妖の華

本書『妖の華』は、『妖シリーズ』の第一弾の長編のアクションホラー小説です。

シリーズ第二作の『妖の華』で詳しく描かれることになる「三年前に起きた“大和会系組長連続殺害”」の後日譚ということになる物語です。

 

ヒモのヨシキは、ヤクザの恋人に手を出して半殺しにあうところを、妖艶な女性に助られる。同じころ、池袋では獣牙の跡が残る、完全に失血した惨殺体が発見された。その手口は、3年前の暴力団組長連続殺人と酷似していた。事件に関わったとされる女の正体とは?「姫川」シリーズの原点ともなる伝奇小説が復刊。第2回ムー伝奇ノベルス大賞優秀賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

驚いたのは、本書『妖の華』が誉田哲也のデビュー作品だということです。

とてもこの作品が新人の手によるものだとは信じられません。それほどに物語としての面白さを既に持っているのです。

ただ、確かに現在の誉田哲也の作品の特徴ともいえる一人称での描写も明確ではないし、警察組織の描き方にしても丁寧さに欠けるきらいはあります。

しかし、文章のテンポは悪くないし、ストーリー展開もさまになっていて見事なものとしか思えません。

 

また、後に『姫川玲子シリーズ』の重要な登場人物の一人ともなる井岡博満刑事が重要な役割をもって登場してきたのには驚きました。

よく考えてみれば、本書が誉田哲也のデビュー作だというのですから、井岡の登場もこちらの方が先である筈なのですが、どうも『姫川玲子シリーズ』の方を先に読んでいたこともあり、妙な感じでした。

更にもう一人、監察医の國奥定之助も本書で既に登場しています。

 

 

誉田哲也という作家は物語を、共通の世界で展開させることが少なからずあるため、そうした方策をとっているかとも思いましたが、世界観までは共通というわけではなさそうです。

つまり、本書を習作として警察小説を書くことの面白さを知り、『姫川玲子シリーズ』を書くことになると書いてありました。

従って、本書『妖の華』でキャラクターを作り面白いと感じた井岡を『姫川玲子シリーズ』登場させたのだと思われます。それは國奥定之助にしても同じでしょう。

妖シリーズ

本『妖シリーズ』は、誉田哲也お得意のエロスとバイオレンス満載のエンターテイメント小説です。

本シリーズの特徴を挙げるとすれば、まず挙げるべきは主人公が人間ではないということでしょう。つまり、主人公は四百年という年を経た吸血鬼です。

 

妖シリーズ(2020年09月23日現在)

  1. 妖の華
  2. 妖の掟
  1. 妖の絆
  2. 妖の旅
  1. 妖の群

 

『妖シリーズ』の各巻タイトルは、「小説丸」での誉田哲也インタビュー記事にあった作者の言葉から拾い出したものです。

ですから、第三巻以降は作者誉田哲也の出版予定ということになります。

 

そもそも本『妖シリーズ』の第一巻は、第二回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞し、後に『妖の華』と改題された『ダークサイド・エンジェル 紅鈴 妖の華』というタイトルで2003年に刊行された作品です。

ムー伝奇ノベル大賞は学習研究社刊行の雑誌「ムー」が主催していましたが、第五回まで存続したそうです(以上『妖の華』文庫版 杉江松恋氏の「あとがき」から)。

この第一巻『妖の華』が、作者の誉田哲也のデビュー作だそうですから、才能ある人の作品は最初から見事なものだと感心せざるを得ません。

 

本『妖シリーズ』の主人公は紅鈴(べにすず)と言い、四百年も前に一人の吸血鬼から血分けを為され、不死の身になった女です。

この女が、身長は160センチに満たない、細身の女で長い黒髪に黒々と潤んだ瞳をした黒豹のような女で、体臭が妙に男をくすぐると表現されています。

このエロチックな女がソープで少しの間気絶させた客の男から血を飲んでいるのです。もちろん、ソープですからベッドシーン満載です。

さらに、暴力団とのトラブルを抱えていて、当然のことながらバイオレンス満載の展開となります。

 

本『妖シリーズ』の吸血鬼、紅鈴は西洋の吸血鬼とは異なる純粋の和物である「闇神(やがみ)」です。

ですから、十字架もニンニクも紅鈴たちには何の影響もなく、ただ、太陽の光、厳密には紫外線に当たると皮膚が焼け、ひどいと死に至ります。

また、単純に人間に噛みついて血を吸ったからといって、その相手が吸血鬼になるわけでもありません。被害者は血が吸い取られるだけで、献血と変わりないのです。

 

伝奇小説、と言えば私にとってまずは 半村良です。その作品での吸血鬼の話と言えば『石の血脈』があります。

吸血鬼や狼男など世界各地に残る各種伝承を織り込みながら、人間の不死性への欲望を絡めて、とにかくスケールの大きなほら話をその筆力で一気に読ませている作品です。

それまでにも吉川英治の『鳴門秘帖』や国枝史郎の『神州纐纈城』などの作品はありました。

しかし、個人的には 半村良の『石の血脈』や『産霊山秘録』などの作品が伝奇SF小説の魅力を教えてくれたと思っています。

 

 

