オムニバス

本書『オムニバス』は、『姫川玲子シリーズ』の第十弾となる、新刊書で344頁の短編小説集です。

姫川玲子と現在の姫川班の面々との視点が入れ代わり、姫川玲子という女性の人間像を浮かび上がらせている作品です。

 

オムニバス』の簡単なあらすじ

 

警視庁刑事部捜査一課殺人班捜査第十一係姫川班の刑事たち、総登場! 捜査は続く。人の悪意はなくらない。激務の中、事件に挑む玲子の集中力と行動が、被疑者を特定し、読む者の感動を呼ぶ。刑事たちの個性豊かな横顔も楽しい、超人気シリーズ最第10弾!(「BOOK」データベースより)

 

それが嫌なら無人島
女子学生の長井祐子が殺されたが、犯人と目された大村敏彦は別件で本所警察署に留置されていた。その件では不起訴となって捜査本部が設置されている葛飾署に送致されてきたが、ガンテツが本所署での大村の件には触るなと言ってきたのが気になることだった。

六法全書
隣人の西松明子が唐沢由紀夫の縊死死体を発見との通報があり、同人宅の床下から女性の腐乱死体が発見された。姫川班の中松信哉は五日市署の今西エリカ巡査長と組んで地取りを担当する。しかし、姫川主任は、この腐乱死体は唐沢由紀夫の母親ではないかと言い出すのだった。

正しいストーカー殺人
丸川伊織という女性が、付きまとっていた浅野竣治というの男を誤って突き落とし殺してしまった事件が、捜査本部が設置されて三日で解決した。しかし、被害者の浅野は岐阜県関町に居住していて、なぜわざわざ東京の丸川にストーカー行為をしたのかなど、何もわかっていなかった。

赤い靴
姫川班の日野利美は、B在庁で家にいるところを姫川に呼び出された。滝野川署での取調べを頼まれたらしい。ケイコと名乗る女性が同棲していた莨谷俊幸を刺し殺したと言ってきたという。しかし死体は窒息死に見えるし、ケイコはその名を名乗った以外何も答えようとはしないのだった。

青い腕
自称ケイコの事件は一応の解決は見たものの、ケイコの本名など身元に関することは何もわかってはいなかった。要するに、事件はまだ終わっていないのだ。姫川と日野は、被害者の莨谷俊幸のパソコンの中に保存されていた小説を分担して読み始めるのだった。

根腐れ
たまたま姫川と姫川班の小幡の二人だけが部屋にいたとき、今泉と現在は麻布署の組織犯罪対策課暴力犯捜査係にいる下井正文警部補とがやってきた。覚醒剤を所持していると自首してきて逮捕され、現在東京湾岸警察署におかれている小谷真莉子の取り調べを頼むと言ってきたのだ。

それって読唇術
姫川玲子は、東京地検公判部の武見諒太検事ととあるバーで会い、とりとめもない会話を交わしていた。

 

オムニバス』の感想

 

本書『オムニバス』は、『姫川玲子シリーズ』の待ちに待った新刊だったのですが、だからなのか印象が期待したものとは微妙に異なる作品でした。

もちろん、面白い作品であることに間違いはありません。このシリーズ独特の魅力、姫川玲子やそのほかの登場人物達のそれぞれの独特の個性は健在です。

本書の構成としては、再び一緒になった菊田和男以外の、現在の新たな姫川班のメンバー中松信哉日野利美小幡浩一の三人の視点で語られる短編と、姫川の視点での四編と、合わせて七編の短編からなっています。

つまり、新たな三人と姫川玲子とを交代に視点の主として設定し、彼らに姫川玲子という人間を再認識させることで姫川という人物像をより明確にしているのです。

 

ただ、本書の前に出版されていた短編小説集の『インデックス』は、シリーズの隙間を埋めながら、姫川玲子という人物を立体的に浮かび上がらせる役割を果たしていた作品でした。

 

 

しかし、本書『オムニバス』は各短編がシリーズの中に有機的に組み込まれているというよりも、シリーズ本体とは独立した物語として捉えられます。

本書では、各話で語られる事件そのものにはこのシリーズらしい新しい仕掛けや驚きなどはなく、この本のために単純な事件を設けたという印象に終わっています。

つまり、ガンテツから危ういと注意されたり、日下から傷つく人間が出そうで危険だと心配される、いわば勘に頼る捜査方法により事件を解決する姫川の姿を描き出してはいるものの、事件自体の意外性などの娯楽性は今回はないのです。

でも、中松信哉が死体の“鮮度”と表現する姫川という人間特有の死生観を見たり、日野利美が姫川のプライドの高さや印象や直観を重視する傾向を見たりする場面は面白く読みました。

 

また、最初の「それが嫌なら無人島」という話は、このシリーズ前巻の『ノーマンズランド』で姫川が担当していた事件の解決編でした。

読んでいる途中ではガンテツが妙に意味深な言葉を発したわりにはその言葉について何の手当もないので不思議に思っていたのですが、読後に本書について調べていた時にそのことが分かり、納得しました。

