ノワール 硝子の太陽

ノワール 硝子の太陽』とは

 

本書『ノワール 硝子の太陽』は『ジウサーガ』第八弾の、文庫本で373頁の長編のエンターテイメント小説です。

本書は『姫川玲子シリーズ』と交錯する作品であって、個人的にはこのシリーズで一番面白く、またのめり込んで読んだ作品でした。

 

ノワール 硝子の太陽』の簡単なあらすじ

 

沖縄の活動家死亡事故を機に反米軍基地デモが全国で激化する中、新宿署の東弘樹警部補は、「左翼の親玉」を取調べていた。その矢先、異様な覆面集団による滅多刺し事件が発生。被害者は歌舞伎町セブンにとって、かけがえのない男だったー。『硝子の太陽N ノワール』を改題し、短篇「歌舞伎町の女王ー再会」を収録。(「BOOK」データベースより)

 

 

ノワール 硝子の太陽』の感想

 

本書『ノワール 硝子の太陽』は、作品としては『歌舞伎町セブン』などの作品がある「ジウサーガ」の中に位置づけられる作品です。

しかし、個別の作品として見ると、扱う主な事件こそ違いますが『姫川玲子シリーズ』の中の『ルージュ: 硝子の太陽』という作品と共通の事柄が扱われている非常にユニークな構成の作品です。

この両シリーズが同じ時系列に存在し、各々の登場人物がそれぞれの作品に少しずつではありますが顔を出します。

これはその事実だけでも誉田哲也作品のファンにとってはたまらない話でありますが、その上、個別の作品としての面白さも普通以上にあるのですから、何もいうことはありません。

 

 

ルージュ: 硝子の太陽』では祖師谷一家殺人事件という凄惨な殺人事件について姫川玲子らの捜査が行われることになります。

そこでの姫川らの捜査線上に重要参考人として浮かび上がってきたのが上岡慎介というフリーライターでしたが、その上岡が殺されてしまいます。

一方、本書『ノワール 硝子の太陽』において、沖縄で起きた活動家死亡事故に関連して「左翼の親玉」と呼ばれる矢吹近江を取り調べていた東弘樹警部補の捜査線上に、上岡が沖縄での反基地闘争に絡む一枚の偽造写真についての情報を掴んでいた事実が浮かんできます。

また、この上岡というフリージャーナリストは歌舞伎町セブンのメンバーでもあり、歌舞伎町セブンにとっては上岡殺しの犯人を挙げることが弔い合戦でもあったのです。

 

『硝子の太陽』の両作品で上岡殺しが重要な意味を持ってくる事件となっていて、姫川と東警部補との間での情報交換が為されたり、またガンテツと東警部補との間の過去の確執が明らかにされるなどの関わりが明らかにされます。

そのガンテツと東警部補との邂逅の場面が、歌舞伎町セブン主要メンバーである「欠伸のリュウ」こと陣内陽一の店で為されるのですが、このような緊迫した場面でのそれぞれの強烈な個性の衝突が明確に描かれていて、両シリーズのファンにとってはたまらないものがあります。

ちなみに、『ルージュ: 硝子の太陽』で勝俣がくすねた上岡のUSBメモリーの件もここで明らかにされます。

 

本書『ノワール 硝子の太陽』では、別なテーマとして日米安全保障条約に伴う日米地位協定の問題を取り上げてあることも忘れてはいけません。

本書での取り上げられている沖縄での活動家の死亡事故を機に起きた「反米軍基地」デモは、日本にとってこの日米地位協定の持つ意味を問題提起している側面もありそうで、自分の無知を知らされた作品でもありました。

 

本書『ノワール 硝子の太陽』と『ルージュ: 硝子の太陽』とで取られている世界観の共通という手法自体は決して特別なものではありません。

例えば、小説では『チーム・バチスタの栄光』から始まった、海堂尊の「桜宮サーガ」がありますし、映画ではいま流行りのマーベルコミックでの『アイアンマン』などの『アベンジャーズ』の世界観などがあり、漫画の世界では少なからず見られます。

 

しかしながら、本書『ノワール 硝子の太陽』のように物語の構造を計算し、丁寧に構築されている作品は私の知る限りではありません。

海堂尊の「桜宮サーガ」もかなりその世界観をきちんと描いているとは思いますが、それぞれの物語の世界を共通にするというだけであり、本書のようにまで物語の構造自体をリンクさせているさせているものではないようです。

いずれにしろ、本書『ノワール 硝子の太陽』と『ルージュ: 硝子の太陽』は個人的には近年の掘り出しものだと思っています。

Qrosの女

世間を騒がす謎のCM美女「Qrosの女」の素性を暴くべく奮闘する「週刊キンダイ」芸能記者の矢口慶太。CMで彼女と共演した人気俳優・藤井涼介の自宅を、先輩記者・栗山と一緒に張り込むとそこに当人が!?藤井との熱愛スクープ・ゲット!それともリーク?錯綜するネット情報と悪意。怒涛のエンタメ誕生!! (「BOOK」データベースより)

