『パレートの誤算』とは
本書『パレートの誤算』は、2014年10月に祥伝社からハードカバーで刊行され、2017年4月に祥伝社文庫から432頁の文庫として出版された、長編の推理小説です。
いわゆる「貧困ビジネス」に焦点を当てた物語で、柚月裕子作品の中では特に面白いというほどではありませんでした。
『パレートの誤算』の簡単なあらすじ
ベテランケースワーカーの山川が殺された。新人職員の牧野聡美は彼のあとを継ぎ、生活保護受給世帯を訪問し支援を行うことに。仕事熱心で人望も厚い山川だったが、訪問先のアパートが燃え、焼け跡から撲殺死体で発見されていた。聡美は、受給者を訪ねるうちに山川がヤクザと不適切な関係を持っていた可能性に気付くが…。生活保護の闇に迫る、渾身の社会派ミステリー! (「BOOK」データベースより)
『パレートの誤算』の感想
本書の舞台となる「社会福祉課」とは、例えば熊本県のサイト「社会福祉課の業務内容」によると、「生活保護法の施行に関すること。」や「社会福祉法の施行に関すること。」など、県民の福祉に関する事柄を業務内容とする職場です。
本書の主人公らの仕事は、福祉業務の中の「生活保護」に関する業務を担当しています。
ここで「生活保護」とは
資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方に対し、困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を助長する制度です。( 生活保護制度 |厚生労働省 : 参照 )
とされています。
「生活保護の不正受給」問題、なかでも「生活保護ビジネス」「貧困ビジネス」と呼ばれる社会的弱者を食い物にするビジネスがニュースとして取り上げられ、社会問題化したのはまだ記憶に新しいところです。
本書『パレートの誤算』は、そうした「貧困ビジネス」をテーマに据えたミステリーです。
そして、主人公を新人職員として設定し、生活保護制度やケースワーカーという職務を紹介しつつ、生活保護ビジネスなど暴力団の資金源にもなっている生活保護システムの現状を絡めた物語としています。
本書『パレートの誤算』のタイトルのもとになっている「パレートの法則」とは以下の通りです。
組織全体の2割程の要人が大部分の利益をもたらしており、そしてその2割の要人が間引かれると、残り8割の中の2割がまた大部分の利益をもたらすようになるというものである。( ウィキペディア : 参照 )
この言葉は「働きアリの法則」と同じ意味合いで使用されることが多いとも書いてありました。
ここで思い出されるのが、第160回直木賞の候補作となった垣根涼介の『信長の原理』という作品です。
この物語は信長の生き方を、「パレートの法則」や「働きアリの法則」と呼ばれている現象を通して組み立てているところに特徴がある小説でした。
少々心象描写が細かすぎると感じることもありましたが、視点がユニークで面白い物語だったといえるでしょう。
本書『パレートの誤算』はいかにも柚月裕子の描く社会派の作品らしく、ある種の理想論を前面に押し出してあります。こうした主張は読む人にとってはいわゆる「青臭い」議論だとして受け入れない人もいるかと思われます。
しかし個人的には、この作者の描く『最後の証人』を第一巻とする『佐方貞人シリーズ』と同様に、こうした作風は嫌いではありません。というよりも好きなタッチです。
「青臭い」という言葉は、裏返すと正論であることに間違いはなく、ただ現実に即していないという攻撃にさらされるだけのことです。
勿論、この言葉の指摘するところには考察が足らないという意味の時があり、確かにそうした作品も見受けられます。しかし、本書を含めたこの作者の場合はそうした批判は当たらないと思うのです。
私の好きな作家さんの作品であるためか、かなり甘い感想になっているかとも思いますが、大きく外れてもいないと思っています。
本書『パレートの誤算』は刑事の描写に少々首をひねる場面が無きにしも非ずですが、物語として読みごたえがあることに間違いはないと思っています。
ちなみに、本書を原作として主演は橋本愛で、WOWOW「連続ドラマW」で『パレートの誤算 〜ケースワーカー殺人事件』というタイトルで、2020年3月から全5回で放送されました。