『ツナグ』とは
本書『ツナグ 想い人の心得』は『ツナグシリーズ』の第二弾で、2019年10月に刊行されて2022年6月に416頁の文庫として出版された、連作の短編小説集です。
前巻の『ツナグ』から七年後の世界での歩美の生き方を中心に描かれた、前巻同様の感動的な作品です。
『ツナグ』の簡単なあらすじ
僕が使者だと打ち明けようかー。死者との面会を叶える役目を祖母から受け継いで七年目。渋谷歩美は会社員として働きながら、使者の務めも続けていた。「代理」で頼みに来た若手俳優、歴史の資料でしか接したことのない相手を指名する元教員、亡くした娘を思う二人の母親。切実な思いを抱える依頼人に応える歩美だったが、初めての迷いが訪れて…。心揺さぶるベストセラー、待望の続編!(「BOOK」データベースより)
プロポーズの心得
使者から代理での依頼はだめだと断られた神谷ゆずるは、せっかくの機会だからと、顔も知らない父久間田市郎に会うことにした。母親はゆずるがいていてよかったと言ってくれていたのだが、ゆずるは父親から逃がれた母親の人生を縛ったのではないかと悩んでいたのだ。
歴史探究の心得
おもちゃメーカーの「つみきの森」で働き始めて二年目の歩美は、鶏野工房に向かう途中で使者への連絡を受けた。新潟県の元公立高校の校長だったという依頼者の鮫川は、上川岳満という郷土の名士の研究家として二つの謎を知りたいというのだった。
母の心得
二組の母娘の物語。一組は重田彰一・実里夫妻が依頼人で、相手は五年前に水難事故で六歳で亡くなった娘重田芽生であり、もう一組の依頼人は小笠原時子で、相手は二十年以上も前に二十六で亡くなったその娘の瑛子だった。共に母親の子に対する責任が問われる。
一人娘の心得
鶏野工房の一人娘の奈緒は父親のあとを継ごうと努力していたが、その父親が突然心臓病で亡くなってしまう。歩美は奈緒のことについて社長からは何も聞いていないものの、自分の「使者」としての立場を教えるべきかどうかを悩むのだった。
想い人の心得
蜂谷茂老人は、何度も袖岡絢子という蜂谷が修行していた料亭の体の弱い一人娘との再会を依頼し、その都度断られ続けられていた。蜂谷は、今年は「あの小僧だった蜂谷も、とうとう八十五になりました」と伝えてほしいというのだった。
『ツナグ』の感想
本書『ツナグ 想い人の心得』は、前巻の『ツナグ』から七年が経過しています。
本書の主役である渋谷歩美は、祖母アイ子から受け継いだ使者の仕事を専業にする道は選ばずに自立の道を選んでいます。
その道が「つみきの森」という玩具メーカーで企画担当として働くことであり、「使者」としての仕事もこなしているのです。
本書『ツナグ 想い人の心得』が前巻の『ツナグ』と異なるところといえば、この歩美が使者としてだけではなく、歩美の「つみきの森」の取引先である鶏野工房との関りが全編にわたって前面に出てきているところでしょう。
そして、描かれる人間ドラマも各話で語られる依頼人に関しての物語であると同時に、本書全体を通して、歩美の社会人としての生活に加えてプライベートな側面も描かれています。
同時に、使者としての立場での秋山家との関りはこれまで通りであり、ただ新たに秋山杏奈という歩美の後継者が登場しています。
この杏奈が、本書第一話「プロポーズの心得」で使者として登場することにまず驚かされます。
この驚きは前巻から七年という時が経過していることによるものですが、作者の「読者の意表をつきたかった」という言葉、そのいたずら心が垣間見える箇所でもあります( 新刊JP : 参照 )。
この遊び心も作者の物語の魅力の一つになっていると同時に、本書での杏奈という存在の大きさも示しているのでしょう。
杏奈はまだ八歳なのですが、歩美はこの杏奈に使者としての仕事に関して生じた疑問や悩みを相談し、杏奈から助言を受けまた先に進めるのです。
つまりは、前巻での祖母渋谷アイ子の立ち位置に杏奈がいることを示しています。
また、この第一話で使者として杏奈が登場する理由として、第一巻の第三話「親友の心得」に登場した嵐美砂とのからみがあることを示し、また嵐美砂のその後をも明らかにしていることもシリーズものとしての醍醐味と言えるでしょう。
本書『ツナグ 想い人の心得』で特筆すべき第二の点は、第二話「歴史探究の心得」で依頼者が会いたいという相手が歴史上の人物であることです。
つまり、作者の遊び心という点で、第二話で登場してくる上川岳満という存在を設定したところに興味を惹かれます。
いかにも歴史上実在した人物であるかのような描き方をしてあるのですが、実はそうした意図をもって作出した作者の創作した人物だというのです( 新刊JP : 参照 )。また、上川岳満に関連した歴史上の出来事もリアリティーを持った書き方をしてあります。
驚くべきは物語の中ではある和歌が重要な役割を果たしているのですが、その和歌も俳人の川村蘭太氏に依頼したと言っておられることです。
それだけの物語に真実味を持たせる描き方をされているという証左なのでしょう。
この物語は、現実の歴史解釈の面白さ、という意味でも実に楽しい物語でした。
さらには、第三話の「母の心得」で登場してくる二組の母娘の話も、実話をもとにして書かれているということです。
ご本人たちの了解を持ったうえで物語として組み立てられているそうで、作家という職業の裏側も垣間見える話でした。
そして、なによりも本シリーズの主役である歩美のプライベートな話を絡めての物語の組み立てが為されているところが一番の特徴と言えるでしょう。
その一番の舞台となるのが、「鶏野工房」という歩美が勤め始めた玩具メーカー「つみきの森」の取引先です。
今後このシリーズがどのように展開するのかは分かりませんが、作者の辻村深月が『ツナグシリーズ』をライフワークとしたいとのことなので( ANANニュース ENTAME : 参照 )、続編が予定されていると思われ、この「鶏野工房」が重要な位置を占めるのだろうと考えているのです。
ともあれ、本書『ツナグ 想い人の心得』は作家辻村深月らしさが満載の作品であり、以降の続巻が出るのを期待したい作品でした。