「殺し」と「傷害」以外、引き受けます。美貌の元弁護士が、あり得ない依頼に知略をめぐらす鮮烈ミステリー!(「BOOK」データベースより)
もと弁護士の上水流涼子と、その助手貴山の知的ゲームを楽しむ六編の短編からなるミステリー小説集です。
第一話の「確率的にあり得ない」は、この物語の中心人物だろう上水流涼子とその助手の貴山の人物紹介を兼ねた物語です。
ボートレースの全結果を当てた男とコンサルタント契約を結ぼうとしていた二代目社長の眼を覚ますべく一計を案じる上水流涼子です。
上水流涼子が弁護士資格を剥奪されたことがあり、助手の貴山が劇団員だった過去を持つ優秀な男であること、などが明かされます。その上でこの作品がこの作者のいつもの作風とは異なり、かなり気楽に読める作品集であることが読みとれます。
第二話「合理的にあり得ない」では、霊能力者を自称する女から高額な皿や壺を買わされている妻に気付き、その霊能力者に直談判しようとする神崎恭一郎という資産家の男の物語です。
上水流涼子の取った方法が、法律家らしい方法でユニークと言えそうかもしれませんが、謎ときとしては特別なものがあるわけではありません。
第三話「戦術的にあり得ない」は、関東幸甚一家総長の日野照治からの一億円のかかった将棋で、手段は問わないので必ず勝ちたいという依頼です。
貴山の将棋の実力がアマチュア五段だということが判ったことが収穫と言えそうな物語です。
第四話「心情的にあり得ない」は、上水流涼子のかつての顧問会社の社長からの家出をした孫娘の捜索依頼があります。
この会社こそが上水流涼子の弁護士資格はく奪の原因となった会社であり、貴山の反対を押し切ってその依頼を受けるのでした。また、助手貴山と知り合った経緯も語られます。更には、新宿署組織犯罪対策課の薬物銃器対策係の主任である丹波勝利という刑事が登場するのでした。
第五話「心理的にあり得ない」は、野球賭博で自殺した父親の無念を晴らしたいという娘の、父親を騙した男への復讐依頼の話です。
この物語では野球賭博の仕組みが詳しく語られています。この物語も人間ドラマに目が行くものでした。
全体として、本書はミステリーとしての面白さと言うよりは、主人公の上水流涼子と貴山という助手のキャラクターの面白さ、そしてコンゲームとしての駆け引きに重点が置かれた物語で、非常に軽く読める、この作家の新しい一面を見せた小説です。
同じ女性探偵が主人公の小説として、 深町秋生が書いた『探偵は女手ひとつ』と言う短編小説集があります。この小説は、元刑事の椎名留美というシングルマザーの探偵を主人公としたハードボイルドタッチのミステリーで、全編が山形を舞台とし、会話も山形弁で貫かれているローカル色豊かな物語です。裏社会に取り込まれそうな弱者をテーマとした物語ですが、とても読みやすい作品となっています。
本書『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』は、いつもの柚月裕子作品とは異なりそれほどの社会性を持っているとは言えないでしょうが、読みやすく面白小説と言う点では両者は一致します。ただ、本書はコンゲームであり、『探偵は女手ひとつ』はハードボイルドと言え、その差は明確にあります。
でも、私には共に続編を期待したいと思うほどに、気楽に読めて面白いと感じた物語でした。