死病に憑かれた下駄職人の彦蔵が「三十年前に子供をさらった」と告白する。その時子供を二人殺したという相棒によく似た男を、登は牢で知っていた。彦蔵の死後、おちえから最近起きた“子供さらい”の顛末を聞いた登は、ある行動に出る―。医師としての理想を模索しつつ、難事に挑む登の姿が胸を打つ完結篇。(「BOOK」データベースより)
獄医立花登手控えシリーズの第四巻(完結編)です。
このシリーズは獄医の立花登を探偵役とする捕物帳です。各短編で、囚人からの頼まれごとをこなす中から、また囚人からもたらされた言葉から、その言葉や囚人の関わった事件の裏に隠された真実を探り出していきます。
その過程で語られる個々人の暮らしから紡がれる家族の愛情や、想い人に対する恋情などはこの藤沢周平という作者の文章で示されるとき、人々の心情に潜む情感の豊かさが浮かび上がってきます。
このシリーズも本巻を持って終わりますが、上記の印象は感を重ねるごとに強くなってくるようです。
本書では、登のいとこであるおちえとの仲もより深まります。口うるさい叔母も心なしか優しくなり、飲んだくれの叔父も医者としての真の姿を垣間見せる場面もより多いようです。
以下、各話のあらすじです。
戻ってきた罪
昔、人を殺したことがあると話し出したのは、死病で先が長くない彦蔵という男だった。手を下したのは相棒の磯六という男だというのだが、身代金目的で二人の子供を攫い、殺したらしい。ところが、彦蔵から聞いたその男は登の知った男と一致する。そこで直蔵に相談する登だった。
見張り
ある日作次という囚人が、押し込みの話をしている奴がいたと話してきた。そこに叔父の患者でもある酉蔵の名前が出てきて無視もできない登だった。酉蔵に話を聞くが何も知らない様子のため、蔵吉が儲け話を持ってきても乗らないように言うしかなかった。後日、作次が殺された。
待ち伏せ
たて続けに殺された三人の男のつながりは東の大牢にいたことらしい。次に牢を出る馬六は隣町に住む男で顔見知りだったが、その馬六が牢を出ですぐに襲われた。幸い軽いけがで済んだ馬六は、娘の嫁ぎ先の多田屋に移ることになる。しかし、その多田屋で馬六が見たものは・・・。
家に帰った登を待っていたのは叔父が倒れたというものでした、幸いに軽くてすんだようです。その父親の姿を見て登にすがってくるおちえの様子があります。あの口うるさい叔母は、以前ほどではないにしろ、やはり何かと用事はいいつけてくるのです。
影の男
甚助は無実だと言ってきたのはもうすぐ牢を出る喜八という男だった。甚助は奉公先の松葉屋から百両の金を盗んだという。その頃喜八は、寝物語に今回の入牢について話していた。そもそも甚助は無実なのか、無実だとすると犯人は誰か。松葉屋に百両の金があることを知っていたのは旦那とおかみ、それに番頭と手代の甚助と房吉だけだという。そのうちに房吉が殺された。
女の部屋
畳表問屋槌屋彦三郎が、同業の大黒屋の奥座敷で大黒屋の手代新助に殺された。新助はおかみのおむらに付き添われて自首し、遠島と決まった。大黒屋の主人が病床にあり、商用で訪れた槌屋がおむらを手籠めにしようとしたところに新助が来て、思わず殺してしまったものだった。
どうやら叔父夫婦はどうやら登をおちえの婿にして跡つぎにする気持ちを固めたらしい。大坂にいる叔父の友達のところへ蘭法の勉強に行くか聞いてきます。叔父の医者としての態度に医の本来の姿を見る登です。
この「女の部屋」という話に関しては「女の部屋の謎」と題して、出久根達郎氏が解説されています。「女の部屋」というタイトルに込められた作者の意図を推測されているのです。この一文は、小説の読み方の教授でもあり、藤沢作品の文章のうまさの解説でもあります。
別れゆく季節
明日牢を出るという兼吉という囚人が登に告げたのは、自分は黒雲の銀次の縁に繋がるもので、牢を出たら登と伊勢蔵を密告したおあきという女も狙うということだった。藤吉に相談に行った帰り、三人の賊に襲われる登だった。
黒雲の銀次は第三巻の「奈落のおあき」に登場してきた盗人で死罪になっています。また伊勢蔵はその当時おあきの情夫だった男でそのとき捕まっています。
助け出されたおあきの「若先生、これでお別れね。」という言葉、「またたきもしない眼が登を見つめた。」という描写。青春時代への決別の言葉であり、シリーズをまとめる言葉でもあります。
また、明後日が旅立ちという日の登とおちえとの会話は、二人の行く末を示す姿でもありました。