その後、エロスとバイオレンスの伝奇小説となると、 夢枕獏菊地秀行を避けては通れません。

夢枕獏には「サイコダイバーシリーズ」とも呼ばれる『魔獣狩りシリーズ』があります。

このシリーズは『魔獣狩りシリーズ』と『新・魔獣狩りシリーズ』と名を変えて続き、それが全体として「サイコダイバーシリーズ」となり祥伝社ノン・ノベル版で全二十五巻あります。

 

 

また、 菊地秀行には異世界のクリーチャーと戦う、エロスとバイオレンス満開の作品である『バイオニック・ソルジャーシリーズ』などがあります。

 

 

本書『妖の掟』の主人公は、『全国妖怪事典』(千葉幹夫・編)という書物に書いてあった山姫という妖怪をヒントに作り上げたキャラクターだそうです( 小説丸 : 参照 )。

ここで「吸血鬼」と言えばブラムストーカーのトランシルバニアのドラキュラ伯爵が有名ですが、今では スティーブン・キングの『呪われた町』の方が名が知られているかもしれません。

 

 

本来、本書の続編を書く予定はあったのだと作者は述べられています。

それが十七年後に『妖の掟』として結実し、さらにその後のシリーズの展開までも言及されています。

最終巻は一作目『妖の華』の後日談であり、近未来SFになるということなので、それまで楽しみに待ちたいと思います。

 

プラージュ

本書『プラージュ』は、訳あり者たちだけが住むシェアハウスを舞台にした、ミステリー色の強い長編小説です。

もしかしたら、人によっては誉田哲也の作品の中で一番だという人がいそうな、個人的にもそれに近い感想を持った作品でした。

 

仕事も恋愛も上手くいかない冴えないサラリーマンの貴生。気晴らしに出掛けた店で、勧められるままに覚醒剤を使用し、逮捕される。仕事も友達も住む場所も一瞬にして失った貴生が見つけたのは、「家賃5万円、掃除交代制、仕切りはカーテンのみ、ただし美味しい食事付き」のシェアハウスだった。だが、住人達はなんだか訳ありばかりのようで…。(「BOOK」データベースより)

 

本書の登場人物の一人の言葉として、『プラージュ』とは、フランス語で「海辺」という意味だとありました。そして「海と陸の境界。それは常に揺らいでいる。」という言葉が続いています。

店と客、客と店主、店と二階の居住空間が、「不安になるほど、ここには垣根というものがない。」というこの人物の感想は、本書のある主張を言い表している言葉でもあるようです。

 

冒頭で、本書『プラージュ』は、ミステリー色が強い小説だと書きましたが、それはミステリー小説と言い切るには若干のためらいがあったからです。

ミステリーと言えるほどの謎があり、その謎が読者の関心をより惹きつけていることはもちろんあります。

しかし、それは二次的なものであり、まずは罪を犯し、その罪を償ったものたちのこれまでの人生をたどり、そしてこれからの人生を見据える再生の物語だと思えます。

その物語が、妙に読者の心にささり、小さな感動を生んでいて、それがエンターテイメント小説としても、人間再生の話としても魅力を生んでいるのです。

 

人の再生の物語としては、例えば ロバート・B・パーカーの『愛と名誉のために』に見られるような、強い人間を描いた作品は多く見られると思われます。

 

 

しかし本書『プラージュ』のように、前科を背負った人間の再生の話、それも、計画的なな行動を描くものではなく、現実に直面したときの不安や戸惑いという再生過程を描いた作品は知りません。

 

本書『プラージュ』では吉村貴生という人間が中心になっていて、一応は主人公と言っていいのかもしれません。

というのも、本書は誉田哲也お得意の多視点での構成されています。それも奇数番号の章は吉村貴生の視点で、それ以外は様々な登場人物の視点で語られています。

そして物語自体は、貴生を中心としながらも登場人物皆の将来に向けての人生再生の物語だと言えると思うのです。

 

シェアハウス「プラージュ」に住むことになる人間は何かしらの罪を犯し、それなりの償いをしている人間です。そして客として集う人間も何かしらの負い目を背負っています。

住人の一人である詩織の心象として、次のような心象を描写してあります。

自分は多くの人に支えられ、社会によって「生かされている」のだと感じる。そしてそのことが、単純に嬉しいのだ。

そう思うようになったのは、この「プラージュ」での生活の故かもしれません。もしかしたら、「プラージュ」オーナーの潤子の思いが伝わったのかもしれません。

それははっきりとは分かりませんが、ここに住まう人間の一人がそういう思いになっているのです。そういう思いを持たせてくれるのがシェアハウス「プラージュ」なのです。

 

この「プラージュ」に一人のジャーナリストが潜入し、ある事件の犯人と思われた人物の現在を追おうとします。

そこにとある事件が起き、クライマックスへとなだれ込んでいきます。

 

そのクライマックスで重要な役割を果たす、客の一人として登場するヒロシは次のような趣旨のことを言っています。

いま、前科がないのはただ単に生業を継いだとか、地元の先輩が面倒を見てくれたとか、単に運がよかったにすぎない

罪を犯すか否かは環境でもあり、それはまた「運」でもある、ということでしょうか。でも、だからこそ、同じような立場の自分たちも「仲間」を大切にしたい、とも言います。

これも、作者の「罪」というものに対する一つの答えでしょう。

 

