誉田 哲也

姫川玲子シリーズ

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シンメトリー』とは

 

本書『シンメトリー』は、『姫川玲子シリーズ』の第三弾で、2008年2月にハードカバーで刊行されて2011年2月に326頁で文庫化された、シリーズ初の短編推理小説集です。

長編のみならず、短編でも姫川らの小気味よいキャラクターが躍動している、面白さが保証された作品です。

 

シンメトリー』の簡単なあらすじ

 

百人を超える死者を出した列車事故。原因は、踏切内に進入した飲酒運転の車だった。危険運転致死傷罪はまだなく、運転していた男の刑期はたったの五年。目の前で死んでいった顔見知りの女子高生、失った自分の右腕。元駅員は復讐を心に誓うが…(表題作)。ほか、警視庁捜査一課刑事・姫川玲子の魅力が横溢する七編を収録。警察小説No.1ヒットシリーズ第三弾。(「BOOK」データベースより)

 

東京
六年前に世話になっていた先輩刑事の木暮利充の思い出、という形式で当時の姫川玲子の様子が語られます。それはとある都立高校で起きた女子高校生の変死事件でした。

過ぎた正義
玲子は観察医の国奥定之助から、自然死ではないが他殺でもない状態で死に至っている事件の話を聞かされます。「女子高生監禁殺害」と「強姦殺人」と、同じように世間を騒がせたのに心神喪失や未成年を理由に法が裁き損ねた事件だというのです。

右では殴らない
違法薬物により引き起こされ可能性がある劇症肝炎での死者が相次いで発生します。捜査線上に浮かんできたのは十七歳の女子高校生の美樹という女の子でした。

シンメトリー
JRの駅員である徳山和孝の視点で語られる、飲酒運転の車によって引き起こされた、女子高生の小川実春が死に、自分も右腕を喪うことになった列車事故の顛末です。

左から見た場合
超能力者と言わんばかりの切れ味を見せるマジシャンが殺されます。傍らには「045666」と入力された携帯電話が見つかり、玲子は相方の相良と共に携帯に登録されていた人物らを捜査するのでした。

悪しき実
赤羽二丁目のマンションの部屋で男が死んでいる、と通報をして三十八歳のホステス春川美津代が消えます。すぐに発見され玲子が聴取すると、春川は自分が殺したと言うのです。ただ、遺体は右半身だけ死後硬直が遅れていて、その理由がわかりませんでした。

手紙
玲子は、入庁四年目の巡査部長昇任試験に合格してすぐの、玲子の庇護者ともいうべき今泉係長との出会いの事件で逮捕し出所した犯人から手紙を貰います。その事件について、湯田に語り聞かせるのでした。

 

シンメトリー』の感想

 

姫川玲子シリーズ』でも本書『シンメトリー』のような短編小説となると、登場人物のキャラクターと彼らの織りなすストーリー展開の面白さで読ませるというよりも、事件に関連した警察官や犯人などの「人間」という存在自体の在りように重点が置かれているような気がします。

例えば、第一話「東京」では木暮利充という玲子の先輩刑事の存在が一人の女子高生の死を止めますし、最後の「手紙」という話では、犯罪とそれに対する罰について、犯人が罰を受け入れる条件についての人の「赦し」についての玲子の考察が語られます。

警察官という姫川玲子の職業にまつわる犯罪行為やそれに対する罰などについて、時代劇での人情小説にも似た人の心の移ろいを繊細に描き出してあるのです。

それと合わせてまた、第三話の「右では殴らない」のような『姫川玲子シリーズ』という物語に特徴的な玲子の小気味よさが光る話もあります。

何事にも反発しかないハイティーンの女子高校生に対する大人の意見を正面から叩きつける玲子の啖呵は、作者の若者に対する意見そのままでしょうか。実に気持ちのいい場面でした

 

本書『シンメトリー』の解説をフリーライターで編集者の友清哲という人が書いておられます。

そこでは、誉田哲也の作品は「リーダビリティ」、つまりは読み手の心を牽引する力が高く、とりわけ『姫川玲子シリーズ』の支持層が広いと書いてありました。

その上で、突出したリーダビリティを演出するために、誉田氏はいったいどのようなテクニックを用いているかを誉田氏本人に聞いたそうです。

その返事は実に明快で、「比喩表現に凝り過ぎないこと」「一つ一つの文章を短めにすること」「キャラクターの緊迫感や焦りを、そのままのスピードで伝える配慮をすること」という三点を解説いただいたそうです。

その上で「最高の一冊を書こうとは思っていない」と言われたそうで、どんな状態でも常に安打を打てる書き手でありたいとの言葉が心に残った、とありました。

誉田哲也作品を読むと、自分はこの作家のどこに惹かれているのかをいつも考えていたのですが、上記の三点を読んで腑に落ちたものです。

 

ちなみに、この解説では本書『シンメトリー』での目次がきれいなシンメトリーになっていることも指摘してありました。

そうしたことに全く気付かない私もどうかと思う指摘でした。

 

そして、私も誉田哲也の作品に支持層の一員であり、誉田作品に魅せられている一人です。

[投稿日]2019年11月24日  [最終更新日]2023年3月16日
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