獄医立花登手控えシリーズ(完結)
本シリーズは文庫本で全四巻になるシリーズ作品です。上記イメージリンクは2017年3月に刊行された文春文庫版を掲載していますが、講談社版の文庫版も2002年12月に新装版として出版されています。
講談社版の新装版は、一巻が佐藤雅美氏、二巻が宇江佐真理氏、四巻が出久根達郎氏という著名作家が解説を担当されていて、三巻だけは1982年にNHKで放映された本シリーズの主演を務めた俳優の中井貴一氏のインタビューが掲載されています。
新装版になる前はまた他の方が解説をされているようです。
主人公は、羽後亀沢藩の上池館という医学所で医学を修め、母の弟の小牧玄庵を頼り、三年前に江戸に出てきた二十二歳の若者です。
叔父の家は場末のようにうらさびれた町の中にあり、だだっ広いだけで古びた家でした。そこに無口で酒好きで怠け者の叔父、叔父を尻に敷いている叔母、母親に似て美貌だが驕慢な娘が住んでいたのです。
叔母にうちは居候をおくゆとりはありませんよと、釘を刺されていた登は、江戸へ来た翌日から叔父の代診や、家の中の掃除もやっていました。
叔父の玄庵ははやらない医者であり、家計と酒代をおぎなうために、小伝馬町の牢医者をかけ持ちしていましたが、それも登が変わって勤めるようになります。
江戸にいさえすれば新しい医学を学ぶ機会にも恵まれるかもしれないと思っていた登ですが、気づけば三年の月日が経っていました。
子供のころからやっていた柔術も鬱屈をはらすこともあって、鴨井道場で師範代をしている登よりも三つ四つ年上の奥野研治郎や、同年の新谷弥助とともに磨きをかけ、免許取りにまですすんでいたのです。
叔父の代わりに牢屋敷の医者として勤める登は、牢内の様々な科人と触れ合う中で人間的にも成長していく登の姿が描かれています。
本書は連作の短編の形をとっていて、それぞれの話の中で牢内の科人の話にまつわる事件を捕物帳的に解決していくのです。
本シリーズは『小説現代』の1979年1月号から1983年2月号まで連載されたもので、藤沢周平の円熟期に入る時期に書かれたものだそうです。
藤沢周平の文章のうまさは改めて言うまでも無いことですが、時代考証の緻密さを挙げておられるのは第一巻の解説を担当されている佐藤雅美氏です。
例えば、本文中にある「小伝馬町の牢には、本道(内科)二人、外科一人の医者が詰め」ていると、さらりと書いてありますが、この点を「牢に関する記録らしい記録は残っていないから、たぶん作り話だ。」とされ、「将来、事実が掘り起こされることがないと確信されておられる」まで資料を読みこんであられるのだろうと書かれています。
こうした個所は四冊の本シリーズ中に山ほどあり、それがいかにも自然であって、情感豊かな描写の中にちりばめられていいるのです。
捕物帳としても、また人間ドラマとしても、読み応え十分なシリーズです。
ちなみに、2018年11月9日からNHKのBS時代劇で溝端淳平の主演で『立花登青春手控え3』が始まります。
詳しくは、立花登青春手控え3 | NHK BS時代劇 を参照してください。
時代小説での医者の話としては、司馬遼太郎の『赤ひげ診療譚』があります。小石川養生所の“赤ひげ”と呼ばれる医師と、そのもとで修行する医員見習いの保本登との人間ドラマとしてあまりにも有名です。
この作品は、1965年(昭和40年)に黒澤明監督、三船敏郎主演で『赤ひげ』というタイトルで映画化されています。そういえば、青年医師を加山雄三が演じていました。
また、たびたび舞台化、テレビドラマ化されていますが、最近では2017年に NHKのBSプレミアムで船越英一郎の主演で放映されました。