本書『オムニバス』は、『姫川玲子シリーズ』の第十弾となる、新刊書で344頁の短編小説集です。
姫川玲子と現在の姫川班の面々との視点が入れ代わり、姫川玲子という女性の人間像を浮かび上がらせている作品です。
『オムニバス』の簡単なあらすじ
警視庁刑事部捜査一課殺人班捜査第十一係姫川班の刑事たち、総登場! 捜査は続く。人の悪意はなくらない。激務の中、事件に挑む玲子の集中力と行動が、被疑者を特定し、読む者の感動を呼ぶ。刑事たちの個性豊かな横顔も楽しい、超人気シリーズ最第10弾!(「BOOK」データベースより)
それが嫌なら無人島
女子学生の長井祐子が殺されたが、犯人と目された大村敏彦は別件で本所警察署に留置されていた。その件では不起訴となって捜査本部が設置されている葛飾署に送致されてきたが、ガンテツが本所署での大村の件には触るなと言ってきたのが気になることだった。
六法全書
隣人の西松明子が唐沢由紀夫の縊死死体を発見との通報があり、同人宅の床下から女性の腐乱死体が発見された。姫川班の中松信哉は五日市署の今西エリカ巡査長と組んで地取りを担当する。しかし、姫川主任は、この腐乱死体は唐沢由紀夫の母親ではないかと言い出すのだった。
正しいストーカー殺人
丸川伊織という女性が、付きまとっていた浅野竣治というの男を誤って突き落とし殺してしまった事件が、捜査本部が設置されて三日で解決した。しかし、被害者の浅野は岐阜県関町に居住していて、なぜわざわざ東京の丸川にストーカー行為をしたのかなど、何もわかっていなかった。
赤い靴
姫川班の日野利美は、B在庁で家にいるところを姫川に呼び出された。滝野川署での取調べを頼まれたらしい。ケイコと名乗る女性が同棲していた莨谷俊幸を刺し殺したと言ってきたという。しかし死体は窒息死に見えるし、ケイコはその名を名乗った以外何も答えようとはしないのだった。
青い腕
自称ケイコの事件は一応の解決は見たものの、ケイコの本名など身元に関することは何もわかってはいなかった。要するに、事件はまだ終わっていないのだ。姫川と日野は、被害者の莨谷俊幸のパソコンの中に保存されていた小説を分担して読み始めるのだった。
根腐れ
たまたま姫川と姫川班の小幡の二人だけが部屋にいたとき、今泉と現在は麻布署の組織犯罪対策課暴力犯捜査係にいる下井正文警部補とがやってきた。覚醒剤を所持していると自首してきて逮捕され、現在東京湾岸警察署におかれている小谷真莉子の取り調べを頼むと言ってきたのだ。
それって読唇術
姫川玲子は、東京地検公判部の武見諒太検事ととあるバーで会い、とりとめもない会話を交わしていた。
『オムニバス』の感想
本書『オムニバス』は、『姫川玲子シリーズ』の待ちに待った新刊だったのですが、だからなのか印象が期待したものとは微妙に異なる作品でした。
もちろん、面白い作品であることに間違いはありません。このシリーズ独特の魅力、姫川玲子やそのほかの登場人物達のそれぞれの独特の個性は健在です。
本書の構成としては、再び一緒になった菊田和男以外の、現在の新たな姫川班のメンバー中松信哉、日野利美、小幡浩一の三人の視点で語られる短編と、姫川の視点での四編と、合わせて七編の短編からなっています。
つまり、新たな三人と姫川玲子とを交代に視点の主として設定し、彼らに姫川玲子という人間を再認識させることで姫川という人物像をより明確にしているのです。
ただ、本書の前に出版されていた短編小説集の『インデックス』は、シリーズの隙間を埋めながら、姫川玲子という人物を立体的に浮かび上がらせる役割を果たしていた作品でした。
しかし、本書『オムニバス』は各短編がシリーズの中に有機的に組み込まれているというよりも、シリーズ本体とは独立した物語として捉えられます。
本書では、各話で語られる事件そのものにはこのシリーズらしい新しい仕掛けや驚きなどはなく、この本のために単純な事件を設けたという印象に終わっています。
つまり、ガンテツから危ういと注意されたり、日下から傷つく人間が出そうで危険だと心配される、いわば勘に頼る捜査方法により事件を解決する姫川の姿を描き出してはいるものの、事件自体の意外性などの娯楽性は今回はないのです。
でも、中松信哉が死体の“鮮度”と表現する姫川という人間特有の死生観を見たり、日野利美が姫川のプライドの高さや印象や直観を重視する傾向を見たりする場面は面白く読みました。
また、最初の「それが嫌なら無人島」という話は、このシリーズ前巻の『ノーマンズランド』で姫川が担当していた事件の解決編でした。
読んでいる途中ではガンテツが妙に意味深な言葉を発したわりにはその言葉について何の手当もないので不思議に思っていたのですが、読後に本書について調べていた時にそのことが分かり、納得しました。
この『ノーマンズランド』では話が大きく広がったのですが、この物語で問題になった件については一応の決着はついたものの、本来の姫川が抱えていた事件は未解決だったのです。
この点については他の話とは異なる色を持っていたことになりますが、短編小説としては他の話と並列です。
もう一点、本書の最後の「それって読唇術」という話は、前作の『ノーマンズランド』で登場してきた武見諒太検事との話で二人の関係を占うような話になってはいるものの、それよりも気になる情報が開かれていました。
それが、姫川班に新しい人物が配属されるという話です。
その人物が、誉田哲也の他の作品に登場する人物だというのですから、どのような活躍を見せてくれるものか、非常に楽しみです。
また、『ノーマンズランド』で広がった話はさらに続く筈です。
警察小説の範囲内での新しい描写を見せてくれるのか、それとも単なる警察小説を越えた展開になるのか、楽しみに待ちたいと思います。