『ノーサイド・ゲーム』とは
本書『ノーサイド・ゲーム』は2019年6月に刊行されて2022年11月に512頁で文庫化された、長編の企業小説です。
ラグビーをメインにした企業小説であり、とても面白く読んだ作品でした。
『ノーサイド・ゲーム』の簡単なあらすじ
2019年「ダ・ヴィンチ」BOOK OF THE YEAR、第1位!
池井戸潤が描く、感動のリベンジ物語。大手自動車メーカー・トキワ自動車のエリート社員だった君嶋隼人。
とある大型案件に異を唱えた結果、横浜工場の総務部長に左遷させられ、
同社ラグビー部アストロズのゼネラルマネージャーを兼務することに。
かつて強豪として鳴らしたアストロズも、いまは成績不振に喘ぎ、鳴かず飛ばず。
巨額の赤字を垂れ流していた。
アストロズを再生せよーー。
ラグビーに関して何の知識も経験もない、ズブの素人である君嶋が、お荷物社会人ラグビーの再建に挑む。2019年、TBS日曜劇場で日本中を熱狂させたドラマ原作、待望の文庫化!(内容紹介(出版社より))
『ノーサイド・ゲーム』の感想
本書『ノーサイド・ゲーム』は、『半沢直樹シリーズ』や『下町ロケットシリーズ』などの痛快経済小説でヒットを飛ばしている池井戸潤が、今年日本でワールドカップが開催される「ラグビー」をテーマに描いた長編企業小説です。
池井戸潤作品で企業スポーツを描いた作品といえば『ルーズベルトゲーム』があります。この作品は企業と、企業チームである社会人野球チームの再生を重ねた作品でした。
本書はそれとは異なり、企業が抱えるラグビーチームの姿が描かれています。
社会人ラグビーチームが持つ、チームの運営のためには金がかかるという現実を明らかにし、企業内スポーツとしてのチームの運営という新たな観点から描き出した作品です。
『ノーサイド・ゲーム』の主人公は『ルーズベルトゲーム』同様にスポーツ選手ではありません。ラグビーチームの全体を管理するゼネラルマネージャーという立場の君嶋隼人という人物です。
ここで「ゼネラルマネージャー」とは、
スポーツでのゼネラルマネージャーの役割は、現場の総指揮官である監督の上に立ち、チームがどのようにすれば勝つのか考えるのと同時に、経営層として利益が出るように指揮する立場になります。
現場での選手起用や采配は監督になりますが、試合の進め方や、観客の集客方法、チケットや関連商品の販売方法、チームの広告宣伝などの戦略を考えて収益をあげるという組織全体の責任者です。
この立場の男の眼を通して社会人ラグビーというものを紹介しています。
スポーツですから、チームとして勝つためにはどうすればいいか、ラグビーチームの約五十人近いメンバーがリーグ戦の中で勝つために努力する姿が描かれています。この側面は通常のスポーツ小説でもあります。
ここではラグビーチームの柴門監督、メンバーそれぞれの動向、試合の状況がスポーツ小説の醍醐味豊かに描写されています。
ただ第一義的には、チームの採算という観点からのチームの存続の可否という企業内スポーツとしてのシビアな側面描かれています。
不採算部門が縮小もしくは切り捨てられるのは営利面から見て当然であり、年間十五億という予算を食うラグビーチームの存続意義が語られます。
ここにおいて主人公であるゼネラルマネージャーの君嶋隼人が登場し、経営の側面から見た企業内スポーツの意義が前面に出てくるのです。
ここで君嶋の敵役としての常務取締役の滝川桂一郎と議論が交わされます。この二人の関係は本書の見どころの一つでもあり、注目してもらいたいところです。
ところで、今年(2019年)はラグビーワールドカップが日本で開催されます。
そうしたこともあって、池井戸潤の小説をドラマ化して成功しているTBSの日曜劇場と組んで本書が書かれたものと思われ、日曜劇場では2019年6月13日発売の本書出版とほとんど同時の2019年7月7日からドラマが放映されています。
私はドラマを先に見ていたので、本書の登場人物がドラマの役者さんと重なってしまいました。つまりは君嶋隼人は大泉洋であり、滝川常務は上川隆也だったのです。
ついでにドラマに関して言えば、ラグビー場面の臨場感のすごさが挙げられます。アストロズのメンバーがラグビー経験者で占められ、あのラグビー日本代表キャプテンだったこともある廣瀬俊朗が役者として登場していたのには驚きました。
もう一点驚かされたのは、本書『ノーサイド・ゲーム』においても、もちろんドラマの中でも、本書のトキワ自動車アストロズというラグビーチームが属するプラチナリーグ、およびラグビーというスポーツを管理する日本蹴球協会(本書内名称)に対する強烈な批判が繰り広げられてることです。
日本ラグビーの現状について作者は「アマチュアリズムを振りかざし、常に他人の金をあてにして反省もない。」と言い切っています。
作者池井戸潤が本書で述べている事柄は今の日本のラグビー事情を見た作者の率直な印象でしょう。
池井戸潤の指摘がどこまで正鵠を射ているものか私にはわかりません。
しかしながら、2015年ラグビーワールドカップでの日本代表の大活躍で日本中が沸きに沸いたにもかかわらず、ラグビー人気自体は決して盛り上がったとは言えない状況であることは事実でしょう。
ラグビー関係者も様々な努力をされている筈です。決して本書で描かれているようなことはないと思いたいものです。
それはともかく、本書『ノーサイド・ゲーム』の面白さは間違いありません。これまでの『半沢直樹シリーズ』や『下町ロケットシリーズ』などの痛快経済小説とは異なった面白さを持った小説です。
勿論、君嶋隼人の活躍はほかの作品での逆転劇のような爽快感をもたらしてくれる場面もあります。それに加えてラグビーというスポーツの面白さもまた伝えてくれています。
ラグビーをテーマにした小説に関しては下記コラムを参照してください。そこに、も書いています。
蛇足ですが、日本ラグビーでは「ワンフォーオール、オールフォーワン」ということがよく言われますが、この言葉が和製ラグビー英語であり、日本独特の美意識と結びついた言葉に過ぎないと断言してあることは、また別な驚きでした。
少しなりともラグビーをかじった身としては少々ショックな言葉でした。