「芸能界」と「週刊誌」を舞台とする、サスペンスの要素も詰まったエンターテインメント長編小説です。

誉田哲也の小説はグロいという声を聞いて、それならばと著者自らが誉田初の「幸せな嘘の物語」だとした仕上げた作品だそうです。

ある日突然に、「Qros」という有名ファッションブランドのCMに出ている女性の人気に火が付き、当然のことながらネット上でも話題になります。しかしながら彼女に関する情報は全く無く、そのうちに「Qrosの女」の目撃情報や、住所を探し当てネット上にさらすなどの騒ぎになるのです。

とあることから、自分は「Qrosの女」を知っていると気付いた芸能記者の栗山孝治は、追跡調査を続けるうちに「Qrosの女」こと市瀬真澄と出会い、彼女のために一肌脱ぐことになりますが、この折の「Qrosの女」の登場から現在までを多視点で描き出している物語です。

即ち、芸能記者の栗山孝治、その後輩記者の矢口慶太、芸能ゴロの園田芳美、そして「Qrosの女」の市瀬真澄のそれぞれの視点で、「Qrosの女」の登場から現在までを立体的に描き出しています。

こうした手法は、誉田哲也の近著である『ノワール-硝子の太陽』と『ルージュ: 硝子の太陽』でも使われていました。ただ、『硝子の太陽』シリーズの場合、姫川玲子シリーズとジウシリーズという二つのシリーズで同じ事件を扱う、厳密には物語の一部で重なる、ということでしたが、本書の場合は一つの物語の中で四本の時間軸が平行に流れているのです。

これまでも似た手法の作品が無いわけではないのですが、物語の全編を異なる視点で描き比べるという作品として代表的な作品として、芥川龍之介の短編小説『藪の中』があります。藪の中で見つかった死体について複数の証言を取り上げているもので、それぞれの証言が矛盾することから「藪の中」という言葉が生まれています。他にもこの手法を用いた作品があったように思いますが、思いだせません。(ちなみに、『藪の中』はAmazonのKindleでは無料で読むことができます。)

本書『Qrosの女』の見どころは、上記の点にとどまらず、舞台である芸能界の裏側を描いてある点にもあります。大手芸能プロダクションの実力者の言動の影響力や人気スターの裏の顔などは昔から言われてるところでもあり、種々のニュースのネタにもなっています。

また舞台が「芸能界」と「週刊誌」の話であるところから、報道と人権の問題も絡めてあります。取材活動を描く上では避けて通れない問題なのかもしれません。

また、忘れてならないのは、ネット社会の現状です。ネット上に個人情報がさらされるという事態、それもそれを行うのが一般人だという話は架空の話ではなく、現実に起きている話でもあります。本書で描かれているのはネット社会の恐ろしさでもあります。

「報道と人権」と言えば社会派の小説で多く書かれているテーマでもありますが、近年では堂場瞬一の『警察(サツ)回りの夏』という小説がありました。

母親が犯人と目される甲府市内で起きた幼い姉妹二人の殺害事件について、警察内部のネタ元から母親逮捕という特ダネの感触を得た主人公ですが、しかしその情報はとんでもない事態を引き起こすのでした。ネット社会や報道のあり方への問題提起を含んだ物語でした。

本書は、この問題をそこまで深く掘り下げているわけではありませんが、それでもネット社会の怖さ、報道のあり方を考えさせられもしました。

誉田哲也のエンターテインメント小説ですが、全くグロテスクなところはありません。物語の作り手としての誉田哲也という作家の面白さ、そう思い知らされた作品でもありました。

ルージュ: 硝子の太陽

祖師谷で起きた一家惨殺事件。深い闇の中に、血の色の悪意が仄見えた。捜査一課殺人班十一係姫川班。警部補に昇任した菊田が同じ班に入り、姫川を高く評価する林が統括主任として見守る。個性豊かな新班員たちとも、少しずつ打ち解けてきた。謎の多い凄惨な事件を前に、捜査は難航するが、闘志はみなぎっている―そのはずだった。日本で一番有名な女性刑事、姫川玲子。凶悪犯にも臆せず立ち向かう彼女は、やはり死に神なのか? (「BOOK」データベースより)

本書の惹句には「姫川玲子×〈ジウ〉サーガ、衝撃のコラボレーション」というかなり衝撃的な文言が書かれていました。まさかこの人気二大シリーズが合体するなどとは夢想だにしませんでした。