ここでのヒロシたちの事件解決への参加が、この物語でちょっとした違和感を持った点でもあります。彼らはシェアハウス「プラージュ」の住人ではないからです。

しかし、エンタメ小説としては、ここでいう「仲間意識」などのつながりは読者をひきつける大切な要素でもあるとも思われ、そうしたエンタメ性の観点からも彼らの参加のために持ち出した言葉だとも思えます。

どちらにせよ、読み手としては読んでいて面白さが増すのは事実であり、結果として本書『プラージュ』のような作品ができ上ってくるのですから大歓迎でもあります。

 

ただ、ヒロシなどの「プラージュ」の客が物語の上でわりと重要な位置を占めているにもかかわらず、あまり人物像が深くは描かれていません。

一応前科は背負っていないために章を立てて取り上げるまでもないと判断されたのでしょうか。しかし、前科者になるか否かぎりぎりのところにいる彼らの代表としてもう少し掘り下げてもいい気もしました

ただ、そうなると「プラージュ」に住む住人の物語の意味が薄れる気もします。

 

ちなみに、2017年には本書『プラージュ』を原作とし 星野源を主人公として、WOWWOWでドラマ化もされています。

 

妖の掟

本書『妖の掟』は、『妖の華』に続く『妖シリーズ(?)』の第二巻目となる長編のアクション小説です。

誉田哲也の作品だけにエンターテイメント小説としてそれなりの読みごたえはあったように思いますが、近時の誉田作品の中では今一歩でしょうか。

 

盗聴器の仕掛けがバレてヤクザに袋叩きにあう圭一を気まぐれで助けたのは、坊主頭の欣治と人形と見紛う美貌の持ち主、紅鈴だった。圭一の部屋に転がり込んだ二人にはある秘密が― –このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。(「BOOK」データベースより)

 

本書『妖の掟』は、前作『妖の華』で過去にあったとされる「三年前に起きた“大和会系組長連続殺害”」という記述を物語化した作品で、誉田哲也お得意のエロスとバイオレンス満載のエンターテイメント小説です。

本書の主人公である紅鈴と紅鈴の相棒の欣治がその能力を発揮し三人の組長を殺す、そのための舞台設定をし、すでに刊行されている『妖の華』へとつなぎます。

つまりは私が読む順番を違えたためにこの前提がわからず、本書『妖の掟』では今一つ誉田哲也らしくなく物語の工夫があまり感じられずに、「近時の誉田作品の中では今一歩」と感じたものと思われます。

前巻を読んでみると前巻での組長殺しの状況をかなり詳しく書き込んであるために、本書での自由度が制限されていたためだとわかります。

 

本書『妖の掟』では、主人公紅鈴とその相方欣治とに仲間ができます。辰巳圭一という男で、紅鈴らはこの男の絡みで前述の三人の殺しに関わることになります。

この男は、紅鈴らが吸血鬼だと明かされても動じません。それどころか、吸血鬼が友達だと自慢できる、などというのです。

この愛すべきキャラクターの存在が物語に何となくの哀しみを漂わせています。

 

エロスとバイオレンスの伝奇小説となると『妖シリーズ』の項でも書きましたが、 夢枕獏菊地秀行とが必須です。

夢枕獏には『魔獣狩りシリーズ』という作品が、 菊地秀行には『バイオニック・ソルジャーシリーズ』などがあります。(下掲リンクは文庫版ですが、それぞれにKindle版もあります)

 

 

彼らの作品は人間対異形のものという図式がなり立ちそうで、ラヴクラフトの「太古の神々」にも通じる存在が敵役でした。

 

 

本書『妖の掟』では主人公本人がその異形のものにあたるとも言えそうです。つまりは吸血鬼です。

ただ、その“異形のもの”自体が主人公である点が異なり、そういう意味では映画化もされているアメリカンコミックの『ヘルボーイ』と共通するところがあります。

 

 

紅鈴らは、こうした西洋の悪魔などとは異なる和風吸血鬼である「闇神(やがみ)」と呼ばれる存在です。

身体能力は通常の人間が及ぶものではなく、本書でもその能力を生かして三人の組長の殺しを実行してしまいます。

 

ちなみに、前巻でもそうらしいのですが、本巻でも『姫川玲子シリーズ』の主要登場人物の一人である新宿署の井岡巡査部長がほんの少しだけ顔を見せます。

別のシリーズで独特の存在感を出している人物が別のシリーズに登場することは、何となくそのシリーズにも親しみを感じてしまうのですから不思議なものです。

ともあれ、本書『妖の掟』が誉田哲也の作品としてベストを選ぶ際に入るかと言われれば疑問ですが、本書は本書としてかなり面白い作品であることは間違いありません。

ただ、未読の前作『妖の華』を読み、また作者が断言している未だ書かれざる本書の続巻、少年だった欣治と紅鈴との出会いの話の『妖の絆』、いろいろな時代の紅鈴&欣治コンビの話の『妖の旅』、一作目の後日談となる近未来SFの『妖の群』を読んだ後では、また評価が変わるかもしれません。

