池井戸 潤

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文藝春秋

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楽天Booksは シャイロックの子供たち (文春文庫) [ 池井戸 潤 ] へ。


ある町の銀行の支店で起こった、現金紛失事件。女子行員に疑いがかかるが、別の男が失踪…!?“たたき上げ”の誇り、格差のある社内恋愛、家族への思い、上らない成績…事件の裏に透ける行員たちの人間的葛藤。銀行という組織を通して、普通に働き、普通に暮すことの幸福と困難さに迫った傑作群像劇。(「BOOK」データベースより)

 

東京第一銀行長原支店を舞台とする、連作のミステリー短編小説集です。

 

第一話 歯車じゃない | 第二話 傷心家族 | 第三話 みにくいアヒルの子 | 第四話 シーソーゲーム | 第五話 人体模型 | 第六話 キンセラの季節 | 第七話 銀行レース | 第八話 下町蜃気楼 | 第九話 ヒーローの食卓 | 第十話 晴子の夏

 

舞台は東京第一銀行の長原支店であり、各話の主人公は年齢や職種こそ異なるものの、殆どこの支店に勤務する銀行員です。そして、本書全体として一編のミステリーとして仕上がっています。

 

読後にネット上のレビューをみると、本書タイトルの「シャイロック」という言葉の意味を知らない方が多いようで、本好きならずとも「ベニスの商人」の話はお伽話的にでも知っている人が多かった時代からすると意外でした。

シェイクスピアの「ベニスの商人」という戯曲に登場する強欲な高利貸しのことを指すのですが、本書では、その子供たちとして銀行員らを指していることが暗示的です。

 

池井戸潤といえば『半沢直樹シリーズ』や『下町ロケット』などの勧善懲悪形式の痛快経済小説がもっとも有名であり、その痛快さ、爽快さが人気を博している理由だと思うのですが、本書はその系統ではなく、ミステリーとしての存在感を出しています。

 

 

作者である池井戸潤は、この『シャイロックの子供たち』という作品を

自分はエンタメ作家なんだから、もっと痛快で、単純に「ああ楽しかった」と言ってもらえる作品を書こうと。課題に対する自分なりの答えとして書いた

と言われています。

この作品以降「銀行や会社は舞台でしかなくて、そこで動いている人間の人生そのものを読んでもらおうと思うようになった。」とも書いておられます

 

ですから、痛快小説としての池井戸潤を思ってこの作品を手に取ると、若干期待外れとなるかもしれません。

勧善懲悪ではなく、正義が明白な悪を懲らしめるというパターンではないのです。それどころか、読みようによってはピカレスク小説と読めないこともない作品です。

しかしながら、池井戸潤の小説であることに違いはなく、銀行という舞台で展開される人間ドラマがミステリーの形式を借りて語られているというだけです。

 

本書の前半は、それぞれの話は独立したものとしての色合いが強く、個々の話ごとに銀行を舞台にした人間模様として読み進めることになります。

副支店長の古川一夫のパワハラ、融資課友野裕の融資獲得状況、営業課北川愛理の百万円窃取疑惑、業務課課長代理遠藤拓治にかかる重圧、と話は続きます。

そして、「第五話 人体模型」で、本店人事部部長が人事書類から失踪した西木という銀行員の人物像を把握しようとする場面からその様相を異にしてきます。

「第六話 キンセラの季節」以降、登場人物がそれぞれの視点で失踪した西木の仕事について調べ始め、これまでの語られてきた話の実相が次第に明らかにされていくのです。

そして、最終的にこれまで個々の視点で語られてきた話が、更に異なる視点で見直されることにより、全く違う意味を持つ話として読者の前に提示されることになります。

 

繰り返しますが、勧善懲悪の痛快小説ではなく、あくまで銀行を舞台にした新たな構成の、“意外性”というおまけまでついたミステリーとしてとても楽しく読んだ小説でした。

[投稿日]2019年05月31日  [最終更新日]2019年5月31日
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