この『ノーマンズランド』では話が大きく広がったのですが、この物語で問題になった件については一応の決着はついたものの、本来の姫川が抱えていた事件は未解決だったのです。

この点については他の話とは異なる色を持っていたことになりますが、短編小説としては他の話と並列です。

 

 

もう一点、本書の最後の「それって読唇術」という話は、前作の『ノーマンズランド』で登場してきた武見諒太検事との話で二人の関係を占うような話になってはいるものの、それよりも気になる情報が開かれていました。

それが、姫川班に新しい人物が配属されるという話です。

その人物が、誉田哲也の他の作品に登場する人物だというのですから、どのような活躍を見せてくれるものか、非常に楽しみです。

 

また、『ノーマンズランド』で広がった話はさらに続く筈です。

警察小説の範囲内での新しい描写を見せてくれるのか、それとも単なる警察小説を越えた展開になるのか、楽しみに待ちたいと思います。

ブルーマーダー

本書『ブルーマーダー』は、『姫川玲子シリーズ』の第六弾となる、文庫本で470頁余りの長さの長編の警察小説です。

「ブルーマーダー」とは連続殺人鬼のことであり、本書は彼の生き方を中心としたサスペンス小説として仕上がっていますが、あい変わらずにテンポのいい物語です。

 

池袋の繁華街。雑居ビルの空き室で、全身二十カ所近くを骨折した暴力団組長の死体が見つかった。さらに半グレ集団のOBと不良中国人が同じ手口で殺害される。池袋署の形事・姫川玲子は、裏社会を恐怖で支配する怪物の存在に気づく―。圧倒的な戦闘力で夜の街を震撼させる連続殺人鬼の正体とその目的とは?超弩級のスリルと興奮!大ヒットシリーズ第六弾。(「BOOK」データベースより)

 

本書もまた誉田哲也作品の一つの特徴である複数の視点からなる物語です。

物語の中心にいるのが「ブルーマーダー」であり、彼が何故に凄惨としか言いようのない殺し方で暴力団組長や半グレ、不良中国人などを殺しているのかが語られていきます。

とはいえ、その点を謎としたミステリーとしてではなく、「ブルーマーダー」と、彼を追う姫川たち警察官の追跡が、視点を変えながらサスペンスフルに描かれていきます。

 

視点の一つは現在は中野署刑事組織犯罪対策課・暴力犯捜査係担当係長にいる下井正文警部補の視点であり、元警察官である木野一政とのつながりなどが語られています。

次いで、二代目庭田組組長の河村丈治の殺害事件を担当する姫川玲子ら捜査本部の面々の様子があり、三番目の視点として岩渕時生という逃走犯を追う菊田和男の姿、最後にマサと呼ばれる男とマサの道具を作り手伝うおっさんの姿があります。

これらの四つの視点が交互に語られながら物語は進みます。

 

本書は、シリーズとして見ると、第四作目の『インビジブルレイン』でバラバラになった姫川班のその後の姿が描かれていることになります。

姫川玲子は池袋署刑事課強行犯捜査係担当係長になっており、菊田和男は千住署刑事組織犯罪対策課組織犯罪係に配属されているのです。

また、本書の視点の一つにもなっている下井正文警部補は、『インビジブルレイン』で姫川の相棒として登場しています。

その他の大きな変化としては菊田が結婚していることが挙げられます。奥さんの名前は「梓」といい、新婚の二人の様子も少しではありますが描いてあります。

ちなみに、この菊田梓は誉田哲也の『もう聞こえない』という本『姫川玲子シリーズ』外の作品で竹脇警部補の相棒として重要な役目を果たす存在として登場しています。

そこでは本シリーズの菊田和男の妻と明言はしてありませんが、多分そうだろうと思えるのです。

 

 

ついでに言うと、前巻のシリーズ第五巻『感染遊戯 』は本シリーズのスピンオフ作品であり、シリーズ内での時系列上の位置は不明ですが、第三話の「沈黙怨嗟 / サイレントマーダー」において、『インビジブルレイン 』での姫川班解体後の葉山則之が登場しています。

 

話を元に戻すと、本書ではブルーマーダーという殺人鬼が社会の闇に住む暴力団組長や半グレ集団のメンバーなどを残虐な方法で殺していきます。

ブルーマーダーとは何者なのか、という疑問と共に、彼は何故殺すのか、それも何故普通ではない殺し方をするのか、更には死体を処分することもあれば、放置し発見されるままにしていることもあるのは何故か。

そんないくつかの疑問が浮かんでくるのですが、先にも述べたようにその謎解きそのものは本書の主軸とは思えません。

本書で描かれているのは次にどのような展開になるのか、というサスペンス感満載の物語だと言えるでしょう。

このことは本書に限りません。つまりは、誉田哲也という作家の作品はストーリーが面白いのです。

もちろん仕掛けられた謎解きそのものにも大きな関心はありますが、ストーリーが第一義であって、謎自体はストーリー展開の要素にすぎないと思えるのです。

本書でもブルーマーダーという人物の派手な行為に隠された彼の、怒りや憎しみ、恨みなどの思いそのものが物語の中心にあって、そんな彼の思いを探る物語として成立していると言えるのです。