しかしながら、著者の言葉によりますと「僕は作品ごとに年表を作っていますが、時間軸は統一してある」のだそうで、どの作品がコラボしてもおかしくないように計算されているのだそうです。( エキサイトレビュー : 参照 )

佐々木譲作品のようなシリアスな警察小説ではなく、より娯楽性の強いという意味での警察小説の中では、今野敏とこの誉田哲也の小説が双璧だと思っています。そもそも警察小説という分野に限定しないエンタメ系の作家の中でも誉田哲也作品は最も好きな作家の一人だということもあり、今回のこの企画は衝撃的なものがありました。

そして実際に読んでみてもその期待は裏切られることはなかった、と言えます。それほどに私の好みに合致した作品でした。

ただ、誉田哲也という作家の作品は、例えば『ケモノの城』のように、表現のグロテスクさを前面に押し出す傾向のある作品群があり、本書もその中に位置づけられます。その点では読者を選ぶでしょうし、グロテスクな表現を好まない人には向かない作品です。

例えば、平木夢明の『ダイナー』など、エロスと暴力満載で更に人間の解体のような決して普通の感覚ではいられないグロテスクさを持った小説のような作品もあります。生き埋めになる寸前に料理が得意という一言で、殺し屋たち専門の食堂の手伝いとして生き延びた女カナコの物語である『ダイナー』は、この食堂のコックでもあるボンベロとの本書なりの心の交流を根底に持っていて、物語の救いにもなっているのです。

本書の場合、それは姫川の捜査に対する熱意であり、菊田や井岡といった姫川班の仲間との連帯と言っていいのでしょうか。姫川に対する井岡の恋心の表現の場面で見せるコミカルさはシリーズの清涼剤的な役割も持っているし、菊田と姫川との間の関係は男と女の関係を越えたものがあるように思えます。

祖師谷で起きた一家惨殺事件の持つ猟奇的な側面が物語として必要なのかは分かりませんが、作者はこの猟奇性が姫川の持つ心の内にひそむ闇へと結びつくとでも感じているかのようです。

この点では、誉田哲也自身が猟奇性の無い作品ということで『Qrosの女』という作品を著わしているそうです。( Qrosの女 誉田哲也|BOOK倶楽部特設サイト : 参照 )

一方、祖師谷一家惨殺事件と二十八年前の未解決事件である「昭島市一家殺人事件」との類似に気付いたフリーライター上岡慎介が殺されてしまいます。ここでフリーライターを調べる姫川が東弘樹警部補と会うことになるのですが、この上岡慎介こそは「歌舞伎町セブン」のメンバーの一人であり、東弘樹警部補も『ジウ』シリーズの重要な登場人物の一人なのです。『ジウ』シリーズの流れをくむ『歌舞伎町セブン』と『姫川玲子』シリーズがここでリンクすることになるのでした。

そしてこの事件が本書の姉妹作品である『ノワール-硝子の太陽』ということになるのです。

こうした二つのシリーズのリンクは、「欠伸のリュウ」こと陣内陽一も本書に少しですが顔を出すことになり、両シリーズのファンとしてはますます目を話せない作品となっています。

ケモノの城

ケモノの城』とは

 

本書『ケモノの城』は2014年4月に刊行されて2017年5月に480頁の文庫として出版された、長編のミステリー小説です。

かなりのグロテスクさを持った作品であり、読み手を選ぶ作品だと思います。

 

ケモノの城』の簡単なあらすじ

 

警察は、自ら身柄保護を求めてきた少女を保護した。少女には明らかに暴行を受けたあとがあった。その後、少女と同じマンションの部屋で暮らしていた女性を傷害容疑で逮捕するが、その女性にも、暴行を受けていたと思われる傷があった。やがて、少女が口を開く。お父さんは、殺されましたー。単行本刊行時に大反響を呼んだ問題作がついに文庫化。読者の心をいやおうなく揺さぶる衝撃のミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

ケモノの城』の感想

 

本書『ケモノの城』は現実に起きた事件をモデルに、誉田哲也の小説らしいグロテスクな描写を含みながらも妙な面白さを持って迫ってくる長編ミステリーです。

 

一人の少女が警察に保護され、そこから異常としか言いようのない猟奇的事件が幕を開けます。保護された少女と、その少女が示した部屋にいた一人の女。彼らの住んでいた部屋からはおびただしい血の跡が見つかります。

しかしながら、保護された少女と女は殆どなにも語ろうとはしません。そうした彼らを根気よく尋問する警察官らにより、人間とは思えない異常性の中で暮らしていた彼らの実態が次第に明らかになっていくのです。

一方、警察官の尋問の合間に一人の青年の日常が描かれていきます。その青年と同棲する彼女の父親という得体のしれない男が転がり込んでくるのですが、その男の日常を暴こうとする青年でした。

