藤沢 周平

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文藝春秋

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無外流の剣士として高名だった亡父から秘伝を受けついだ路は、上意討ちに失敗して周囲から「役立たず」と嘲笑され、左遷された曾根兵六にその秘伝を教えようとする。武家の娘の淡い恋心をかえらぬ燕に託して描いた表題作をはじめ、身の不運をかこつ下級武士の心を見事にとらえた「浦島」など珠玉の五篇を収録。

 


 

藤沢周平という作家の油の乗り切った時期に書かれた、さまざまな侍の生きざまを描いた短編小説を集めた時代小説集です。

 

玄鳥」 曾根兵六は路の父親の秘蔵弟子であり非凡な剣才を示していたが、悲惨な滑稽さというべき粗忽ものだった。その兵六が上意討ちの旅に出て、一人は落命し一人は深手を負ったものの、兵六自身は無傷で帰ってきたのだった。

三月の鮠」 窪井信次郎は、父親である窪井外記の政敵である岩上勘左衛門の息子との立ち合いに敗れて以来、卑屈な毎日を送っていた。そうした折に出先で会ったのが巫女の葉津という娘だった。

闇討ち」 清成権兵衛は家老の迫間甚之助を闇討ちしようとして失敗し、殺されてしまう。権兵衛と同じ隠居で飲み仲間の興津三左衛門と植田与十郎は、失敗した時には骨を拾ってくれとの権兵衛の頼みを聞き入れ、この闇討ちの真相を探るのだった。

鷦鷯」 普請組の横山新左衛門は、小頭の畑谷甚太夫が狂い妻を殺害し家に立て籠もったところに、討手として現れたのが石塚孫四郎であることに気付いた。孫四郎は、新左衛門の娘の品を嫁に貰いたいと言ってきた金貸しの石塚平助の息子であった。

浦島」 御手洗孫六は、酒の上での失敗のために普請組に落とされたもののその身を楽しみ暮らしていた。ところがある日その失敗の嫌疑が晴れたとのお達しがあり、元の勘定方へと戻ることとなった。

 

本書を読んで、あらためて藤沢周平という作家の凄みを感じました。

全体として、初期の作品にみられる哀しさ、暗さはほとんど見られず、人生の哀しさはあってもそこにはユーモアに包まれた文章のせいもあって、決して暗くはない未来の姿があります。

 

「玄鳥」は、おかしみと哀しさが同居する侍と、謹厳な夫に仕える路という女性との、ユーモアの中にも緊張感をたたえたやり取りが描かれています。

取り壊されるツバメの巣に示される路の過去への決別など、読み手の心に迫る好編です。

藤沢周平という作家について解説の中野孝次氏は、情理を尽くして描かれている北国の自然や人々の哀歓故ではなく、「人間の心の動きの急所を鮮やかにとらえてい」るからこそ読み手の心をとらえると書いておられます。

この点は「三月の鮠」のラストシーンも同様で、「同じようにして読む者の胸に哀切の想いをよび起さずにおかない。」と書かれています。

「闇討ち」については、既に隠居の身である三人が、いかにかつては大迫道場の三羽烏と呼ばれていたとしても、再び剣を取って戦えるものか、若干の疑問はあります。

しかし、それでもなお年寄りが活躍する物語は気持ちのいいものだし、その姿を軽いユーモアを絡めて見せる藤沢周平の文章が見事です。

「鷦鷯」もユーモアに包まれながら小気味いいテンポで進む読みやすい物語です。

話自体はよくあるパターンと言えるかもしれませんが、実直な新左衛門の描き方が、藤沢周平という作家の筆のうまさで生き生きとしています。

「浦島」は、剣の腕は立つものの、酒が入ると他のものは見えなくなってしまう欠点のある侍の、しかし傍から見ればどうしようもない男の哀歌をユーモラスに描いた一編。

 

本書『玄鳥』は1991年に出版されています。

1973年に出版され、第69回直木賞を受賞した『暗殺の年輪』に収められているデビュー作の「溟い海」の発表が1971年です。

 

 

そして、名作『たそがれ清兵衛』が1988年、『三屋清左衛門残日録』が1989年ですから、1991年に出版された本書『玄鳥』は脂の乗り切った時期の作品だと言えます。

 

 

そうしてみると、第一話目の「玄鳥」に見る、曽根兵六に口伝を終えた路がいて、夫の言葉に従い燕の巣を取り壊すことの意味を自覚する路の描写の素晴らしさなどは当然だと言うべきなのでしょうか。

 

ともあれ、初期の救いがなく哀切感漂う作風から、ユーモアを交えた情感漂う作風へと変化した藤沢周平という作家の世界を味わうには最適の本の一冊というべきだと思います。

[投稿日]2020年05月07日  [最終更新日]2020年5月7日
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