 

インビジブルレイン』でバラバラになった元姫川班ですが、姫川玲子自身は、本書『ブルーマーダー』続巻のシリーズ第七弾『インデックス』第四話「インデックス」で、池袋署刑事課強行犯捜査係との併任ではありますが、本部の刑事部捜査一課への異動の内示を受けることになります。

そこでは、本書の「ブルーマーダー」事件の事後処理をすることになります。ただ、本書でも冒頭と最後に登場するあの井岡博満も同じく併任配置となるのですが。

まだまだ目が離せないこの『姫川玲子シリーズ』です。続刊の刊行を心待ちにしたいと思います。

感染遊戯

本書『感染遊戯』は、誉田哲也の人気シリーズ『姫川玲子シリーズ』の第五弾となる連作の短編小説集です。

個々の物語は独立しているようでいて、全体として一つの物語として成立するという作者の仕掛けが見事にはまった一冊です。

 

会社役員刺殺事件を追う姫川玲子に、ガンテツこと勝俣警部補が十五年前の事件を語り始める。刺された会社役員は薬害を蔓延させた元厚生官僚で、その息子もかつて殺害されていたというのだ。さらに、元刑事の倉田と姫川の元部下・葉山が関わった事案も、被害者は官僚―。バラバラに見えた事件が一つに繋がるとき、戦慄の真相が立ち現れる!姫川玲子シリーズ最大の問題作。(「BOOK」データベースより)

 


 

感染遊戯 / インフェクションゲーム
未だ勝俣警部補が公安部に転出する前の刑事部にいた十五年前、世田谷区内で長塚淳という会社員が殺される事件が起きた。捜査を進める中、一人の老人が自分が殺したとして出頭してきた。しかし、後に大友慎治とわかった男は何も話そうとはしない。そして今、姫川は長塚利一という男が殺された事件を捜査していた。

連鎖誘導 / チェイントラップ
警視庁捜査一課九係の倉田修二警部補は、神奈川県警から息子の英樹が交際相手の女性の殺害容疑で逮捕されたとの連絡を受けた。息子との面会にも行かないまま、麻布十番路上殺傷事件の捜査本部に参加した倉田は、被害者のノンキャリアの男性からの協力を取り付けられないでいた。

沈黙怨嗟 / サイレントマーダー
今は北沢署刑事組織犯罪対策課強行班捜査係に配属されている葉山則之は、将棋仲間の老人同士の殴り合いの始末をつけることになった。当事者の一人である谷川正継は堀井辰夫が突然激高したという。葉山は堀井の激高の理由を探り出すが、そこには哀しみに満ちた事情があった。

推定有罪 / プロバブリィギルティ
勝俣は杉並署で官僚殺しの犯人の加納裕道の取り調べを行っていた。一方、警察を辞めていた倉田は自分がかかわった元官僚の松井の殺害事件も思い出していた。また、葉山はやはり加納裕道が犯した別の殺人事件の捜査本部に参加していた。そうして、すべてはある一点に収れんしていくのだった。
 

本書『感染遊戯』は『姫川玲子シリーズ』でありながら、姫川玲子は脇に退いており、いわばスピンオフ的な作品となっています。

つまり、三つの短編は姫川の天敵ガンテツこと勝俣健作警部補や、以前別の物語に顔を出していた元刑事の倉田修二、元姫川班だった若手刑事の葉山則之などをそれぞれに主人公として独立しています。

しかし、全ては最後の中編へとなだれ込み、全体として一編の物語として成立しているのです。

 

そして本書『感染遊戯』は、この国の官僚組織に対する告発として描かれていて、かなり社会性が強い作品となっています。

もちろん、本書はエンターテイメント小説ですから、ここで描かれている官僚たちは国民を見下し、私腹を肥やし、退職後の天下り先を確保することに汲々とする存在として描かれています。

彼ら官僚の国家のためにその身を賭して働く姿は無視されていて、諸悪の根源のような憎しみの対象として存在するとされているのです。

その点についての論評はさておき、本書のエンターテイメント小説としての面白さはさすが誉田哲也の作品であり、一気に読んでしまいました。

 

特にガンテツが前面に出て捜査を進めているのが小気味いい物語となっています。

いつもとは逆に、ガンテツの物語の中に姫川玲子が少しだけ登場し、ガンテツの心をかき乱す一言を残して去っていきます。

他では影の薄い存在である葉山も、今回は前面に躍り出て活躍する姿を見ることができるのです。

また、「連鎖誘導 / チェイントラップ」と「推定有罪 / プロバブリィギルティ」は、『姫川玲子シリーズ』の第二巻『シンメトリー』の第二話「過ぎた正義」に登場する倉田警部補が登場し、「過ぎた正義」と相まって一編の物語として成立している、という楽しみもあります。