この青年の話と保護された少女らの話とが合流するとき、そこには信じられない現実が待ち構えていました。

 

独りの男のコントロール下に置かれた複数の人間が、次第に壊れていく様を、緻密な筆致で描き出してあります。

もともと、誉田哲也と言う作家はかなりグロテスクな場面を描き出す作家でした。警察小説である『姫川玲子シリーズ』では特にその傾向が強く、『ブルーマーダー』や『ルージュ: 硝子の太陽』などでも人間の解体場面が出ています。

 

 

しかし、ここまでの描写が物語の進行上必要なのかという疑問は常にありました。困るのは、そういう疑問を持ちつつも、誉田哲也の小説が面白いことです。

仮にグロい場面が無くても多分同様のレベルで面白い小説を描くことは可能だとは思うのですが、現実に面白い小説として提示されているので、疑問は疑問として抱くだけです。

 

こうしたグロテスクさと暴力とを前面に出した小説がありました。平山夢明の『ダイナー』という小説です。

この作品も相当にグロい小説でしたが、『ダイナー』の場合は、暴力があり、その延長線上に人間の解体作業などがありました。

そして、その根底には主人公の女と食堂のコックとの間に交わされる不思議な感情の交換があり、雑多な客との間で交わされる非人間的な交流の隙間で交わされる人間的な感情の発露も垣間見ることができました。

 

 

グロテスクというワードで検索すると数多くの小説が抽出されます。それほどにこの分野の小説が多いということなのでしょう。

私自信が好まないのでこの手の小説はあまり知らないのですが、上記の平山夢明や新堂冬樹という作家はその手のものが多いようですね。

ともあれ、本書『ケモノの城』は、そうしたグロテスクさを越えたところにある物語としての面白さを持った小説でした。

武士道ジェネレーション

あれから六年、大学を卒業した早苗は結婚。香織は、道場で指導しながら変わらぬ日々を過ごすが、玄明先生が倒れ、桐谷道場に後継者問題が―。剣道女子を描く傑作エンタメ、六年ぶりの最新刊。(「BOOK」データベースより)

誉田哲也の「武士道」シリーズの第四作目であり、最終話だそうです。

早苗の結婚式の場面から始まる本書は、早苗と香織という社会人になった主人公二人の姿が描かれています。

早苗は足の故障もあり今では剣道からは遠ざかってはいるものの、就職先は母校の東松学園であり、桐谷道場にも経理を見るという形でかかわっています。

一方、香織は就職も決まらずにいたところ、桐谷道場の師範である桐谷玄明が倒れ、道場の跡継ぎ問題が起きます。本来、道場の高弟であり早苗の旦那でもある充也が継ぐべきなのですが、警察官をやめるなという師範の言葉もあり、香織が手を挙げるのです。

しかし、後継者としては「シカケ」と「オサメ」という型を修めていなければならないため、充也に頼み込んで、体中あざだらけになりながらも稽古をつけてもらう香織だったのです。

これまでのシリーズ三作と異なり、剣道についての描写は一歩引いたような印象を受けます。変わって、社会的な視点が加わり、登場人物の間において第二次世界大戦や韓国との慰安婦の問題などについての議論が交わされます。

これは直接的には早苗の直面する問題として描かれているのですが、香織の道場後継のための稽古も、武術の対戦相手を倒すための「力」という問題を通して間接的にかかわってきます。

平和獲得、維持のためには圧倒的な力が必要だという考えがあります。少なくとも本書はその考えに与していると読めるのです。早苗の思う平和を実現するにしても、まずは「力」なのです。

そして個人的な考えをここで述べることはやめますが、そうした考えを基本に置きながらも、へんに政治的な主張をするわけでもなく、明るい未来を信じる青春小説として成立させているこの作品に、そして作者に敬意を抱くばかりです。

剣道と言えば、私の若い頃に高橋三千綱 の『九月の空』という作品がありました。「五月の傾斜」「九月の空」「二月の行方」という連作の中編三作が収納されています。その中の「九月の空」が昭和53年の芥川賞を受賞しました。芥川賞受賞作だからといって堅苦しい作品ではなく、剣道を通して見た等身大の高校一年生が描かれている読みやすい作品でした。

近年で言うと、藤沢周 の『武曲(むこく) 』という作品を外すわけにはいかないと思います。ラップ命という高校生羽田融(はだとおる)が剣道部のコーチ矢田部研吾から一本を取り、剣道にのめり込んでゆく。高校生羽田融とアル中コーチ矢田部研吾の内面に深く切り込む「超純文学」。明るい青春小説ではありませんでした。この作品は綾野剛と村上虹郎というキャストで映画化されるそうです。

