行動について、業者選定から販売すべき商品およびその数、そうしたことを盛り込んだ企画書の作成など様々に考慮すべき事柄があるという視点だけでも面白いものでした。

また、営業と経理との折衝のあり方など、その世界にいる方であれば普通の事柄であろうことが私にとっては未知の世界の出来事であり、そうした観点での面白さもまたありました。

 

池井戸潤の小説は、私にとっては未知の世界を垣間見せてくれる望遠鏡のようなものでもあります。ただ、そこで見せられる事実は現実の出来事ではありません。あくまで池井戸潤というフィルターを通した世界であり、それはエンターテイメント性という色合いが付加されたものでもあるのです。

それは、「できるだけ分かり易いハリウッド的エンタメの基本構造で書いています。」という作者の言葉でも分かるように、より楽しく読むことができるように再構成された社会なのです。

 

その上で、そうしたエンタメの基本構造の底流に池井戸流の“正義”が横たわっていて、それが読者の心に響くのだと思います。

例えば先日読んだ半沢直樹シリーズの『銀翼のイカロス』では中野渡頭取の言葉があったように、本書では東京建電の副社長である村西京助の父親の「仕事っちゅうのは、金儲けじゃない。人の助けになることじゃ。」という言葉があります。

登場人物の個々の人間が描かれ、また主人公らの行動の根底に池井戸流の“正義”流れているからこそ読者の共感を得ることができるのだと思うのです。

 

 

ちなみに本書は2013年にNHK総合の「土曜ドラマ」枠でテレビドラマ化されています。東山紀之が更迭された営業第一課課長坂戸宣彦の後任に任命された原島万二を演じ、八角民夫を吉田鋼太郎が演じているそうです。

 

 

また、2019年2月には映画版も公開されています。こちらは野村萬斎演じる八角民夫を主人公とし、香川照之の北川誠や片岡愛之助の坂戸宣彦など、ドラマ版「半沢直樹」を彷彿とさせるキャストを起用した作品でかなり人気を得ているようです。

 

[投稿日]2019年05月15日  [最終更新日]2019年5月15日

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原島は答える。 「経理部から始めたので、領収書が目の前を通り過ぎたのをみただけですね」 部屋の時計が午後2時となる。

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