その上、本書『感染遊戯』の面白さは本書全体に隠された仕掛けであり、最後の第四話に相当する「推定有罪 / プロバブリィギルティ」ですべてが一つの物語としてまとまっていくその構成にあります。

 

このような丁寧に張られた伏線が見事に回収されていく物語の小気味よさは長岡弘樹の『教場』といった多くのミステリー作品でよく見られるところです。

教場』は警察学校を舞台にした珍しい設定の全六編からなる連作の短編集で、評価の高いミステリーでもあります。

また伊坂幸太郎の『フーガはユーガ』は推理小説とは言えないでしょうが、SFチックな設定のもと「現実離れした 兄弟の 本当の物語」として楽しい小説でした。

 

 

ただ、この二冊共に本書『感染遊戯』とは伏線の貼られ方が少し異なるかもしれません。

上記の例えに挙げた二冊の作品は、個別の会話や出来事がクライマックスで別の意味を示すことになり、真相が明らかになるという仕掛けです。

それに対し本書『感染遊戯』の方は作品全体の構成の仕方自体が仕掛けの一部となっており、最終的にその仕掛けが働いて、先に語られた事柄の持つ意味そのものが別の様相を示すことになります。

そうした違いはありますが、共に張られた伏線の回収のされ方は見事という他なく、楽しく読んだ作品だったと言えます。

もう聞こえない

本書『もう聞こえない』は、誉田哲也作品にしては珍しい長編のダークファンタジー小説と言えると思います。

ファンタジーの世界で展開されるサスペンスは結構楽しく読めた作品でした。

 

一向にわからぬ被害者男性の身元、14年前の未解決殺人事件。ふたつの事件を繋げるのは、“他界した彼女”だった…。(「BOOK」データベースより)

 

冒頭に「誉田哲也作品にしては珍しい」作品だと書きましたが、それはあくまでファンタジックなタッチは珍しいという意味です。

もともとこの作者は『妖の華』や『アクセス』のようなホラー小説を出発点としている作者ですから、霊的なものに対する処理はお手の物なのでしょう。

 

 

110番に中西雪実という女性から、男性に怪我をさせてしまったとの連絡が入った。

その男は後に死亡し、高井戸署において中西雪実の聴取を行おうとする。しかし、泣いてばかりで話にならず、警視庁捜査一課の竹脇元(はじめ)警部補にその役目が回ってきた。

ところが、中西雪実は竹脇の聴取中に「女の人の声が聞こえるときがある」と言い出すのだった。

 

本書『もう聞こえない』は、誉田哲也お得意の多視点での物語であり、基本的に章の始めが竹脇警部補の事情聴取の様子、残りが「ゆったん」というあだ名の女の子の視点での物語となっており、各々の話が交互に語られます。

読み進める過程で発動した仕掛けに、してやられた感を抱いていると、さらに意外な展開が待ち受けています。

この作者らしい読者をミスリードにさそったり、意外性を持った展開など、サービス満点のエンターテイメント小説です。

例えば、竹脇と組まされた相棒は苗字を菊田という女性で、旦那も警察官である、などという設定もこの作者のお遊びの一つと言えるでしょう。

つまり、その旦那というのは誉田ファンであればだれでも知っている『姫川玲子シリーズ』の重要な登場人物である菊田和男ではないか、などと想像できるのです。

わき道にそれますが、『姫川玲子シリーズ』の『ブルーマーダー』に、菊田一男と港区高輪署に勤務している梓との新婚家庭の様子が描かれています。

 

 

何はともあれ、本書『もう聞こえない』では、何といっても、殺された「霊」が語りかけ、そのことによりこの物語が展開していくというのですから普通ではありません。

その上、『武士道シリーズ』のような青春小説にも定評がある誉田哲也の作品らしく、本書にもそのニュアンスが読み取れます。

まあ、こうした他ジャンルの雰囲気をも併せもった作品を書くというのは、本書に限らずこの作者の他の作品でも同様ではあります。

 

 

ここで「霊」を絡めた作品を見ると、「霊媒」を主人公とする作品として相沢沙呼の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』という作品があります。

この作品は、第20回本格ミステリ大賞を受賞し、「このミステリーがすごい!」2020年版国内篇と「本格ミステリ・ベスト10」2020年版国内ランキングで第一位をとり、さらに2020年本屋大賞と第41回吉川英治文学新人賞で候補作品となるほどに評価されました。

しかしながら、この作品は本格派の推理小説であり、私の好みとは少々異なる作品でもありました。でも、かなり読みごたえがあった作品であることは間違いありません。

 

 

更には梶尾真治にも『精霊探偵』という作品があるそうですが、残念ながら私はまだ読んでいません。人の背後霊が見える主人公が背後霊たちに力を借りながら人探しをするという話らしいのです。

 

 

