『検事の信義』とは
本書『検事の信義』は2019年4月に出版された『佐方貞人シリーズ』の第四巻目であって、2021年10月刊行の文庫本は320頁の分量の連作の短編小説集です。
柚月裕子らしい「正義」を貫いている社会性の強い作品集で、読後には爽快感さえ覚える物語集です。
『検事の信義』の簡単なあらすじ
検事・佐方貞人は、亡くなった実業家の書斎から高級腕時計を盗んだ罪で起訴された男の裁判を担当していた。被告人は実業家の非嫡出子で腕時計は形見に貰ったと主張、それを裏付ける証拠も出てきて、佐方は異例の無罪論告をせざるを得なくなってしまう。なぜ被告人は決定的な証拠について黙っていたのか、佐方が辿り着いた驚愕の真相とは(「裁きを望む」)。孤高の検事の気概と執念を描いた。心ふるわすリーガル・ミステリー!(「BOOK」データベースより)
「裁きを望む」
窃盗で訴えられた男が途中から証言を翻し、貰ったものだと言い始めた。調べると被告人の証言は正当であり、担当検事の佐方貞人は無罪求刑をするしかないのだった。
「恨みを刻む」
スナックのママからの情報で一人のヤクザ者が覚せい剤取締法違反で捕まり、佐方の担当となった。しかしその証言には疑義があり、調べるほどに被告人の罪があいまいになってくると同時に、地検には一件の告発状が届いていた。
「正義を質す」
佐方貞人は、司法修習生時代の同期であり、現在広島地検勤務の木浦亨からの誘いを受けて宮島へとやってきていた。そこに広島高検の上杉義徳次席検事が訪ねてくる。木浦は婚約者に振られたため佐方を誘い、上杉には仲人を頼んでいたのだというのだ。しかし、・・・。
「信義を守る」
米崎市の西にある大里町で老女の死体が発見された。二時間後に老女の息子である道塚昌平が現場から五キロ離れた江南町で発見され、自分が殺したと自白した。しかし、佐方は昌平が発見されるまでの二時間が気になり、再捜査を願い出るのだった。
『検事の信義』の感想
第一話「裁きを望む」の途中までは、この作家の描くミステリーとしては普通だと、“一事不再理”はドラマなどではよく耳にする法律用語でありこの点だけでも目新しさは感じない、などと思っていました。
しかし、作者の意図はその一歩先にあったようです。読み終えたときはさすがの柚月裕子だと感心することしきりの自分でした。
第二話「恨みを刻む」は、普通の事件の情報の陰に隠された様々な思惑が交錯する物語です。
単純な覚醒剤事案だったはずが、最終的には思いもかけないところへと影響が広がり、佐方自身の、検察という職務に対する思いにまで至ります。
第三話「正義を質す」は、佐方貞人という検察官が職務上知った事実をきっかけに事件の謎を解くミステリー、という基本的な流れとは異なり、検察という組織が抱える問題まで取り込んだ、社会性の強い物語になっています。
それは、検察の裏金問題であり、暴力団抗争にからむ広島県警の思惑でもあります。この物語には『孤狼の血シリーズ』に登場する日岡秀一が少しだけ顔を出します。ファンにとって、こうした仕掛けにはたまらないものがあります。
当たり前のことだけれど、佐方はプライベートで動いていて増田事務官は登場しないので、この物語は普通の第三者の視点で語られています。
第四話「信義を守る」は、介護の問題が主なテーマである以上は仕方のないところだとは思うのだけれど、それにしても辛い話でした。
作者としては介護の問題だけでは弱いと思い、検察内部の力学を持ち出してきたのでしょう。
個人的にはそちらをもう少し手厚く描いてほしい気もしましたが、そうすれば今度は物語の焦点がぼけるのではないかとも思われ、やはり素人の感想は素人でしかありませんでした。
本書『検事の信義』の全体を貫いているのは、「罪はまっとうに裁かれなければならない。」という主人公の佐方貞人の信念です。その信念は、検察庁としては納得しがたい問題判決という結果になろうとも貫かれます。
その姿は、以前も書いたように、正論でありながらも現実の社会では通らない、“青い”と言われて終わりそうな主張であり、しかし痛快小説で描かれる姿と同様に爽快さを感じるのです。
個人的には『半沢直樹シリーズ』の勧善懲悪の物語と同じ構造だと感じ、更には著者の持つ登場人物の魅力を引き出す力量と合わせて、物語の魅力となっていると思います。
特に本書『検事の信義』の場合、ミステリーとしての構成にうまくあてはまり、さらなる魅力となっています。
それにしてもこのシリーズは、いやこの作者の作品は私の波長と合う作品が多いと言えます。