任官5年目の検事・佐方貞人は、認知症だった母親を殺害して逮捕された息子・昌平の裁判を担当することになった。昌平は介護疲れから犯行に及んだと自供、事件は解決するかに見えた。しかし佐方は、遺体発見から逮捕まで「空白の2時間」があることに疑問を抱く。独自に聞き取りを進めると、やがて見えてきたのは昌平の意外な素顔だった…。(「信義を守る」)(「BOOK」データベースより)
柚月裕子著の『検事の信義』は、『佐方貞人シリーズ』の第四作目となる短編集です。
窃盗で訴えられた男が途中から証言を翻し貰ったものだと言い始めた。調べると、被告人の証言は正当であり、担当検事の佐方は無罪求刑をするしかないのだった。
途中までは、この作家の描くミステリーとしては普通だと、“一事不再理”はドラマなどではよく耳にする法律用語でありこの点だけでも目新しさは感じない、などと思っていました。
しかし、作者の意図はその一歩先にあったようです。読み終えたときはさすがの柚月裕子だと感心することしきりの自分でした。
スナックのママからの情報で一人のヤクザ者が覚せい剤取締法違反で捕まり、佐方の担当となった。しかしその証言には疑義があり、調べるほどに被告人の罪があいまいになってくると同時に、地検には一件の告発状が届いていた。
普通の事件の情報の陰に隠された様々な思惑が交錯する物語です。
単純な覚醒剤事案だったはずが、最終的には思いもかけないところへと影響が広がり、佐方自身の、検察という職務に対する思いにまで至ります。
佐方貞人は、司法修習生時代の同期であり、現在広島地検勤務の木浦亨からの誘いを受けて宮島へとやってきていた。そこに広島高検の上杉義徳次席検事が訪ねてくる。木浦は婚約者に振られたため佐方を誘い、上杉には仲人を頼んでいたのだというのだ。しかし、・・・。
佐方貞人という検察官が職務上知った事実をきっかけに事件の謎を解くミステリー、という基本的な流れとは異なり、社会的存在としての検察という組織が抱える問題まで取り込んだ、社会性の強い物語になっています。
それは、検察の裏金問題であり、暴力団抗争にからむ広島県警の思惑でもあります。この物語には『孤狼の血』や『狂犬の眼』に登場する日岡秀一が少しだけ顔を出します。ファンにとって、こうした仕掛けにはたまらないものがあります。
当たり前のことだけれど、佐方はプライベートで動いていて増田事務官は登場しないので、この物語は普通の第三者の視点で語られています。
米崎市の西にある大里町で老女の死体が発見された。二時間後に老女の息子である道塚昌平が現場から五キロ離れた江南町で発見され、自分が殺したと自白した。しかし、佐方は昌平が発見されるまでの二時間が気になり、再捜査を願い出るのだった。ただ、この案件は米崎地検の矢口史郎という気難しいと評判のシニア検事が担当しており、必ずひと悶着が起きると思われる事案だった。
この物語は重い。介護の問題が主なテーマである以上は仕方のないところだとは思うのだけれど、それにしても辛い話でした。
作者としては介護の問題だけでは弱いと思い、検察内部の力学を持ち出してきたのでしょう。
個人的にはそちらをもう少し手厚く描いてほしい気もしましたが、そうすれば今度は物語の焦点がぼけるのではないかとも思われ、やはり素人の感想は素人でしかありませんでした。
本書の全体を貫いているのは、「罪はまっとうに裁かれなければならない。」という主人公の佐方貞人の信念です。その信念は検察庁としては納得しがたい問題判決という結果になろうとも貫かれます。
そしてその姿は、以前も書いたように、正論でありながらも現実の社会では通らない、“青い”と言われて終わりそうな主張を貫く痛快小説で描かれる姿と同様であり、爽快さを感じるのです。
個人的には『半沢直樹シリーズ』の勧善懲悪の物語と同じ構造だと感じ、更には著者の持つ登場人物の魅力を引き出す力量と合わせて、物語の魅力となっていると思います。
特に本書の場合、ミステリーとしての構成にうまくあてはまり、さらなる魅力となっています。
それにしてもこのシリーズは、いやこの作者の作品は私の波長と合う作品が多いと言えます。