話を元に戻すと、本書『もう聞こえない』は、直接的に「霊」そのものと話します。正確には「幽霊」ではなく「言霊」だそうですが、そこは本筋とは関係ないのでいいでしょう。

その「霊」は生きている人たちを見ることはできるものの、音を聞くことも物に触ることもできません。何とか主人公の女性に声を聴かせることはできるようです。

その状態で事件真相に向かって突き進もうとする物語で、なかなかに楽しく読むことができました。

妖の華

本書『妖の華』は、文庫本で459頁の、『妖シリーズ』の第一弾の長編のアクションホラー小説です。

シリーズ第二作の『妖の掟』で詳しく描かれることになる「三年前に起きた“大和会系組長連続殺害”」の後日譚ということになる物語です。

 

『妖の華』の簡単なあらすじ

 

ヒモのヨシキは、ヤクザの恋人に手を出して半殺しにあうところを、妖艶な女性に助られる。同じころ、池袋では獣牙の跡が残る、完全に失血した惨殺体が発見された。その手口は、3年前の暴力団組長連続殺人と酷似していた。事件に関わったとされる女の正体とは?「姫川」シリーズの原点ともなる伝奇小説が復刊。第2回ムー伝奇ノベルス大賞優秀賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

『妖の華』の感想

 

驚いたのは、本書『妖の華』が誉田哲也のデビュー作品だということです。

とてもこの作品が新人の手によるものだとは信じられません。それほどに物語としての面白さを既に持っているのです。

ただ、確かに現在の誉田哲也の作品の特徴ともいえる一人称での描写も明確ではないし、警察組織の描き方にしても丁寧さに欠けるきらいはあります。

しかし、文章のテンポは悪くないし、ストーリー展開もさまになっていて見事なものとしか思えません。

 

また、後に『姫川玲子シリーズ』の重要な登場人物の一人ともなる井岡博満刑事が重要な役割をもって登場してきたのには驚きました。

よく考えてみれば、本書が誉田哲也のデビュー作だというのですから、井岡の登場もこちらの方が先である筈なのですが、どうも『姫川玲子シリーズ』の方を先に読んでいたこともあり、妙な感じでした。

更にもう一人、監察医の國奥定之助も本書で既に登場しています。

 

 

誉田哲也という作家は、自身が書く物語を共通の世界で展開させることが少なからずあるため、そうした方策をとっているかとも思いましたが、世界観までは共通というわけではなさそうです。

つまり、本書を習作として警察小説を書くことの面白さを知り、『姫川玲子シリーズ』を書くことになると書いてありました。

従って、本書『妖の華』でキャラクターを作り面白いと感じた井岡を『姫川玲子シリーズ』登場させたのだと思われます。それは國奥定之助にしても同じでしょう。

とにかく、本書『妖の華』はデビュー作とはとても思えない、エンターテイメント小説として禱文に面白さを備えた作品だと思います。

妖シリーズ

本『妖シリーズ』は、誉田哲也お得意のエロスとバイオレンス満載のエンターテイメント小説です。

本シリーズの特徴を挙げるとすれば、まず挙げるべきは主人公が人間ではないということでしょう。つまり、主人公は四百年という年を経た吸血鬼です。

 

妖シリーズ(2020年09月23日現在)

  1. 妖の華
  2. 妖の掟
  1. 妖の絆
  2. 妖の旅
  1. 妖の群

 

『妖シリーズ』の各巻タイトルは、「小説丸」での誉田哲也インタビュー記事にあった作者の言葉から拾い出したものです。

ですから、第三巻以降は作者誉田哲也の出版予定ということになります。

 

そもそも本『妖シリーズ』の第一巻は、第二回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞し、後に『妖の華』と改題された『ダークサイド・エンジェル 紅鈴 妖の華』というタイトルで2003年に刊行された作品です。

ムー伝奇ノベル大賞は学習研究社刊行の雑誌「ムー」が主催していましたが、第五回まで存続したそうです(以上『妖の華』文庫版 杉江松恋氏の「あとがき」から)。

この第一巻『妖の華』が、作者の誉田哲也のデビュー作だそうですから、才能ある人の作品は最初から見事なものだと感心せざるを得ません。

 

本『妖シリーズ』の主人公は紅鈴(べにすず)と言い、四百年も前に一人の吸血鬼から血分けを為され、不死の身になった女です。

この女が、身長は160センチに満たない、細身の女で長い黒髪に黒々と潤んだ瞳をした黒豹のような女で、体臭が妙に男をくすぐると表現されています。

このエロチックな女がソープで少しの間気絶させた客の男から血を飲んでいるのです。もちろん、ソープですからベッドシーン満載です。

さらに、暴力団とのトラブルを抱えていて、当然のことながらバイオレンス満載の展開となります。

 