 

ちなみに、前巻でもそうらしいのですが、本巻でも『姫川玲子シリーズ』の主要登場人物の一人である新宿署の井岡巡査部長がほんの少しだけ顔を見せます。

別のシリーズで独特の存在感を出している人物が別のシリーズに登場することは、何となくそのシリーズにも親しみを感じてしまうのですから不思議なものです。

ともあれ、本書『妖の掟』が誉田哲也の作品としてベストを選ぶ際に入るかと言われれば疑問ですが、本書は本書としてかなり面白い作品であることは間違いありません。

ただ、前作『妖の華』を読み、また作者が断言している未だ書かれざる本書の続巻、少年だった欣治と紅鈴との出会いの話の『妖の絆』、いろいろな時代の紅鈴&欣治コンビの話の『妖の旅』、一作目の後日談となる近未来SFの『妖の群』を読んだ後では、また評価が変わるかもしれません。

背中の蜘蛛

本書『背中の蜘蛛』は、現代の情報化社会の問題点をテーマにした長編の警察小説で、第162回直木賞の候補作となった作品です。

いつもの読者へのサービス満載の誉田哲也作品と比べると社会性の帯びかたが強いとは言えると思います。佐々木譲が書く作品ようなリアルな警察小説の雰囲気さえ感じたほどです。

しかし、やはり本書は誉田哲也の描くエンターテイメント作品としての警察小説であり、惹き込まれて読み終えました。

 

東京・池袋で男の刺殺体が発見された。捜査にあたる警視庁池袋署刑事課長の本宮はある日、捜査一課長から「あること」に端を発した捜査を頼まれる。それから約半年後―。東京・新木場で爆殺傷事件が発生。再び「あること」により容疑者が浮かぶが、捜査に携わる警視庁組織犯罪対策部の植木は、その唐突な容疑者の浮上に違和感を抱く。そしてもう一人、植木と同じように腑に落ちない思いを抱える警察官がいた。捜査一課の管理官になった本宮だった…。「あること」とは何なのか?池袋と新木場。二つの事件の真相を解き明かすとともに、今、この時代の警察捜査を濃密に描いた驚愕の警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

登場人物(警察関係)
本宮夏生  警視庁池袋署刑事課長 のち警視庁捜査一課管理官
上山章宏  公安部サイバー攻撃対策センター
小菅守靖  警視庁刑事部捜査一課長 警視正

植木範和  警視庁組織犯罪対策部組対五課の警部補
佐古充之  高井戸署刑事組織犯罪対策課の巡査部長

上山章宏  警視庁総務部情報管理課運用第三係係長
國見健次  警視庁総務部情報管理課運用第三係統括主任の警部補
阿川喜久雄 巡査部長

 

本書は三部構成になっています。第一部、第二部でそれぞれに事件が起き、行き詰まりの様相を見せてきたところで突如新たな情報がもたらされ、犯人の逮捕に結びつきます。

そして第三部で、第一部、第二部で突然もたらされた犯人逮捕に結びつく情報の出所に疑問を抱いた、今では第二部で起きた「新木場の爆弾事件」の捜査本部の管理官となっている本宮夏生が中心となって話は進みます。

 

ただ、本書『背中の蜘蛛』では三部構成になっているためか、少々登場人物の把握に時間を取られました。

そもそも、誉田哲也の小説では物語の視点の変更が頻繁に起こります。特に追う側、多くは警察官と、悲惨な過去を持つ犯人側とで視点が変わることが多いようです。

そのことが誉田哲也の文体の特徴を決定づけるとともに、登場人物の視点で語られることによる主観描写がうまいため、読者が感情移入しやすいという利点があるように思えます。

 

ところが、本書『背中の蜘蛛』の場合、視点の主を見失うことが少なからずありました。

それは、一つには第三部に入り登場人物が増えたことにあると思います。

警察関係では公安警察と架空の部署である運用第三係とが新規に登場し、当然、登場人物も増えます。

加えて、前原幹子涼太姉弟と涼太が拾ってきた正体不明の男も増え、それぞれに重要な役割を担っています。

そして第一部は本宮の、第二部は植木の視点で語られ、第三部は本宮と運用第三係係長の上山章宏、そして正体不明の男という三人の視座が入れ替わるために若干の混乱を招いたのだと思われます。

とはいえ、この点はちょっと注意すればすぐに慣れる事柄ではあります。

 

本書の一番の特徴と言えば、先に述べた「社会性」ということでしょう。つまりは、情報化社会における警察の情報収集のあり方です。

ひと昔前に問題になった事件として、公安警察による日本共産党幹部の盗聴事件がありました。警察の組織的な関与が疑われた盗聴事件として大問題になりました(ウィキペディア : 参照)。

世界的に見るとアメリカで起きたスノーデン事件があります。そこでばらされたCIAなどによるネット上に飛び交う情報の監視についての話は、それまで小説や映画の中ではあったものの、現実にある話として世界中の話題になったものです。

なお、この事件は映画化もされています。

 

 

