『この夏の星を見る』とは
本書『この夏の星を見る』は、2023年6月に488頁のハードカバーで刊行され、王様のブランチで特集された長編の青春小説です。
全国の中高校生たちは、このコロナ禍で何もかもが制限されてきましたが、そうした制限下でも何かできることはないかと動き始めた生徒たちの姿を描き出した感動作でした。
『この夏の星を見る』の簡単なあらすじ
亜紗は茨城県立砂浦第三高校の二年生。顧問の綿引先生のもと、天文部で活動している。コロナ禍で部活動が次々と制限され、楽しみにしていた合宿も中止になる中、望遠鏡で星を捉えるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」も今年は開催できないだろうと悩んでいた。真宙(まひろ)は渋谷区立ひばり森中学の一年生。27人しかいない新入生のうち、唯一の男子であることにショックを受け、「長引け、コロナ」と日々念じている。円華(まどか)は長崎県五島列島の旅館の娘。高校三年生で、吹奏楽部。旅館に他県からのお客が泊っていることで親友から距離を置かれ、やりきれない思いを抱えている時に、クラスメイトに天文台に誘われるーー。
コロナ禍による休校や緊急事態宣言、これまで誰も経験したことのない事態の中で大人たち以上に複雑な思いを抱える中高生たち。しかしコロナ禍ならではの出会いもあった。リモート会議を駆使して、全国で繋がっていく天文部の生徒たち。スターキャッチコンテストの次に彼らが狙うのはーー。
哀しさ、優しさ、あたたかさ。人間の感情のすべてがここにある。(内容紹介(出版社より))
『この夏の星を見る』の感想
本書『この夏の星を見る』は、コロナ禍により行動を制限されている中高校生たちが、星を観ることを通して全国の見知らぬ仲間と交流を図る青春小説です。
王道の青春小説でありながら、2020年から始まった特殊な状況下での中・高生たちや世の中の状況をその一部ではありますが描き出してある、特殊な状況下での青春小説でもあります。
その点では、書評家の吉田大助氏が書いておられたように「記録文学としての側面」もあるのでしょう( カドブン:参照 )。
本書には星を見るという行為でつながっていく若者たちの姿があり、天体望遠鏡で、月はもちろん土星やその他の惑星を見た自分の少年時代を思い出しながらの読書でした。
カッシーニの間隙などの言葉も久しぶりに聞いて、当時のことを思い出していました。
本書にも出てくる「学習と科学」のうち、毎月の「科学」を楽しみにしていたのは中学生時代だと思っていたのですが、調べてみると小学生の時だったようです。
いろいろな、しかしかなり本格的な付録がついていたこの月刊誌を楽しみにしていましたし、家にあった「Newton」という科学雑誌の宇宙特集なども読みふけったことを思い出しました。
そうした思い出はともかく、本書で中心となる学校は「茨城県立砂浦第三高校」、「東京都渋谷区立ひばり森中学校」、それに長崎県五島列島の「長崎県立泉水高校」の三校です。
登場人物を列挙すると、茨城県立砂浦第三高校の天文部顧問が綿引邦弘先生で、中心となるのが天文部二年生の溪本亜紗で、亜紗の同級生が飯塚凛久、先輩として天文部部長の山崎晴菜がいます。
次に渋谷のひばり森中学校は、理科部顧問が森村尚哉先生、そして一年生でただ一人の男子の安藤真宙、そのクラスメイトの中井天音がおり、のちに真宙のサッカーチーム時代の五歳年上の友人都立御崎台高校の柳数生が加わります。それに、要所で手伝ってくれる鎌田潤貴先輩がいました。
最後に長崎県五島列島の泉水高校は部活動ではなく、三年生のクラスメートの三人であり、五島天文台館長の才津勇作が世話をしていて、佐々野円華、武藤柊、小山友悟がいます。それに、武藤と小山と同じ離島ステイという留学制度の利用者だった輿凌士が、今は東京の実家に戻っています。
他にも多くの人物が登場しますが、中心となるのは以上に挙げた人たちです。
コロナ禍の暮らしの中で、友人に島外のお客と接する事があるからコロナの恐れがあるから一緒に帰れないと言われた佐々野円華や、入学したら学年でただ一人の男子であってことに悩む安藤真宙など、それぞれに悩みを抱えながら生きているのです。
そんな彼らが、自作の望遠鏡で指示された星を見つけるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」を通して繋がっていく姿は、新鮮であり若干の羨ましささえ感じます。
そこにあるのは自分たちで考え、作り出し、観察する姿であり、コロナ禍などに押しつぶされることはない前向きな姿です。
この「スターキャッチコンテスト」は、現実に茨城県立土浦三高が行っている天体観測競技会がモデルだそうです。
詳しくは下記を参照してください。
本書『この夏の星を見る』については、展開が都合がよすぎるだろうなどという意地悪な感想も沸いてはきました。
しかし、それ以上に若者たちやそれを取り巻く大人たちのエネルギーに満ちた物語であり、輝きに満ちた物語だという印象が強い作品でした。