『下町ロケット ヤタガラス』とは
本書『下町ロケット ヤタガラス』は『下町ロケットシリーズ』の第四弾で、2018年9月に刊行されて2021年9月に464頁で文庫化された、長編の痛快経済小説です。
『下町ロケット ヤタガラス』の簡単なあらすじ
宇宙から大地へ。大人気シリーズ第4弾!
宇宙(そら)から大地へーー。
大型ロケット打ち上げの現場を離れた帝国重工の財前道生は、準天頂衛星「ヤタガラス」を利用した壮大な事業計画を立案。折しも新技術を獲得した佃製作所とタッグを組むが、思いがけないライバルが現れる。
帝国重工社内での熾烈な権力争い、かつて袂を分かったエンジニアたちの相剋。二転三転するプロジェクトに翻弄されながらも、技術力を信じ、仲間を信じて闘う佃航平と社員たち。信じる者の裏切り、一方で手を差し伸べてくれる者の温かさに胸打たれる開発のストーリーは怒濤のクライマックスへ。
大人気シリーズ第4弾! この技術が日本の農業を変えるーー。(内容紹介(出版社より))
『下町ロケット ヤタガラス』の感想
本書『下町ロケット ヤタガラス』は、『下町ロケットシリーズ』の第一作『下町ロケット』ではロケットバルブ、第二作『下町ロケット ガウディ計画』では人工心臓弁、第三作『下町ロケット ゴースト』ではトランスミッションと、佃製作所がもともと有していたロケットバルブの技術を応用し、弱小企業でありながらその高い技術力で大企業と互して闘う姿が描かれていました。
そして本書では『下町ロケット ゴースト』で描かれていた人工衛星ヤタガラスを利用した無人農業ロボット分野へのトランスミッションを抱えて参入する佃製作所が描かれます。
前作『下町ロケット ゴースト』で共に戦っていたギアゴーストの伊丹社長はあのダイダロスと資本提携をすることとなり、そうした経営方針の違いから天才エンジニアと言われた島津裕もギアゴーストを去り、また佃のもとからも去りゆこうとしています。
そんな折、帝国重工の財前道生の無人農業ロボットの分野に参入に力を貸すことにした佃製作所でしたが、自分の実績としたい帝国重工の的場が取り仕切ると言いだし、佃製作所はこのプロジェクトからはずされてしまいます。
一方、父の農業の跡を継ぐことにした殿村も、結局は個々の思惑に巻き込まれようとしていました。
そんなとき、突然、無人トラクターの映像と共に「ダーウィン・プロジェクト」という名前が報じられます。佃は、このプロジェクトにはダイダロスがいて、社長の重田登志行、ギアゴーストの伊丹らが中心となっていることを知るのでした。
今回、佃製作所は、一旦は財前の手伝いをすることになりますが、そこに乗り出した的場によりその事業から外されてしまいます。
そこにダイダロスの重田、ギアゴーストの伊丹らの「ダーウィン・プロジェクト」が立ちはだかりますが、佃製作所は直接には関係していません。
そう言う意味では、途中まで本書は重田や伊丹の的場に対する恨みを根底に、帝国重工とギアゴーストとの勝負の側面が第一義になっていて、あとでは別として、佃製作所は前面には出ません。
本書『下町ロケット ヤタガラス』が、読み始めたらなかなか途中でやめることができないほどの面白さを持っているという点では異論はありません。
ただ、前巻あたりから少々感じていたことではありますが、登場人物の人物造形が少々類型的になっているように感じます。
帝国重工の的場や、その部下の奥村などは自分の出世が第一義であり、ダイダロスの重田も復讐ありきです。
伊丹も前巻では人情味のあるやり手経営者として描いてあったのですが、本書では人から受けた恩も簡単に無視できるような人物となっており、まるで別人です。
このような人物設定は例えばこの作者、池井戸潤の『空飛ぶタイヤ』などでは見られなかった造形であり、そこでは多面的な人間性を前提とした描き方がしてあったと思います。
また、佃航平が殿村の父親を説き伏せる場面や、終盤でのダーウィンプロジェクト参加の下町企業経営者の集会の場面での演説は、農業の今に対する佃の真情を吐露する感情的な場面でもありますが、他方現実には通用しないであろう経営者の理想の演説でもあります。
池井戸潤の作品はそうした一種の理想論を貫く物語でもあると思うのですが、様々な経営上の障害をその理想論を貫くことで乗り越えていく、その爽快感が心地いのだと思います。
阿部寛演じる佃航平の熱血ぶりも板についてきたTBSドラマ版の『下町ロケットシリーズ』も、イモトアヤコを始めとするお笑いの分野からの登用が話題になったりと好調なようです。
そうしたテレビドラマとリンクした本作品ですが、同じくドラマとリンクした、ラグビーをテーマにした新作『ノーサイド・ゲーム』が発表されるています。私の好きなラグビーがテーマということもあり、作品はもちろんテレビドラマも実に面白く鑑賞しました。