本書『家康、江戸を建てる』は、文庫本で488頁の全五話からなる短編の時代小説集です。
徳川家康が江戸に新たな街づくりを始めるに際しての物語で、技術者集団としての配下個々人を描いた2016年上半期の直木賞候補になった作品です。
『家康、江戸を建てる』の簡単なあらすじ
「北条家の関東二百四十万石を差し上げよう」天正十八年、落ちゆく小田原城を眺めつつ、関白豊臣秀吉は徳川家康に囁いた。その真意は、湿地ばかりが広がる土地と、豊穣な駿河、遠江、三河、甲斐、信濃との交換であった。家臣団が激怒する中、なぜか家康は要求を受け入れる―ピンチをチャンスに変えた究極の天下人の、日本史上最大のプロジェクトが始まった!(「BOOK」データベースより)
第一話 「金貨(きん)を延べる」
北以外は海と萱の原に囲まれ、北が少し開けているのみの江戸の地。町の基礎づくりのために選ばれた伊奈忠治は、北から流れ込む川を制御するために川を曲げるというのだった。
第二話 「流れを変える」
家康は江戸の町で品位(金の含有率)の良い小判を鋳造することで江戸の町を日本の経済の中心とすることを図る。そのために上方での貨幣の鋳造を担ってきた後藤家に仕えていた橋本庄三郎という男を江戸に招くのでした。
第三話 「飲み水を引く」
武蔵野の原野での鷹狩りの折に土地の者から湧水のありかを聞いた家康から、江戸の町へ水を引くための普請役を命じられた内田六次郎は、菓子作りが得意な大久保籐五郎の力を借りてその難工事に挑むのだった。
第四話 「石垣を積む」
家康は千代田城建設の着手を決めた。代官頭である大久保長安は「みえすき吾平」と呼ばれる石工の親方の噂を聞き、千代田城のための石を切り出すように命じるのだった。
第五話 「天守を起こす」
千代田築城に際し、家康は城の壁を白壁にするようにと命じ、秀忠に対し、白壁にする意味を問うのだった。しかし、秀忠はその意味を汲み取れずにいた。
『家康、江戸を建てる』の感想
本書『家康、江戸を建てる』の読み始めは若干の説明臭を感じる物語であり、本書ははずれかと思ったものでした。
しかし第二話になり、町造りの基礎としての経済的観点からの貨幣鋳造、という視点は面白く読みました。そこに人間ドラマを絡め、この物語からは本書『家康、江戸を建てる』の物語としての面白さを感じ始めたものです。
次いで第三話で語られる江戸の町の水道は有名ではありますが、その建設という観点はユニークです。
エンターテインメント小説としての醍醐味も出てきた話で、非常に面白く読んだものです。
また第四話も第二話同様に人間ドラマを絡めての石垣造りの話であって、職人の物語としての面白さを感じたものです。
また最終話で、江戸城が1657年の明暦の大火で焼失し、再建されることがなかったという話は聞いたことがありましたが、江戸城の天守閣の壁が白壁であったことは知りませんでした。
そして最終話に至って本書が直木賞候補作になった理由も納得しました。これまではあまりい描き方をされてこなかった二代秀忠と家康との会話は実に読み応えがあったのです。
本書は、武将家康による町づくりの物語という思い込みとは異なり、個々の技術者の物語でした。
著者である門井慶喜の「家康を一種のプロデューサーと捉えて、その部下である街づくりのエキスパートを主人公にしようと思いました」との言葉どおりの物語であり、ユニークな視点の物語として楽しむことができました。
江戸の町造りという観点では、半村良の『江戸打入り』という作品があります。
秀吉から事実上関東移封を命じられた家康の江戸への移封の話を、下級武士から見た物語で、大半は普請担当の足軽が、戦のために荷駄を運び、橋を架け、宿営の準備をする様子が描かれている作品で、直接的に江戸の町を構築するという話ではありません。
また、私はまだ読んでいませんが、伊東潤には『江戸を造った男』という作品があります。
しかし、この作品は家康の時代ではなく、1657年の明暦の大火のときの材木の買い占めで財をなした河村瑞賢という人物を描いた一代記で、本書とはちょっとその趣を異にするようです。