本書『背中の蜘蛛』で提起されている情報収集、プライバシーの保護という問題は、単にインターネト社会での個人情報の保護という問題にとどまりません。

それは、国家というもののあり方にまで及ぶ論点であり、われわれ個々人があらためて考えていかなければならないテーマだと思われます。

ちなみに、本書にも登場する「捜査支援分析センター(略称 SSBC)」は実在の機関です(ウィキペディア : 参照)。

インビジブルレイン

姫川班が捜査に加わったチンピラ惨殺事件。暴力団同士の抗争も視野に入れて捜査が進む中、「犯人は柳井健斗」というタレ込みが入る。ところが、上層部から奇妙な指示が下った。捜査線上に柳井の名が浮かんでも、決して追及してはならない、というのだ。隠蔽されようとする真実―。警察組織の壁に玲子はどう立ち向かうのか?シリーズ中もっとも切なく熱い結末。

 

「姫川玲子シリーズ」の四作目となる、長編の警察小説です。

 

やはり誉田哲也という作家の作品ははずれがなく、とくに本「姫川玲子シリーズ」に属する作品は読みごたえがあると感じた作品でした。

ただ、本作はシリーズの中でも姫川の女の部分が強調された異色の作品となっているため、好みでないという評価を下す人が多いかもしれません。

そしてもう一点、本書は姫川班として活躍してきた姫川玲子の活躍の場が変更するという点でも特異な位置を占める作品と言えます。

 

暴力団大和会系の下部組織に属するチンピラが刺殺されるという事件がおきます。捜査本部には暴力団担当の組織犯罪対策部第四課も加わり、姫川玲子も暴力犯担当の下井警部補と組むことになります。

ただ組対四課が自分のところで犯人を挙げると張り切っていて、彼らの主導によって本事案は暴力団抗争に絡んだ事件との見方が主力になります。

ところが、柳井健斗という男が犯人だとのタレコミがあり、警察の上層部からは柳井健斗には触らないようにとのお達しが出されるのです。

柳井健斗とはかつて警察不祥事に絡んだことのある名前であり、あらためて警察の不祥事を明るみに出すことはないとの判断が働いたのです。

しかし、姫川がその命令に従うはずもなく、相方の下井警部補の影の協力もあり、単独での捜査に走るのでした。

 

その単独捜査の過程で知り合うことになったのが極清会の会長であり、大和会の系列組織である石堂組の若頭補佐でもある牧田勲という男です。

この男と姫川玲子との関係が本書の一番の見どころということになるのでしょうか。

 

個人的には、このシリーズの一番の魅力は登場人物たちの個性がぶつかり合う絡みの場面だと思っているのですが、本書もまたその例に漏れません。

確かに見せ場である姫川と牧田とのからみも気になるところであるのは間違いありません。

しかし、個人的にはそれよりも姫川の相方である下井と姫川との会話や、姫川の上司である捜査一課十係長の今泉春男警部や、捜査一課課長の和田徹警視正と姫川との関係の方がが気になるのです。

さらにガンテツをも巻き込んだ捜査一課の上層部の人間関係と、さらにその上の長岡刑事部長らとの関係が目が離せません。

同時に、彼らの関係、その行動の描き方に魅せられるのです。

 

当然のことではありますが、本書で描かれる事件の発端となったチンピラの殺人事件の捜査の様子それ自体も勿論よく描かれています。

その事件に隠された真実が柳井健斗や牧田を動かし、そのことによって姫川ら警察が動き、その中での人間ドラマの描き方が私の好みと見事に一致するのです。

このように、本書はエンターテインメント小説としての面白さを見事に体現しているシリーズであり、その中の一冊であることをしっかりと思い知らされる構成になっています。

そして先に述べたように、本書で描かれている事件のゆえに姫川の警察官としての人生は新たな展開を見せる、という意味でも重要な一冊だと言えます。

 

ちなみに、本書は映画化もされています。

姫川を演じているのはもちろん竹内結子であり、牧田勲を大沢たかおが演じています。

原作である本書とは若干ストーリーが異なるようで、また姫川と牧田との恋模様に重きが置かれている気もしますが、それでもなお本書の雰囲気を色濃く残している作品だと思います。

また、2019年にリメイクされたテレビドラマ「ストロベリーナイト・サーガ」においてもその第七話と第八話でドラマ化されているそうです。

 

 

シンメトリー

百人を超える死者を出した列車事故。原因は、踏切内に進入した飲酒運転の車だった。危険運転致死傷罪はまだなく、運転していた男の刑期はたったの五年。目の前で死んでいった顔見知りの女子高生、失った自分の右腕。元駅員は復讐を心に誓うが…(表題作)。ほか、警視庁捜査一課刑事・姫川玲子の魅力が横溢する七編を収録。警察小説No.1ヒットシリーズ第三弾。 (「BOOK」データベースより)

 

誉田哲也の人気シリーズ『姫川玲子シリーズ』の第三弾となるシリーズ初の短編推理小説集です。

 


 

東京
六年前に世話になっていた先輩刑事の木暮利充の思い出、という形式で当時の姫川玲子の様子が語られます。それはとある都立高校で起きた女子高校生の変死事件でした。

過ぎた正義
玲子は観察医の国奥定之助から、自然死ではないが他殺でもない状態で死に至っている事件の話を聞かされます。「女子高生監禁殺害」と「強姦殺人」と、同じように世間を騒がせたのに心神喪失や未成年を理由に法が裁き損ねた事件だというのです。

