本書『西の魔女が死んだ』は、文庫本で226頁の長編の児童文学書です。
中学校に進学した一人の少女のひと夏の出来事を描いた、静かな、しかし心に沁みる一冊でした。
『西の魔女が死んだ』の簡単なあらすじ
中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変るひと月あまりを、西の魔女のもとで過した。西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。喜びも希望も、もちろん幸せも…。その後のまいの物語「渡りの一日」併録。(「BOOK」データベースより)
中学校に進学はしたものの、クラスに馴染めないでいた一人の少女の、この少女まいのお祖母さんの自然の中にある家で過ごしたひと夏の出来事を描いた、ただそれだけの物語です。
『西の魔女が死んだ』の感想
本書は淡々と語られる文章が、一人の少女まいの日常を浮かび上がらせます。
その作品が、日本児童文学者協会新人賞、新美南吉児童文学賞、第44回小学館文学賞の各賞を受賞し、2008年6月には実写映画化されました。
文章が取り立てて上手いという印象はありません。しかしながら、文庫本で全192頁と頁数もそれほどなく、一位頁あたりの文字数も少ないこともあってか、とても読みやすい小説でした。
いや、読みやすいのはこの物語が短いからだけではなく、この本が児童文学というジャンルで語られることでもわかるように、読者の対象年齢が低いこともあるのでしょう。
でも一番の理由は、決して上手いとは思えないこの文章の語りが、お祖母さんの家の雰囲気を描写する際の空気感の醸成が抜群であるところにあるようです。
私自信にも、幼い頃に夏の間だけ過ごした祖父母の田舎の家がありました。
裏には竹やぶがあり、その先には大きすぎない川が流れているその家で過ごした夏休みは、幼い私にはかけがえのない体験でありました。
そんな個々人のかつてを思い起こしつつ、若干のファンタジーの香りを漂わせながら物語は進んでいきます。
お祖母さんに魔術を教わる少女まい。日々の暮らしの中で、「自分で決める」ことを学んでいくまい。そして、ゲンジという嫌味な親父との確執があり、そのことが原因でお祖母さんと仲たがいをしてしまうまいです。
児童文学と言えば上橋菜穂子がいます。第4回日本医療小説大賞や第34回野間児童文芸新人賞を受賞した『精霊の守り人』はシリーズ化されていますが、この人の作品では何といっても第12回本屋大賞をとった『鹿の王』が一番知られているかもしれません。
物語の内容としては本書『西の魔女が死んだ』が一人の少女の成長譚的色彩があるのに対し、『鹿の王』は冒険小説であって、少女の内面を捉えた本書とはその趣は異なります。
もう一点、これは私だけの印象だと思うのですが、何故か井上荒野の『切羽へ』を思い出していました。
本書は中学生になったばかりの少女の成長の物語ですが、『切羽へ』は大人の女のエロス漂う恋愛小説であって、両者は全く異なります。
理由はよく分かりませんが、自然の描き方、文章の醸し出す空気感に似たものを感じたのかもしれません。まあ、このような印象は自分でも普通ではないと思います。
本書には「渡りの一日」と題された短編も収められていました。本書の主人公の成長したまいの一日です。本書「西の魔女が死んだ」という物語で、「自分で決める」ことを学んだまいの姿を描きたかったのかもしれません。