本書『かがみの孤城』は、文庫本上下二巻で780頁弱にもなる長編のファンタジー小説で、2018年の本屋大賞を受賞した、実に面白い、読み応えのある作品です。
学校での居場所をなくし、閉じこもっていた“こころ”の目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。
輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。
そこには“こころ”を含め、似た境遇の7人が集められていた。
なぜこの7人が、なぜこの場所に――
すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。
生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。
本屋大賞受賞ほか、圧倒的支持を受け堂々8冠のベストセラー。(「BOOK」データベースより)
本書『かがみの孤城』と同じく本屋大賞を受賞した作品である上橋菜穂子の『鹿の王』を読んだときと同じような印象を持った、やはり本屋大賞受賞作品は素晴らしく、そして面白い、と改めて感じる作品でした。
勿論、内容は全く異なります。『鹿の王』(角川文庫 全四巻)は異世界を舞台にしたファンタジーであり、人の命と医療などについて深く考えさせられる物語でした。
それに対し、本書『かがみの孤城』は、自分の居場所を無くした現実の中学生が、現実と異世界とを行き来し、自分の居場所を見つける物語です。
それでも同じ印象を持ったというのは、共にファンタジーであるということもそうですが、物語の世界の組み立て方が実に丁寧であり、構築された世界が堅牢であって、全く違和感なく物語の世界を楽しむことができる、という点での共通点を感じたからだと思います。
物語の世界が慎重に組み立てられている物語は読んでいて実に気持ちがいいものです。物語の世界に少しの破綻があると、そこから感情移入していた気持ち自体が冷めてしまい、一気に面白さが失せてしまいます。
そうした堅牢な世界が構築されているということは、本書の謎ときの側面が丁寧に組み立てられていることにも結び付いています。
張り巡らされた伏線が回収され、隠されていた事実が明らかにされるとき、ありふた言葉ではありますが、パズルのピースがピタリと当てはまったときの快感を感じさせてくれます。それは上質のミステリーを読んだときに感じることができる感覚と同質のものなのです。
例えば米澤穂信の『満願』や長岡弘樹の『傍聞き』などのような短編で小気味よいトリックが明かされるときの心地よさであり、意外性という驚きと共に、物語の序盤から貼られていた伏線が一つずつ回収されていく時の喜びでもありました。
そしてさらに本書『かがみの孤城』は、自分の居場所を失った子供たちの心の声を聞かせてくれる物語でもあります。いじめという大人社会でも問題になっている人間関係の難しさ、恐ろしさを、恐らくですが著者がフリースクールなどの現場の取材を重ねた結果の子供たちの声として示してくれていると思われます。
松崎洋の『走れ!T校バスケット部』(幻冬舎文庫 全十巻)という小説があります。この作品もいじめの問題を正面から取り上げてある良い作品でした。
ただ、小説としての出来がいいかと問われれば決して良いとは答えられません。ですが、作者の、教育とバスケットに対する情熱は本物と感じられ、小説としての出来を越えて引き込まれた作品でもありました。近く映画化の話も起きているそうです。
ともあれ、異世界の城と現実とを出入りするという本書『かがみの孤城』の設定は私の知り限りでは珍しい設定だと思います。
普通のファンタジーは本書の中にも出てくるC.S.ルイスの『ナルニア国物語』や、日本国内でも宮部みゆきの『ブレイブ・ストーリー』(角川文庫 全三巻)という作品のように異世界に転移し、そこで冒険物語を繰り広げるという形式か、先にも書いた『鹿の王』のように話自体が異世界での物語だったりします。
ただ、柳内たくみの『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』は、銀座の真ん中に異世界との通路が開くというものですが、この物語にしても主人公は異世界で暮らすことになっています。
そうした現実世界との自由な行き来が可能だという独特の設定のファンタジーである本書ですが、ただ、朝九時から夕方五時までという時間的な限定があります。
そして、異世界での行動範囲がお城の中だけという設定もユニークです。このお城はゲームをするための電気は通っているものの、水道やガスは通っておらず使えないのです。
こうした限定された世界ではありますが、個人用の部屋を用意してあることもあって、居場所を亡くした子供たちにとってはまさに自分の城を持ったに等しい場所なのでしょう。
来年の三月三十日までの限定された活動場所で、子供たちがどのような行動をとるのか、読み始めたらやめられない作品です。
しかし、それだけの価値がある作品です。