右では殴らない
違法薬物により引き起こされ可能性がある劇症肝炎での死者が相次いで発生します。捜査線上に浮かんできたのは十七歳の女子高校生の美樹という女の子でした。

シンメトリー
JRの駅員である徳山和孝の視点で語られる、飲酒運転の車によって引き起こされた、女子高生の小川実春が死に、自分も右腕を喪うことになった列車事故の顛末です。

左から見た場合
超能力者と言わんばかりの切れ味を見せるマジシャンが殺されます。傍らには「045666」と入力された携帯電話が見つかり、玲子は相方の相良と共に携帯に登録されていた人物らを捜査するのでした。

悪しき実
赤羽二丁目のマンションの部屋で男が死んでいる、と通報をして三十八歳のホステス春川美津代が消えます。すぐに発見され玲子が聴取すると、春川は自分が殺したと言うのです。ただ、遺体は右半身だけ死後硬直が遅れていて、その理由がわかりませんでした。

手紙
玲子は、入庁四年目の巡査部長昇任試験に合格してすぐの、玲子の庇護者ともいうべき今泉係長との出会いの事件で逮捕し出所した犯人から手紙を貰います。その事件について、湯田に語り聞かせるのでした。

 

姫川玲子シリーズでも短編小説となると、登場人物のキャラクターと彼らの織りなすストーリー展開の面白さで読ませるというよりも、事件に関連した警察官や犯人などの「人間」という存在自体の在りように重点が置かれているような気がします。

例えば、第一話「東京」では木暮利充という玲子の先輩刑事の存在が一人の女子高生の死を止めますし、最後の「手紙」という話では、犯罪とそれに対する罰について、犯人が罰を受け入れる条件についての人の「赦し」についての玲子の考察が語られます。

警官という姫川玲子の職業にまつわる犯罪行為やそれに対する罰などについて、時代劇での人情小説にも似た人の心の移ろいを繊細に描き出してあります。

それと合わせてまた、第三話の「右では殴らない」のような姫川玲子シリーズという物語に特徴的な玲子の小気味よさが光る話もあります。

何事にも反発しかないハイティーンの女子高校生に対する大人の意見を正面から叩きつける玲子の啖呵は、作者の若者に対する意見そのままでしょうか。実に気持ちのいい場面でした

 

本書の解説をフリーライター/編集者の友清哲という人が書いておられます。

そこでは、誉田哲也の作品は「リーダビリティ」、つまりは読み手の心を牽引する力が高く、とりわけ姫川玲子シリーズの支持層が広いと書いてありました。

その上で、突出したリーダビリティを演出するために、誉田氏はいったいどのようなテクニックを用いているかを誉田氏本人に聞いたそうです。

その返事は実に明快で、「比喩表現に凝り過ぎないこと」「一つ一つの文章を短めにすること」「キャラクターの緊迫感や焦りを、そのままのスピードで伝える配慮をすること」という三点を解説いただいたそうです。

その上で「最高の一冊を書こうとは思っていない」と言われたそうで、どんな状態でも常に安打を打てる書き手でありたいとの言葉が心に残った、とありました。

誉田哲也作品を読むと、自分はこの作家のどこに惹かれているのかをいつも考えていたのですが、上記の三点を読んで腑に落ちました。

 

ちなみに、この解説では本書の目次がきれいなシンメトリーになっていることも指摘してありました。そうしたことに全く気付かない私もどうかと思う指摘でした。

 

私もその支持層の一員であり、誉田作品に魅せられている一人です。

ソウルケイジ

多摩川土手に放置された車両から、血塗れの左手首が発見された!近くの工務店のガレージが血の海になっており、手首は工務店の主人のものと判明。死体なき殺人事件として捜査が開始された。遺体はどこに?なぜ手首だけが残されていたのか?姫川玲子ら捜査一課の刑事たちが捜査を進める中、驚くべき事実が次々と浮かび上がる―。シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

『姫川玲子シリーズ』第二弾の長編推理小説です。

 

今回の作品は誉田哲也の作品にしては静かな作品でした。変な書き方ですが、警察小説としては王道の地道な捜査模様が文庫本で430頁を超えるボリュームで描かれています。

誉田哲也の作品としてはそれだけおとなしい物語だということです。強烈な暴力の場面も人体の解体場面も出てきません。ただひたすらに事件の解明へと向かう玲子らの姿が描かれています。

ただ一個所だけ手首を切り落とす場面がありますが、それもほかの作者の作品でも少々刺激的な場面としてありうる程度のものです。

 

そうしたバイオレンス場面の代わりに、玲子らの地道な捜査の過程が描かれているのです。

ただ、姫川玲子自身の捜査状況と、玲子がライバルと目している警視庁捜査一課日下班の班長である日下守警部補の捜査状況とを描くことで地道な捜査に変化をつけ、さらに、この二人の捜査方法を両立させることで物語に幅を持たせています。