また、第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』の海堂尊が書いた、『ジェネラル・ルージュの凱旋』の速水晃一と『ジーン・ワルツ』の清川吾郎、それに高階権太などの、作者の言う「東城大学シリーズ」の面々が登場する、彼らの医学生時代の剣道部での活躍を描いた『ひかりの剣』という作品があります。海堂ワールドが好きな人にとってはたまらない本ではないでしょうか。


更にコミックの部門で言うと、『仁(じん)』を描いた村上もとかの『六三四の剣』や『龍-RON-(ロン)』があります。前者は剣道日本一を達成した夏木夫婦の間に生まれた六三四少年を描いた作品です。ライバルの東堂修羅と切磋琢磨しながら成長していく姿はコミックとはいえかなり読み応えがありました。

また、後者の『龍-RON-(ロン)』は全42巻にもなる大河ドラマです。昭和初期から太平洋戦争終結に至るまでの時代、当初は京都の武道専門学校を、そして後には満州を舞台にした冒険物語になっていきます。剣道関連は、この京都の武専時代が主ではありますが、その存在さえ知らなかった武道専門学校での剣道の修行は読みごたえがありました。

インデックス

池袋署強行犯捜査係担当係長・姫川玲子。所轄に異動したことで、扱う事件の幅は拡がった。行方不明の暴力団関係者。巧妙に正体を隠す詐欺犯。売春疑惑。路上での刺殺事件…。終わることのない事件捜査の日々のなか、玲子は、本部復帰のチャンスを掴む。気になるのは、あの頃の仲間たちのうち、誰を引っ張り上げられるのか―。(「BOOK」データベースより)

四作目の「インデックス」以降が、前作長編『ブルーマーダー』以降の物語です。

「アンダーカヴァー」
とある会社の社長が自殺したが、その死の裏に不審なものを感じた姫川玲子が、関西弁をしゃべるブランド好きのブローカーとなり潜入捜査をするという異色の作品です。

『インビジブルレイン』事件ののち、池袋署強行班捜査係に異動になってすぐの姫川の物語です。取り込み詐欺グループ捜査のためにに潜入捜査に乗り出す姫川です。容疑者と姫川とのやり取りが実に読み応えがあります。

テレビドラマ版(「ストロベリーナイト アフター・ザ・インビジブルレイン」)で放送された作品では、姫川がギラギラの派手な衣装を着て取り込み詐欺グループに乗り込み、エセ関西弁でまくしたてる場面が印象的でした。

「女の敵」
姫川が捜査一課殺人犯十係主任を拝命してすぐに、「ストロベリーナイト事件」で殉職した大塚真二刑事と組んで担当した変死体事案を回想します。

「彼女のいたカフェ」
賀地未冬は池袋の「ブックカフェ」に勤務していた時代に、法律の本を読む女性が気になっていた。その後未冬が再び池袋店に勤務することとなったのだが、予想もしない形であの女性と出会うのだった。

姫川の人となりを第三者目線で描いたシリーズの中異色作です。特に事件が起きるわけでもなく、一般第三者目線での姫川を描く、シリーズの中のちょっとした息抜き、といった掌編です。

「インデックス」
『ブルーマーダー』事件が犯人逮捕とはなったものの事件の詳細は未だ不明のままだった。そうした折、姫川は池袋署刑事課強行犯捜査係との併任で、本部の刑事部捜査一課への異動の内示を受ける。ただ、あの井岡も同じ刑事部捜査一課への併任配置であり、翌日から相棒としてブルーマーダー事件の捜査も行うことになってしまうのだった。

珍しく、姫川と本シリーズの名物男である井岡とが組んだ捜査を見せてくれます。いつも姫川につきまとい、姫川を辟易とさせている井岡ですが、刑事としての腕は確かなものがあるのです。

「お裾分け」
小金井署の特捜本部で、姫川を主任として本部から派遣されていたやりにくい三人とチームを組むことになる。何より、このチームには併任を解かれたはずの井岡まで参加するのだった。

この作品でも井岡と姫川との迷コンビの掛け合いが全編を貫いています。

「落としの玲子」
姫川と今泉とが飲んでいる席で、今泉は姫川の取り調べが下手だと言う。しかし、とある写真をきっかけに今泉と姫川との立場が逆転するのでした。

この作品も、シリーズの中での息抜き的な位置を占める作品です。いつも姫川を助けてくれる今泉とのほのぼのとした一シーンです。

「夢の中」「闇の色」
姫川班は、墨田区本所署管内で発生した刺傷事件の応援として本所署へ詰めることになる。被害者の峰岡里美に話を聞くと里美はなかなか意思表示をしません。不審に思った姫川が調べると、里美には子供がいることが判明する。