本『妖シリーズ』の吸血鬼、紅鈴は西洋の吸血鬼とは異なる純粋の和物である「闇神(やがみ)」です。

ですから、十字架もニンニクも紅鈴たちには何の影響もなく、ただ、太陽の光、厳密には紫外線に当たると皮膚が焼け、ひどいと死に至ります。

また、単純に人間に噛みついて血を吸ったからといって、その相手が吸血鬼になるわけでもありません。被害者は血が吸い取られるだけで、献血と変わりないのです。

 

伝奇小説、と言えば私にとってまずは半村良です。その作品での吸血鬼の話と言えば『石の血脈』があります。

吸血鬼や狼男など世界各地に残る各種伝承を織り込みながら、人間の不死性への欲望を絡めて、とにかくスケールの大きなほら話をその筆力で一気に読ませている作品です。

それまでにも吉川英治の『鳴門秘帖』や国枝史郎の『神州纐纈城』などの作品はありました。

しかし、個人的には半村良の『石の血脈』や『産霊山秘録』などの作品が伝奇SF小説の魅力を教えてくれたと思っています。

 

 

その後、エロスとバイオレンスの伝奇小説となると、夢枕獏菊地秀行を避けては通れません。

夢枕獏には「サイコダイバーシリーズ」とも呼ばれる『魔獣狩りシリーズ』があります。

このシリーズは『魔獣狩りシリーズ』と『新・魔獣狩りシリーズ』と名を変えて続き、それが全体として「サイコダイバーシリーズ」となり祥伝社ノン・ノベル版で全二十五巻あります。

 

 

また、菊地秀行には異世界のクリーチャーと戦う、エロスとバイオレンス満開の作品である『バイオニック・ソルジャーシリーズ』などがあります。

 

 

本書『妖の掟』の主人公は、『全国妖怪事典』(千葉幹夫・編)という書物に書いてあった山姫という妖怪をヒントに作り上げたキャラクターだそうです( 小説丸 : 参照 )。

ここで「吸血鬼」と言えばブラムストーカーのトランシルバニアのドラキュラ伯爵が有名ですが、今ではスティーブン・キングの『呪われた町』の方が名が知られているかもしれません。

 

 

本来、本書の続編を書く予定はあったのだと作者は述べられています。

それが十七年後に『妖の掟』として結実し、さらにその後のシリーズの展開までも言及されています。

最終巻は一作目『妖の華』の後日談であり、近未来SFになるということなので、それまで楽しみに待ちたいと思います。

 

プラージュ

本書『プラージュ』は、訳あり者たちだけが住むシェアハウスを舞台にした、ミステリー色の強い長編小説です。

もしかしたら、人によっては誉田哲也の作品の中で一番だという人がいそうな、個人的にもそれに近い感想を持った作品でした。

 

仕事も恋愛も上手くいかない冴えないサラリーマンの貴生。気晴らしに出掛けた店で、勧められるままに覚醒剤を使用し、逮捕される。仕事も友達も住む場所も一瞬にして失った貴生が見つけたのは、「家賃5万円、掃除交代制、仕切りはカーテンのみ、ただし美味しい食事付き」のシェアハウスだった。だが、住人達はなんだか訳ありばかりのようで…。(「BOOK」データベースより)

 

本書の登場人物の一人の言葉として、『プラージュ』とは、フランス語で「海辺」という意味だとありました。そして「海と陸の境界。それは常に揺らいでいる。」という言葉が続いています。

店と客、客と店主、店と二階の居住空間が、「不安になるほど、ここには垣根というものがない。」というこの人物の感想は、本書のある主張を言い表している言葉でもあるようです。

 

冒頭で、本書『プラージュ』は、ミステリー色が強い小説だと書きましたが、それはミステリー小説と言い切るには若干のためらいがあったからです。

ミステリーと言えるほどの謎があり、その謎が読者の関心をより惹きつけていることはもちろんあります。

しかし、それは二次的なものであり、まずは罪を犯し、その罪を償ったものたちのこれまでの人生をたどり、そしてこれからの人生を見据える再生の物語だと思えます。

その物語が、妙に読者の心にささり、小さな感動を生んでいて、それがエンターテイメント小説としても、人間再生の話としても魅力を生んでいるのです。

 

人の再生の物語としては、例えばロバート・B・パーカーの『愛と名誉のために』に見られるような、強い人間を描いた作品は多く見られると思われます。

 

 

しかし本書『プラージュ』のように、前科を背負った人間の再生の話、それも、計画的なな行動を描くものではなく、現実に直面したときの不安や戸惑いという再生過程を描いた作品は知りません。

 

本書『プラージュ』では吉村貴生という人間が中心になっていて、一応は主人公と言っていいのかもしれません。

というのも、本書は誉田哲也お得意の多視点での構成されています。それも奇数番号の章は吉村貴生の視点で、それ以外は様々な登場人物の視点で語られています。

そして物語自体は、貴生を中心としながらも登場人物皆の将来に向けての人生再生の物語だと言えると思うのです。

 