その上で、玲子が苦手とし、何かと反目していると思っている日下との緊張関係を演出することで、事件の捜査に加え、この二人の関係性という観点を持ち込んで物語を興味深いものとしていると思えます。

 

そしてもう一点。何故か今回も玲子と組むことになった井岡博満との漫才のような掛け合いが非常にコミカルに描写され、それがなかなかに効いています。

何かと暗くなりがちな物語の進行ですが、そこに井岡という存在があり、井岡が場を読まない台詞を発することに対し、玲子が強烈な一発を返すことでその場面の空気感を一気に和ませてくれます。

この井岡に関しては、テレビドラマや映画で井岡役を演じた生瀬勝久という役者さんが演技も上手く、またあまりにもイメージがピタリと合っているので、読んでいていつも彼の顔が浮かんでいました。

そして、そのことが邪魔にならず、物語の世界に没入する手助けをしてくれるのです。

その他に、玲子と菊田との恋の駆け引きとまではいかない、恋心の芽生えのときのような会話の妙などもまた物語作家としての誉田哲也のうまさを感じさせてくれます。

 

本書でももちろんと言っていいものか、誉田哲也タッチともいうべき視点の転換が駆使されています。

三島耕介という青年の視点や、高岡賢一という男の視点が事件とどのように関わってくるものなのか、最後まで読者の関心を引き付けて離しません。

 

最後に、本書『ソウルケイジ』というタイトルの意味について、フリーランスライターのタカザワケンジという人物が「解説」において、スティングの「The Soul Cages」というアルバムについて書いておられます。

「父性」という言葉がそのカギになっていると書いておられるのですが、一度聞いてみたいものです。

ストロベリーナイト

溜め池近くの植え込みから、ビニールシートに包まれた男の惨殺死体が発見された。警視庁捜査一課の警部補・姫川玲子は、これが単独の殺人事件で終わらないことに気づく。捜査で浮上した謎の言葉「ストロベリーナイト」が意味するものは?クセ者揃いの刑事たちとともに悪戦苦闘の末、辿り着いたのは、あまりにも衝撃的な事実だった。人気シリーズ、待望の文庫化始動。(「BOOK」データベースより)

 

誉田哲也の人気シリーズ『姫川玲子シリーズ』の第一弾の長編推理小説です。

ジウサーガ』を全巻読み直し、更に『姫川玲子シリーズ』も再読しようと、ふたたび読み始めたところです。

 

 

物語のあらすじ自体は上記の『「BOOK」データベース』のとおりですが、本書の面白さは『姫川玲子シリーズ』の項で書いたように、第一にキャラクターの造形にあると思います。

そうしたキャラたちの軽妙な、それでいてポイントを押さえた会話があって、第二の面白さの理由である魅力的なストーリーが展開されるのです。

ただ、誉田哲也の作品ですからグロテスクな描写は避けては通れません。

本書も冒頭から糞尿絡みの殺人の場面が展開されます。その後に姫川玲子が登場します。

 

監察医の國奥と死体を焼く話をしながら食事をしているところに今泉十係長警部から殺人事件の電話がかかります。

葛飾区はずれの水元公園近くの現場に行き、地取り捜査のための割り当てをすると何故かそこには会えば姫川玲子を口説きにかかる井岡巡査長刑事がいて、この男と組むことになるのでした。

捜査が続く中再度殺人事件の現場へとやってきた玲子は、死体がこの場所に遺棄された理由や死体腹部の切創の理由が分かったと言い始め、事件は連続殺人へと移行します。

 

玲子は高校生の頃レイプにあった過去を持ち、そのトラウマに今でも苦しんでいます。その事件で立ち直るきっかけになったのが佐田という婦警さんの存在でした。

その婦警さんが殉職した際の殺害犯人の裁判で高校生の玲子が陳述する場面は本書での一つの山場でもあります。そして、玲子が警察官になったのもこの佐田婦警がいたからでした。

その後の玲子は若くして警部補試験に通り、今泉の引きもあって捜査一課十係の姫川班班長として四人の部下を持つまでになったのです。

 

姫川の暴走に近い捜査は華々しい結果をもたらしてくれますが、反面さまざまな軋轢も生みます。そうした手法を激しく非難するのがガンテツこと勝俣健作警部補でした。

「一課内公安」とも呼ばれるガンテツですが、ガンテツなりに玲子の手腕を認めてもいます。しかし、裏付けのない感覚に頼る捜査の危うさを気にかけていたのです。

 

そうした玲子の視点で描かれる捜査とは別に第三章までの冒頭に、後にエフと呼ばれることになる人物の視点での話が挿入されています。この人物が後に玲子の捜査と交錯してくるのです。

物語は浮かび上がってきた「ストロベリーナイト」という言葉を中心に、途中では大きな悲劇などを挟み、進んでいきます。

物語の進行の過程では再びグロテスクな場面などが挟まれ、エンディングへとなだれ込むのですが、まさにエンターテインメント小説としての面白さが詰め込まれた小説と言えると思います。

 

玲子の活躍とガンテツの策動などによって次第に明らかになる「ストロベリーナイト」という言葉の持つ意味、そのおぞましさなど、エンターテイメント小説としてのエッセンスが詰まった物語になっています。

