『さよならドビュッシー』とは
本書『さよならドビュッシー』は『岬洋介シリーズ』の第一弾で、2010年1月に宝島社からハードカバーで刊行され、2011年1月に宝島社文庫から415頁の文庫として出版された、長編の推理小説です。
描かれている音楽の描写も素晴らしく、どんでん返しの妙も味わうことができた物語であって、第8回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作に相応しい作品でした。
『さよならドビュッシー』の簡単なあらすじ
ピアニストからも絶賛!ドビュッシーの調べにのせて贈る、音楽ミステリー。ピアニストを目指す遙、16歳。祖父と従姉妹とともに火事に遭い、ひとりだけ生き残ったものの、全身大火傷の大怪我を負う。それでもピアニストになることを固く誓い、コンクール優勝を目指して猛レッスンに励む。ところが周囲で不吉な出来事が次々と起こり、やがて殺人事件まで発生するー。第8回『このミス』大賞受賞作品。(「BOOK」データベースより)
ピアニストになることを夢見て練習に励む十六歳の女の子が、祖父と従姉妹とを同時に亡くす火災に遭い、自らも全身大やけどを負ってしまう。
奇蹟的に命を取り留めた娘は整形手術により顔も、ひどくはありますが声も取り戻し、再度ピアニストになるという夢に向かって進み始めるのだった。
『さよならドビュッシー』の感想
本書『さよならドビュッシー』は、第8回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作であり、作家中山七里のデビュー作でもあります。
本書の特徴としては音楽に満ち溢れている作品だということです。
新たに歩み始めた娘香月遥は、岬洋介という気鋭のピアニストの個人教授をうけつつ、いじめをはねのけながら名門高校に通い続けるのですが、その姿はスポーツ青春小説に描かれそうな熱意あふれるものです。
と言うより、遙という娘が、弱ってしまった指を長時間の演奏に耐えるために鍛える姿は文字通りスポ根小説そのものなのです。
彼女の練習の過程で示されるのはクラシック音楽の分析であり、音楽そのものについての解説でもあります。それは、クラシック音楽を学び、演奏する人の技術であり心構えです。
そこで示される知識、分析は普段クラシックに疎遠な私たちにとって実に新鮮なものであり、実際の演奏を聞きたくなるような表現でもあります。実際、私はYouTubeで聞きました。
「音」を文章で表現することの難しさを軽く超えている、そんな印象すら持ってしまうのです。
それは感性で感じるべき芸術を文章表現することであり、その類の作品はこれまでにも読んできました。
近年では原田マハの、ピカソの作品である「ゲルニカ」をめぐるミステリーである『暗幕のゲルニカ』や、アンリ・ルソーの作品の「夢」についての物語である『楽園のカンヴァス』がそうでした。
また、三浦しをんの『仏果を得ず』は人形浄瑠璃を描写した作品でした。
これらの作品は、絵画や浄瑠璃の素晴らしさを文章を持って表現した作品でしたが、本書『さよならドビュッシー』での音楽の分析はこれらの作品を上回ると言っても過言ではない表現です。
ミステリーとしても伏線の張り方が緻密です。本書の始めから後に大切な意味を持ってくる一文が、実にさりげなく普通の文章の中に埋め込まれているのです。
クライマックスになり、岬洋介の謎ときの中でその伏線が丁寧に回収されていくのですが、これまで提示されてきた謎が解き明かされるというミステリーの醍醐味を十分に味わえる作品だと思います。
ただ、一点だけミステリーファンの中にはこの結末は許されないという人がいるのではないかという危惧はありました。
個人的には別にかまわないのですが、ミステリーの決まりごとを破ることになるのではないか、という心配です。
とはいえ、本書『さよならドビュッシー』はベストセラーになっていますので、そうした点は杞憂であったと言っていいと思われます。