『教誨』とは
本書『教誨』は、2022年11月に317頁のハードカバーとして刊行された長編の犯罪小説です。
我が子を殺した一人の女性の本当の心を探り、人間の犯す「罪」について考えさせられた、読み応えのある一冊でした。
『教誨』の簡単なあらすじ
女性死刑囚の心に迫る本格的長編犯罪小説!
幼女二人を殺害した女性死刑囚が最期に遺した言葉ーー
「約束は守ったよ、褒めて」吉沢香純と母の静江は、遠縁の死刑囚三原響子から身柄引受人に指名され、刑の執行後に東京拘置所で遺骨と遺品を受け取った。響子は十年前、我が子も含む女児二人を殺めたとされた。香純は、響子の遺骨を三原家の墓におさめてもらうため、菩提寺がある青森県相野町を単身訪れる。香純は、響子が最期に遺した言葉の真意を探るため、事件を知る関係者と面会を重ねてゆく。
【編集担当からのおすすめ情報】
ベストセラー『孤狼の血』『慈雨』『盤上の向日葵』に連なる一年ぶりの長編!「自分の作品のなかで、犯罪というものを一番掘り下げた作品です。執筆中、辛くてなんども書けなくなりました。こんなに苦しかった作品ははじめてです。響子が交わした約束とはなんだったのか、香純と一緒に追いかけてください」(内容紹介(出版社より))
『教誨』の感想
本書『教誨』は、これまでの柚木裕子の作品とは微妙にその傾向が異なっている印象です。
これまでの作品のように犯された犯罪の動機を明らかにする点では同じだといえますが、本書ではさらにその動機自体の曖昧さを追求してあるのです。
犯人の育ってきた環境や今の生活環境に着目する物語はこれまでもありましたが、犯行動機自体のありように迫った作品は私の知る限りはなかったように思います。
本書の主人公は事件の犯人でもなく、ましてや警察関係者や探偵でもない単なる普通の一般人です。
死刑囚三原響子の身柄引受人で遺骨と遺品を受領した遠縁の吉沢香純は、今はいない響子の「約束は守ったよ、褒めて」という最後の言葉を聞いて、その意味を知るために響子の人生を掘り起こし、彼女の抱えていた悲哀を明らかにしていきます。
一般の推理小説では警察や探偵の地道な捜査の結果、犯人そのものや犯罪の実行方法などが明らかにされるその過程がサスペンスフルに描かれたり、犯行動機に心打たれたりします。
本書の場合もその点は同じことで、ただ探偵役が一般人というだけです。異なるのは、明らかにされた犯行動機そのものの曖昧さです。
死刑囚だった響子の人生が明らかになっていくにつれ、響子の過去が明確になっていきます。
その過程で明らかになる響子の人生の哀しさが、田舎の濃密で狭量な人間関係により引き起こされたものでもあり、その小さな世界で生きていかざるを得ない人々の悲しみを示しているようです。
そこで責められるべきは誰なのか、勿論響子自身が非難されるべきなのはそうなのですが、その非難には考慮すべきものがあるのではないか、そこに焦点があります。
本書『教誨』のテーマは「犯罪とは何か」だと思うのですが、視点を変えると、結局は犯罪を犯した人の主観面への考慮の難しさということになるのでしょう。
そして、その延長線上には裁判の限界まで視野に入ってくると思うのです。
現実に即して言うと、客観的に判断せざるを得ない犯罪行為が、最終的に刑罰の対象になり得るか、すなわち前に述べた非難に値するか、という判断になることの困難さがあります。
その主観面についての判断を可能な限り客観的に、そして正確に為そうとする結果がいまの裁判制度でしょう。
ですから、どうしても限界の事柄はあると思われるのです。
本書では響子が何も語らないという難しさもあり、響子が犯した罪への考察の困難さを増しています。
こうした事例に対してどうすればいいのか、答えが存在するものなのかそれすらわかりません
本書『教誨』でも問題の一つとして挙げられていることの一つに田舎の閉鎖性ということがあります。
近年もとある町で移住者に対するある提言が話題になっていたように、田舎人間関係に置いての過干渉ということは昔から言われているところです。
田舎暮しは草刈りや共有地の掃除などの共同作業により維持されるところが多く、地域共同体全体で作業を行うことで共同体の存立が維持できているところがあります。
しかしながら、都会住まいの人はプライバシーが確立された社会で生きていたため地域の共同作業になじめないといいます。
そうした村社会の濃密な人間関係を背景に、殺人という禁忌を犯した犯罪者に対する近隣の眼の厳しさと、それ故に内にこもらざるを得ず、他者との交流を築けなかった人間の心の内が暴かれていきます。
その過程は読者も惹き込まれずにはおれません。
ただ、真相が明らかになる最後の最後が結局はすべてを知る一人の人物によって明らかにされるという構成は、若干残念に感じました。
最後の最後にひとまとめに解決させてしまうのは、これまでの吉沢香純の働きが減じてしまうように感じたのです。
とはいえ、この点はそれほど大きなことではないとも思えます。
著者柚月裕子の示すテーマは考えはじめたらきりがありませんが、一つ一つ対処してゆくしかできないものでしょう。
本書『教誨』は、物語として面白い作品だとはちょっと言いにくいものの、しかしかなり惹き込まれて読んだ作品でした。