特異な位置を占める警察小説としてこれからも続いていくことを願います。

 

ちなみに本シリーズは竹内結子を主演とし、菊田和男役西島秀俊、ガンテツ役として武田鉄矢などの豪華な配役でテレビドラマ化及び映画化もされており、共に好評を博しています。

本書を原作としてのテレビドラマ化としては2010年11月13日に『土曜プレミアム』特別企画として放映された『ストロベリーナイト』があり、その後姫川玲子シリーズの他の作品を原作としてドラマ化されています。

その後に同じく竹内結子主演で『ストロベリーナイト』というタイトルでの映画化がされていますが、その内容は『インビジブルレイン』を原作として作成されている作品です。

 

 

その後、2019年4月から二階堂ふみと亀梨和也とのW主演で再び『ストロベリーナイト・サーガ』というタイトルでテレビドラマ化されましたが、以前の竹内結子、西島秀俊のイメージが強く、なかなか視聴率には結び付きにくかったという話を聞きました。

 

ハング

警視庁捜査一課の堀田班は、宝飾店オーナー殺人事件の容疑者を自供により逮捕。だが公判では自白強要があったと証言され、翌日、班の刑事の一人が首を吊った姿で見つかる。そしてさらなる死の連鎖が…。刑事たちは巨大な闇から仲間を、愛する人を守ることができるのか。誉田作品史上もっともハードな警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

本書はジウサーガの冒頭を飾る「ジウ三部作」および『国境事変』に続く第五巻目となる長編の警察小説です。

そして本書『ハング』に続いて『歌舞伎町セブンシリーズ』へと入っていくことになりますが、『国境事変』と本書『ハング』はジウサーガの中でもスピンオフ的な位置を占めるといえるでしょう。

 

特捜一係の「堀田班」がやっととることができた休暇の一日、薄曇りの中海で過ごす仲間の姿が描かれる「序章」からこの物語は始まります。

警察小説の書き出しにしては非常に珍しい幕開けですが、そこは本書の展開が暗く切ない展開になることの暗示というべき明るさです。青春小説を書かせても第一人者である作者の腕の見せ所でもあります。

その後、第一章の始まりでは、総理すらもその手の中で転がすことが可能な政界の大物の会話の場面へと移り、彼らの手の中で翻弄されるであろう現場の刑事たちの行く末が示されます。

警視庁刑事部捜査第一課の遊軍である第五強行犯捜査特別捜査第一係「堀田班」は、堀田次郎警部補を主任とし、植草利巳、津原英太、小沢駿介、大河内守という四人の巡査部長から構成されています。

この堀田班に迷宮入りした殺人事件の再捜査が命じられます。犯人と目される男の自供を得たものの、突然、堀田班のメンバーに異動の辞令が出、仲間はバラバラになるのでした。

 

本書の主人公といえば津原英太ということになると思います。

じつは、この人物は本書『ハング』に続く『歌舞伎町セブン』に正体不明の殺し屋ジロウとして再び登場してきます。このジロウの得意技として本書の殺し屋馳卓が使う吊るしの技を引き継いでいるのです。

最初に本書を読み終えた時点ではこの津原英太がジロウになったのだとは全くわかりませんでした。この津原英太、そして伊崎基子がそれぞれにジロウとミサキとして「歌舞伎町セブン」のメンバーとして復活することは『歌舞伎町セブン』の当初から決めていたという作者の言葉がありました(ダ・ヴィンチニュース : 参照)。

この事実が明確になったのは、『歌舞伎町セブン』に続く『歌舞伎町ダムド』においてです。ジウにあこがれる殺し屋の「ダムド」に絡む物語ですが、その中でジロウとミサキの背景が明らかにされています。

 

本書『ハング』に戻りますが、命じられた再捜査の過程において、堀田班のメンバー個々人の警察官としての未来は絶たれ、命すらも奪われてしまうに至ります。

生き残った者には怒りしか残されてはおらず、その矛先はこの事件を仕掛けた真の人間に対し向けられます。

 

直接的には顔を焼かれた男、すなわち殺し屋の馳を直接の犯人として追い、その上で馳の背後にいる真の敵に対して戦いを挑む一人の男の姿が描かれていくことになるのですが、そこにあるのは切なさです。

本書冒頭の底抜けの明るさからの落差が、いま生き残った男の悲痛な状況を際立たせ、そこに班長だった堀田のあたたかさが迫ります。

「ジウ三部作」から「歌舞伎町セブン」の物語への橋渡し的なこの物語ですが、その暗さにもかかわらず、『歌舞伎町セブン』から始まる新たな物語の序章として実に読み応えのある作品として仕上がっています。

 

今回、あらためて「ジウ三部作」からジウサーガを読み直してみて、当初は感じなかった大きな物語の流れの中に位置づけられるそれぞれの話、という印象を抱きました。

まだ再読の途中ではありますが、個々の小説が持つ意味が少し変化し、物語の世界が大きく広がっていることに気が付き、物語の舞台背景などが大きく意味を持ってきたりと変化しているのです。

読み手の意識次第で物語から受ける印象もかくも変わるものだと、印象付けられる体験でもありました。やはり誉田哲也の小説は面白い。