このシリーズの本来のトーンが戻ってきた、といえる作品です。何故にこの作品を短編二編に分けているのかよく分かりません。掲載雑誌との兼ね合いなのでしょうか。


本書の後に姫川玲子シリーズの『ルージュ: 硝子の太陽』という作品が出版されています。この作品は『ノワール-硝子の太陽』という作品と同時に発表されたもので、ノワールのほうはジウシリーズの流れをくむ物語となっています。この二作品は登場人物の一部が共通しており、姫川玲子シリーズとジウシリーズの流れをくむ新宿セブンシリーズとが、合流とまではいきませんが、世界を共通にするという仕掛けになっているのです。

本シリーズは、私の中ではこの手の警察小説の中では今一番のっている、面白いシリーズと言えるかもしれません。

本書はそうしたシリーズの中の隙間を埋める短編集であり、姫川玲子という人物を立体的に浮かび上がらせる一を占めると言えるでしょう。

歌舞伎町ダムド

日本最大の歓楽街・新宿歌舞伎町。そこに、全裸の男女を凌辱し、惨殺することに快感を得る謎の男がいた。彼は七年前に起きた「歌舞伎町封鎖事件」でジウと出会い、自らもジウになろうとしていた。再び動き出す「新世界秩序」の陰謀、巻き込まれてゆく新宿署の東弘樹警部補、そして「歌舞伎町セブン」。『ジウ』『国境事変』『ハング』、そして『歌舞伎町セブン』、全ての物語がここに繋がる―!「BOOK」データベースより)

 

『ジウサーガ』の第七弾で、現代の「仕掛人」の歌舞伎町セブンの物語である長編小説です。

 

新宿の街を守るために結成された七人からなる歌舞伎町セブンを描いた『歌舞伎町セブン』の続編です。今回は「ダムド」と名乗る殺し屋がセブンの相手として現れます。

誉田哲也の小説らしく、ダムドという殺し屋の殺戮場面はほとんどグロテスクと言えるほどです。だけど、タイトルにもなった「ダムド」の存在感があまりありません。

 

本書冒頭で登場してしばらくは強烈な個性をもって描かれていて、それなりに期待をもたせてくれます。

しかし、冒頭のダムド目線の個所が終わり、リュウらが中心となるこの物語本来の流れに移ると、従来のアクション小説としての顔を取り戻します。そして、『ジウ三部作』や『国境事変』などの物語の流れに乗った小説であることを思い出させるような、意外性をもった物語として展開を始めるのです。

そうなると、ダムドの影が薄くなり、結局ダムドとは何のために登場したのか、という思いだけが残ります。

 

 

物語は、『ジウ三部作』からの登場人物である東弘樹警部補がこの新しい物語の配役として登場したり、敵役の組織「新世界秩序」がその貌をのぞかせたりと、新たな展開を見せ面白くなっています。前作の『歌舞伎町セブン』よりは確実にアクション小説としての面白さも増していると思います。

現代の「必殺仕事人」というには舞台が新宿歌舞伎町限定という狭さがありますが、「歌舞伎町セブン」の存在理由が新宿を守ることにあるのですから、それも仕方のないところです。

 


 

以上が最初に本書『歌舞伎町ダムド』を読んだ時の文章です。メモによると2015年9月のことであり、今回の再読で『歌舞伎町セブン』で書いたと同様の変化を感じます。

「ジウサーガ」の中に位置づけられる本書は、東警部補と歌舞伎町セブンとの関りや、敵役の「新世界秩序」という組織の巨大さを明確にし、今後のこの物語の方向性を明確にしているようです。

何より、本書ではミサキとジロウの過去が明らかにされ、『ジウ三部作』や『ハング』から本書に続く流れが示され、「ジウサーガ」として確立したのではないでしょうか。

この後、「ジウサーガ」は『硝子の太陽』の二冊で『姫川玲子シリーズ』と同一時系列に存在していることが明確にされていきます。

同時にエンターテインメント小説としての面白さも一ランク上の次元に上ることになる、と思うのです。

歌舞伎町セブン

歌舞伎町の一角で町会長の死体が発見された。警察は病死と判断。だがその後も失踪者が続き、街は正体不明の企業によって蝕まれていく。そして不穏な空気と共に広まる謎の言葉「歌舞伎町セブン」…。『ジウ』の歌舞伎町封鎖事件から六年。再び迫る脅威から街を守るため、密かに立ち上がる者たちがいた。戦慄のダークヒーロー小説。(「BOOK」データベースより)

 

『ジウサーガ』の新たな展開として位置づけられる、日本一の歓楽街である東京は新宿の歌舞伎町を舞台にした、現代の「仕掛人」の物語である長編小説です。

 

新宿二丁目にある鬼王神社で、歌舞伎町一丁目町会長の高山和義が急性心不全で死んだ。新宿警察署地域課勤務の小川幸彦は、その死に不審を抱いて調べると、「歌舞伎町セブン」という言葉と、「欠伸のリュウ」という言葉が浮かんできた。

