「娘と孫をさがしてくれねえか」半年以上も牢に入り、今は重い病におかされる老人に頼まれ、登が長屋を訪ねてみると、そこには薄気味悪い男の影が―。一方、柔術仲間の新谷弥助が姿を消し盛り場をさまよっているという噂に、登は半信半疑で行方を追う。青年獄医が数々の難事件に挑む傑作連作集第二弾。(「BOOK」データベースより)
獄医立花登手控えシリーズの第二巻です。
本巻では、五編の連作短編が収められていて、全体を貫く出来事として、主人公の立花登の柔術仲間の新谷弥助が悪所に染まり、家にも帰らない事態になっているのを、登が新谷を普通の生活に連れ戻そうと奮闘する姿が描かれています。
また、いとこのおちえとの関係が、次第に風向きが変わって良くなっていく様子も示されています。
各話は、前巻と同様に牢内の囚人の話をきっかけに、隠された事実を暴きだすという流れですすみます。登らの柔術での立ち合いの場面も勿論用意してあり、痛快さがあるのも同じです。
本書「処刑の日」では、江戸の町を、うすい霧がつつんでいる。もう日がのぼっているのに、霧は執拗に地表からはなれず、そのために町は不透明な明るみに満たされていた。
と始まります。こうした情景描写のうまさはこの人の右に出るものはいないと、あらためて思わされます。
以下、各話のあらすじです。
老賊
新谷弥助が道場に出てこず、奥野研次郎らも心配する日が続いていた。一方、東の二間牢にいる具合の悪い捨蔵という老人が、娘と孫を探して欲しいというのだった。ところが、捨蔵が溜りに移った後、牢名主の長右衛門が、捨蔵が守宮の助(やもりのすけ)という新入りとこそこそと話をしていたと知らせてきた。
幻の女
登は、新谷を見かけたというおちえから、新谷と一緒にいた女は飲み屋の女だと聞かされる。
東の大牢にいる巳之吉は、自分が十八のときに少しだけ遊んだおこまという十五の娘について嬉しそうに話し始めるのだった。しかし、そのおこまは思いもかけない女になっていた。
歳月の経過は男も女もそれなりに変化するものであり、それでもなお、心の奥底には幼い頃の純な気持ちがなお生きているものだと、もの悲しさとあたたかさとを共に感じさせてくれる好編でした。
押し込み
登は、前巻の「落葉降る」で登場してきたおしんの店で、囚人と似た雰囲気の三人の男を見かける。その三人は、足袋屋川庄への押し込みの相談をしているのだった。ところが、牢の中にいた金平から、おしんの店で見かけたという登に、仲間の源治と保次郎に「じゃまが入った。やめろ。」と伝えて欲しいと言ってきた。
化粧する女
新谷弥助の遊び仲間である御留守番与力の村谷徳之助から、新谷はその小舟屋のおかみにたぶらかされているようだと聞かされる。
奉行所吟味方与力の高瀬甚左衛門が房五郎という畳職人だったという囚人に加えている牢問いは定法を踏んだものではなかった。高瀬与力のあまりの仕打ちに房五郎をつかまえた百助という岡っ引きに捕縛の事情を聞く登だった。
一途な女の姿を描いたかと思うと、二面性を持つ女、不可思議な女心をもまた描きだしてあります。男と女の姿も醜くいと思いながら、またおしんの顔でもみようかと思う、それほどに心の落ちつく女としてのおしんでもあるようです。
処刑の日
大津屋の主人の助右衛門は妾のおつまを殺しで死罪の言い渡しが来るのを待つだけだった。しかし、大津屋のおかみと手代の新七とが出合茶屋から出てくるのを見たというおちえの言葉から、事件の裏を探り出す登だった。
一方、新谷のことを藤吉に相談し、相手の悪辣さを聞いた登は、連中が押し掛けそうな店に待ち伏せして新谷を連れ帰ることとするのだった。
大津屋への死罪の言い渡しを阻止しようとする登の面目躍如という話です。また、新谷を連れ戻す痛快な場面も用意されています。