シェアハウス「プラージュ」に住むことになる人間は何かしらの罪を犯し、それなりの償いをしている人間です。そして客として集う人間も何かしらの負い目を背負っています。

住人の一人である詩織の心象として、次のような心象を描写してあります。

自分は多くの人に支えられ、社会によって「生かされている」のだと感じる。そしてそのことが、単純に嬉しいのだ。

そう思うようになったのは、この「プラージュ」での生活の故かもしれません。もしかしたら、「プラージュ」オーナーの潤子の思いが伝わったのかもしれません。

それははっきりとは分かりませんが、ここに住まう人間の一人がそういう思いになっているのです。そういう思いを持たせてくれるのがシェアハウス「プラージュ」なのです。

 

この「プラージュ」に一人のジャーナリストが潜入し、ある事件の犯人と思われた人物の現在を追おうとします。

そこにとある事件が起き、クライマックスへとなだれ込んでいきます。

 

そのクライマックスで重要な役割を果たす、客の一人として登場するヒロシは次のような趣旨のことを言っています。

いま、前科がないのはただ単に生業を継いだとか、地元の先輩が面倒を見てくれたとか、単に運がよかったにすぎない

罪を犯すか否かは環境でもあり、それはまた「運」でもある、ということでしょうか。でも、だからこそ、同じような立場の自分たちも「仲間」を大切にしたい、とも言います。

これも、作者の「罪」というものに対する一つの答えでしょう。

 

ここでのヒロシたちの事件解決への参加が、この物語でちょっとした違和感を持った点でもあります。彼らはシェアハウス「プラージュ」の住人ではないからです。

しかし、エンタメ小説としては、ここでいう「仲間意識」などのつながりは読者をひきつける大切な要素でもあるとも思われ、そうしたエンタメ性の観点からも彼らの参加のために持ち出した言葉だとも思えます。

どちらにせよ、読み手としては読んでいて面白さが増すのは事実であり、結果として本書『プラージュ』のような作品ができ上ってくるのですから大歓迎でもあります。

 

ただ、ヒロシなどの「プラージュ」の客が物語の上でわりと重要な位置を占めているにもかかわらず、あまり人物像が深くは描かれていません。

一応前科は背負っていないために章を立てて取り上げるまでもないと判断されたのでしょうか。しかし、前科者になるか否かぎりぎりのところにいる彼らの代表としてもう少し掘り下げてもいい気もしました

ただ、そうなると「プラージュ」に住む住人の物語の意味が薄れる気もします。

 

ちなみに、2017年には本書『プラージュ』を原作とし 星野源を主人公として、WOWWOWでドラマ化もされています。

 

妖の掟

本書『妖の掟』は、『妖の華』に続く『妖シリーズ(?)』の第二巻目となる長編のアクション小説です。

誉田哲也の作品だけにエンターテイメント小説としてそれなりの読みごたえはあったように思いますが、近時の誉田作品の中では今一歩でしょうか。

 

盗聴器の仕掛けがバレてヤクザに袋叩きにあう圭一を気まぐれで助けたのは、坊主頭の欣治と人形と見紛う美貌の持ち主、紅鈴だった。圭一の部屋に転がり込んだ二人にはある秘密が― –このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。(「BOOK」データベースより)

 

本書『妖の掟』は、前作『妖の華』で過去にあったとされる「三年前に起きた“大和会系組長連続殺害”」という記述を物語化した作品で、誉田哲也お得意のエロスとバイオレンス満載のエンターテイメント小説です。

本書の主人公である紅鈴と紅鈴の相棒の欣治がその能力を発揮し三人の組長を殺す、そのための舞台設定をし、すでに刊行されている『妖の華』へとつなぎます。

つまりは私が読む順番を違えたためにこの前提がわからず、本書『妖の掟』では今一つ誉田哲也らしくなく物語の工夫があまり感じられずに、「近時の誉田作品の中では今一歩」と感じたものと思われます。

前巻を読んでみると前巻での組長殺しの状況をかなり詳しく書き込んであるために、本書での自由度が制限されていたためだとわかります。

 

本書『妖の掟』では、主人公紅鈴とその相方欣治とに仲間ができます。辰巳圭一という男で、紅鈴らはこの男の絡みで前述の三人の殺しに関わることになります。

この男は、紅鈴らが吸血鬼だと明かされても動じません。それどころか、吸血鬼が友達だと自慢できる、などというのです。

この愛すべきキャラクターの存在が物語に何となくの哀しみを漂わせています。

 

エロスとバイオレンスの伝奇小説となると『妖シリーズ』の項でも書きましたが、夢枕獏菊地秀行とが必須です。

夢枕獏には『魔獣狩りシリーズ』という作品が、菊地秀行には『バイオニック・ソルジャーシリーズ』などがあります。(下掲リンクは文庫版ですが、それぞれにKindle版もあります)

 

 

彼らの作品は人間対異形のものという図式がなり立ちそうで、ラヴクラフトの「太古の神々」にも通じる存在が敵役でした。

 

 

