米澤 穂信

イラスト1
Pocket


本書『満願』は、文庫本で422頁になる人間の闇の部分を描き出す、少し恐怖感が入ったミステリー短編集です。

本書は第27回山本周五郎賞を受賞し、更に、ミステリが読みたい!2015年版国内編、週刊文春ミステリーベスト10・2014国内部門、このミステリーがすごい!2015年版国内編のそれぞれにおいて1位を取り、第151回直木三十五賞の候補作品となり、第12回本屋大賞では7位に入っている実績を残しています。

 

『満願』の簡単なあらすじと感想

 

「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが…。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞。

 

夜警
交番に配属された新人警官についての話です。何となく不安を抱かせる印象があった新人警官は、刃物を振り回し暴れる夫に対しけん銃を発射し殺害するも、自らも殺されてしまいます。しかし、その死の間際に「こんなはずじゃなかった。上手くいったのに」と繰り返していたのです。

殉職した警官について語られる話から見える人となりは、殉職した警官の姿とは重なりませんでした。そして、彼の最後の一言の裏に隠されていた真実が明かされるのです。

死人宿
突然いなくなった恋人の佐和子を見つけた山奥の温泉宿での話です。その宿は『死人宿』と呼ばれるほどに年に一人か二人の死者が出る温泉宿で、自分が泊まったその晩も温泉の脱衣所に一通の遺書を見つけるのでした。

その遺書は誰が書いたものなのか、主人公は佐和子に頼まれて遺書の持ち主を探し、見つけるのですが。ホラーチックなミステリーです。

柘榴
誰しも認める美貌の持ち主であるさおりの物語です。父親の反対にも拘わらず佐原成海と結婚し、夕子と月子という娘を得たさおりでしたが、佐原成海は父親の言う通りの男でした。結局は離婚ということになりますが、佐原成海は親権を渡そうとはしないのです。

ホラーと言っていいものか疑問はありますが、人間の心に潜む怖さを描き出した作品です。

万灯
一人の商社マンの物語です。バングラデシュで天然ガスの開発を手掛けていた井桁商事の伊丹は、開発に反対しているボイシャク村のアラムという男に手を焼いていました。ある日呼び出しを受けその村へ行くと森下という日本人が待っていたのです。

主人公は道を踏み外します。ただ、人間の心はそう単純なものではなく、自分の犯した行為の意味に押しつぶされそうになる主人公です。ホラーとは言えないと思いますが、微妙な違和感を残す物語でした。

関守
伊豆半島の「死を呼ぶ峠」とのうわさがある桂谷峠の物語です。主人公は取材のためににやってきましたが、そこには古びたドライブインがあるだけです。主人公はそこにいる婆さんから話を聞くしかないのでした。

ストレートなホラーで、恐怖ものの一つのパターンに乗った作品とも言えそうです。でも、真実を明らかにしていく過程の読みごたえはさすがのものがありました。

満願
自分が弁護士になる前に下宿をしていた鵜川家の嫁の鵜川妙子の物語です。彼女は一審では争いながらも、控訴を取り下げ、一審の下された殺人の罪で服役していたのです。

鵜川妙子は何故に控訴を取り下げたのか。ほんの小さな事実からその理由を解明していくのですが、仕掛けの名手の作品というしかない作品でした。

本書『満願』は全般的に不気味な雰囲気を漂わせた作品が収められています。

そのホラー感の濃厚な中にも丁寧な仕掛けが施された作品ばかりで、読み手の、仕掛けにはまった爽快感を感じさせてくれる見事な作品集だと言えるものでした。

 

『満願』のようなおすすめの作品

 

こうしたトリックのうまさで言うと、近年では『傍聞き』が挙げられます。

この作品を著わした長岡弘樹という作家も、本書の米澤穂信と同様に仕掛けのうまさが光る作家であり、この作品集も心理的なトリックの上手さが光る短編集です。

 

 

また、本書『満願』のような切れのあるトリックが仕掛けられた短編集とはちょっと異なり、巧妙に張り巡らされた伏線が絶妙な、まるで手品を見ているような印象の作家として、泡坂妻夫という人がいます。

作品数も多数あるので一冊と絞るのは難しい上に、私が読んだのが二十年以上も前になるのではっきりとは覚えていないのですが、『乱れからくり』などは期待を裏切らない作品だと思います。下のリンクは文庫版ですが、廉価なKindle版もあります。

 

[投稿日]2017年11月10日  [最終更新日]2023年5月6日
Pocket

おすすめの小説

おすすめのミステリー小説

ミステリー小説ではありますが、現代のネット社会での「報道」の在り方について深く考えさせられる力作です。
探偵は女手ひとつ ( 深町 秋生 )
『果てしなき渇き』で第3回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した深町秋生の、椎名留美という女性が主人公であるハードボイルドの六編からなる連作の短編小説集です。
ジョーカー・ゲーム ( 柳 広司 )
五感と頭脳を極限まで駆使した、 命を賭けた「ゲーム」に生き残れ――。異能の精鋭たちによる、究極の"騙し合い"! 吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門) 受賞作品。
真実の10メートル手前 ( 米澤 穂信 )
米澤穂信著の『真実の10メートル手前』は、フリージャーナリストの太刀洗万智という女性を主人公とした六編の物語が収められた短編推理小説集で、第155回直木賞候補になった作品です。
教場 ( 長岡 弘樹 )
警察小説というには少々語弊があり、警察学校小説というべきなのかもしれませんが、ミステリー小説として、警察学校内部に対するトリビア的興味は勿論、貼られた伏線が回収されていく様も見事です。
新参者 ( 東野 圭吾 )
卒業―雪月花殺人ゲームを最初とする「加賀恭一郎シリーズ」は、この作家の「ガリレオシリーズ」と並ぶ超人気シリーズです。

関連リンク

米澤穂信さんの『満願』ミステリーランキング3冠達成 - 産経ニュース
第151回直木賞候補にもなった作家、米澤穂信(ほのぶ)さんの短編集「満願」(新潮社)が、「ミステリが読みたい!」(早川書房)、「このミステリーがすごい!」(宝島社)、「週刊文春ミステリーベスト10」(文芸春秋)の国内部門でそれぞれ1位に選ばれ、ランキング3冠を達成した。
満願 米澤穂信著 心理ドラマと精緻な謎解き :日本経済新聞
粒揃(ぞろ)いの短篇(たんぺん)集である。山本周五郎賞にノミネートされたのも納得できる。人気も実力もある若手ミステリ作家米澤穂信の代表作になるのではないか。
主なミステリーランキングで3冠を制覇し、幅広い読者を驚嘆させた短篇集の金字塔。
「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが……。
書評 『満願』米澤穂信著 - 京都産業大学新聞局
「満願」は第27回山本周五郎賞を受賞したミステリー短編集だ。表題作の「満願」を含む6つの短編が収められている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です