タイトルの「歌舞伎町セブン」とは、新宿の街を守るために集まった殺し屋のグループの名前です。『ジウ』で描かれた封鎖事件から六年後の新宿で、再び不穏な動きが起きているのを見て、世間から身をひそめていた「歌舞伎町セブン」の生き残りが、新たな仲間を加えて新宿の街を守ろうと動き始めるのです。

 

新宿を舞台にした小説と言えば、まずは馳星周の『不夜城』があります。ノワール小説として代表的な作品と言えるのではないでしょうか。舞台が新宿というわけではないのですが、新宿署の刑事として有名なのが大沢在昌の『新宿鮫』があります。

 

 

また、刑事ものではなく普通の人情小説ではありますが、新宿の裏通りの小さなバーを舞台とする半村良の直木賞受賞作品である人情小説の『雨やどり』は忘れられない作品です。私は未読ですが、船戸与一にも『新宿・夏の死』という作品があるそうで、これは読んでみたい作品です。

 

 

本書は、誉田哲也作品の『ジウ(全三巻)』『国境事変』『ハング』の時系列上にある物語で、東警部補という共通の登場人物がいます。とはいっても物語としての関連はないと言ってよく、本書は本書として独立した物語として読むことができます。

 

 

しかしながら、誉田哲也の他の小説と比べると若干見劣りがする、というのが正直な感想です。新宿の街を守る殺し屋、という発想は面白いのかもしれないけれど、物語の起伏はあまりなく、登場するキャラクタも個性が薄い印象です。本書自体が面白くないわけではありません。他の作品と比較すると見劣りがすると感じるのです。

それは、本書の視点が登場人物の幾人かの間で切り替わっていることとも関連するかもしれません。本書の頁数が397頁と若干長く、焦点がぼけていると感じるのです。本書の内容であればもう少し短くても良いんではないか、という印象を抱いてしまいました。

学生の頃よく通い、バイトをし、遊んだ街新宿が舞台で、思い入れのある街でもあることからハードルが高くなっているのかも知れません。

 


 

以上が最初に本書『歌舞伎町セブン』を読んだ時の文章です。メモによると2015年8月のことであり、今回再読してこの文章を読みなおしてみると、現在の歌舞伎町セブンの物語の面白さの感じ方との隔たりに驚きます。

本書は歌舞伎町セブンとしての物語の始まりでもありますが、『ジウサーガ』の中に位置づけられるべき物語でもあります。

そして、後に『ノワール-硝子の太陽』と『硝子の太陽R - ルージュ』という作品を通じて、本書が『姫川玲子シリーズ』と同じ時系列にいることが明らかにされることになります。

その『ジウサーガ』が、誉田哲也作品の中でも一番面白いと思う『姫川玲子シリーズ』との優劣がつけられないほどに面白さを持つシリーズとしてあることを思い、今回『ジウ サーガ』の当初から再読したのです。

 

そして、あらためて本『ジウサーガ』の持つエンターテインメント小説としての面白さを再認識しています。

当初読んだときには気が付かなかったミサキやジロウの物語がこれほどに哀しいものだったこと、本シリーズを通しての敵である「新世界秩序」という組織の巨大さ、シリーズ内における東警部補という存在の大きさ、など驚きに満ちている物語でした。

ジウ三部作の当初からの物語世界の広がりをみると、アクション性の強い少々変わった警察小説というほどの認識だったこの物語が、新宿という限定された空間をさらりと超えてしまう広がりと他のシリーズとコラボするほどの奥行きを持つ小説として成長しているのです。

誉田哲也という作家が、ジウ三部作を書いた当初からここまでの計算があったとは思えないのですが、計算があったとしても何もおかしくない物語世界が構築されていることが驚異的です。それほどの面白さを持つエンターテインメント小説です。

 

 

増山超能力師事務所

信頼と実績の当事務所が超能力でお悩み解決!
超能力が事業認定された日本で、能力も見た目も凸凹な所員たちが、浮気調査や人探しなど悩み解決に奔走。笑いとほろ苦の連作短編集。
ここは、超能力が事業認定された日本。 日暮里駅から徒歩10分のちょっとレトロな雑居ビルの2階に増山超能力師事務所はある。所長の増山率いる、能力も見た目も凸凹な所員たちが、浮気調査や人探しなど悩み解決に奔走。「面倒臭い」が口癖なのに、女にめっぽうモテる所長・増山。 才色兼備で気が強い、元女番長 悦子。エロいことを考えては怒られる見習い脱出の篤志。 見た目は不細工、おなかも弱い健。 制御不能な能力が玉にきず、美形の見習い明美。 超能力より年の功 経理担当の朋江。2017年1月より読売テレビ・日本テレビ系にてドラマ化。主演は、ココリコの田中直樹。(「BOOK」データベースより)

本書は、超能力者が、その能力を生かして「内実は普通の探偵業とあまり変わらない」業務をこなす超能力師事務所の姿を描いた、全七編の連作短編小説集です。どちらかと言えばエンタメ性の強い人間ドラマです。

 

本書は、第一話「初仕事はゴムの味」では、なりたての新人二級超能力師である高原篤志の視点で、第二章は高原篤志の先輩二級超能力師である中井健の視点でと、章ごとに増山事務所の所員それぞれの視点で語られていきます。

今でこそ超能力の存在が世間で認知されているのですが、かつては超能力者たちは「普通の人」からは拒絶され、社会的に排斥されていました。しかし、科学の力で超能力の存在が認められてきた頃、超能力者たちの社会的な地位を守るために「日本超能力師協会」が設立されたのです。

書評家の藤田香織氏は本書を「マイノリティの物語」と評していましたが、社会的に認知された今でもなお、なんらかの壁を感じながら生きている超能力者たち。彼らの過去の物語をはさみながら話は進みます。

 

誉田哲也の描くエンターテインメント小説ですので、謎解きの要素も絡めながら、面白く仕上げられているのですが、『姫川玲子シリーズ』のような上質のミステリーの著者であることを考えると、この作家の作品の中での優先順位はそれほど高くは無いでしょう。とはいえ、シリーズ化されて続編が出るのであれば、勿論読みたいと思う一冊です。

 

 

超能力者を描いた小説と言えば、筒井康隆の『家族八景』から始まる七瀬シリーズがあります。この作品は他人の心を読める火田七瀬の、その能力故の悲哀を描いた名作です。また宮部みゆきの『クロスファイア』は発火能力者の青木淳子のアクション性の強い物語でした。

 

 

一昔前になると、小松左京の文字通りのタイトル『エスパイ』があります。超能力(エスパー)を持ったスパイなので「エスパイ」です。実に漫画チックだった記憶があります。もう50年程も前の作品です。

 

 

海の向こうの作品ではスティーブン・キングの『ファイアスターター』は発火能力者の女の子の物語。発火能力(パイロキネシス)という言葉を作ったのもキングだそうです。キングには他にも『キャリー』があります。念動能力(テレキネシス)を持つ少女がいじめを受け殺戮に及ぶという物語でした。

 

 

ちなみに、ココリコの田中直樹の主演で、2017年1月から読売テレビ・日本テレビ系でドラマ化されました。

更にはテレビと同じキャストで、「増山超能力師事務所 〜激情版は恋の味〜」というタイトルで映画化されます。ストーリーもオリジナルだそうです。

吉原暗黒譚

江戸の吉原で黒い狐面の集団による花魁殺しが頻発。北町奉行所の貧乏同士、今村圭吾は花魁たちを抱える女衒に目をつけ、金で殺しを解決してやるともちかけた。一方、大工の幸助は思いを寄せていた裏長屋の華、おようの異変に気づき過去を調べ始める。「姫川」シリーズの著者初の時代小説。傑作捕物帳登場。(「BOOK」データベースより)

誉田哲也の珍しい江戸の吉原を舞台とした長編の時代小説です。

 

詳しい時代は良く分からない、江戸時代の吉原で狐のお面の集団による花魁の連続殺人が起きた。殺された花魁たちはみな花魁の貸し出しを行っている晴海屋の花魁だという。

そこで、吉原の番所に詰める同心今村圭吾は晴海屋の女衒の元締めである丑三(うしみつ)のもとへ行き、五百両で犯人を捕まえようと持ちかけるのだった。

 

誉田哲也のごく初期の作品らしく、娯楽読物としてそれなりの面白さがあります。何の理屈も考えずに、気楽に物語世界に浸る、そういう読み物であり、それ以上のものではありません。ましてや『姫川玲子シリーズ』などと比べるものではありません。

 

 

テンポよく読み進めることのできる徹底した娯楽読物ですが、それだけであり、読んでいて楽しい時間を過ごせる小説とまでは言えません。

誉田哲也の初期作品なので、現在の誉田哲也の力量による作品と同じレベルのものを要求するこちらが理不尽ではあります。

 

著者の言葉として、吉原を舞台にしたノワール小説を書こうと思ったのだそうです。しかし、単に主人公の貧乏同心がワルから裏金を貰い事件解決に向かう、というだけのことであり、とても同心今村圭吾はノワールものの主人公とは言えないでしょう。

 

ダークな雰囲気の中でエロスをちりばめた伝奇小説的物語ですが、そのダークさも振りきれていない作品だったのは残念です。