本書『妖の掟』では主人公本人がその異形のものにあたるとも言えそうです。つまりは吸血鬼です。

ただ、その“異形のもの”自体が主人公である点が異なり、そういう意味では映画化もされているアメリカンコミックの『ヘルボーイ』と共通するところがあります。

 

 

紅鈴らは、こうした西洋の悪魔などとは異なる和風吸血鬼である「闇神(やがみ)」と呼ばれる存在です。

身体能力は通常の人間が及ぶものではなく、本書でもその能力を生かして三人の組長の殺しを実行してしまいます。

 

ちなみに、前巻でもそうらしいのですが、本巻でも『姫川玲子シリーズ』の主要登場人物の一人である新宿署の井岡巡査部長がほんの少しだけ顔を見せます。

別のシリーズで独特の存在感を出している人物が別のシリーズに登場することは、何となくそのシリーズにも親しみを感じてしまうのですから不思議なものです。

ともあれ、本書『妖の掟』が誉田哲也の作品としてベストを選ぶ際に入るかと言われれば疑問ですが、本書は本書としてかなり面白い作品であることは間違いありません。

ただ、未読の前作『妖の華』を読み、また作者が断言している未だ書かれざる本書の続巻、少年だった欣治と紅鈴との出会いの話の『妖の絆』、いろいろな時代の紅鈴&欣治コンビの話の『妖の旅』、一作目の後日談となる近未来SFの『妖の群』を読んだ後では、また評価が変わるかもしれません。

 

ちなみに、前巻でもそうらしいのですが、本巻でも『姫川玲子シリーズ』の主要登場人物の一人である新宿署の井岡巡査部長がほんの少しだけ顔を見せます。

別のシリーズで独特の存在感を出している人物が別のシリーズに登場することは、何となくそのシリーズにも親しみを感じてしまうのですから不思議なものです。

ともあれ、本書『妖の掟』が誉田哲也の作品としてベストを選ぶ際に入るかと言われれば疑問ですが、本書は本書としてかなり面白い作品であることは間違いありません。

ただ、前作『妖の華』を読み、また作者が断言している未だ書かれざる本書の続巻、少年だった欣治と紅鈴との出会いの話の『妖の絆』、いろいろな時代の紅鈴&欣治コンビの話の『妖の旅』、一作目の後日談となる近未来SFの『妖の群』を読んだ後では、また評価が変わるかもしれません。

背中の蜘蛛

本書『背中の蜘蛛』は、現代の情報化社会の問題点をテーマにした長編の警察小説で、第162回直木賞の候補作となった作品です。

いつもの読者へのサービス満載の誉田哲也作品と比べると社会性の帯びかたが強いとは言えると思います。佐々木譲が書く作品ようなリアルな警察小説の雰囲気さえ感じたほどです。

しかし、やはり本書は誉田哲也の描くエンターテイメント作品としての警察小説であり、惹き込まれて読み終えました。

 

東京・池袋で男の刺殺体が発見された。捜査にあたる警視庁池袋署刑事課長の本宮はある日、捜査一課長から「あること」に端を発した捜査を頼まれる。それから約半年後―。東京・新木場で爆殺傷事件が発生。再び「あること」により容疑者が浮かぶが、捜査に携わる警視庁組織犯罪対策部の植木は、その唐突な容疑者の浮上に違和感を抱く。そしてもう一人、植木と同じように腑に落ちない思いを抱える警察官がいた。捜査一課の管理官になった本宮だった…。「あること」とは何なのか?池袋と新木場。二つの事件の真相を解き明かすとともに、今、この時代の警察捜査を濃密に描いた驚愕の警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

登場人物(警察関係)
本宮夏生  警視庁池袋署刑事課長 のち警視庁捜査一課管理官
上山章宏  公安部サイバー攻撃対策センター
小菅守靖  警視庁刑事部捜査一課長 警視正

植木範和  警視庁組織犯罪対策部組対五課の警部補
佐古充之  高井戸署刑事組織犯罪対策課の巡査部長

上山章宏  警視庁総務部情報管理課運用第三係係長
國見健次  警視庁総務部情報管理課運用第三係統括主任の警部補
阿川喜久雄 巡査部長

 

本書は三部構成になっています。第一部、第二部でそれぞれに事件が起き、行き詰まりの様相を見せてきたところで突如新たな情報がもたらされ、犯人の逮捕に結びつきます。

そして第三部で、第一部、第二部で突然もたらされた犯人逮捕に結びつく情報の出所に疑問を抱いた、今では第二部で起きた「新木場の爆弾事件」の捜査本部の管理官となっている本宮夏生が中心となって話は進みます。

 

ただ、本書『背中の蜘蛛』では三部構成になっているためか、少々登場人物の把握に時間を取られました。

そもそも、誉田哲也の小説では物語の視点の変更が頻繁に起こります。特に追う側、多くは警察官と、悲惨な過去を持つ犯人側とで視点が変わることが多いようです。

そのことが誉田哲也の文体の特徴を決定づけるとともに、登場人物の視点で語られることによる主観描写がうまいため、読者が感情移入しやすいという利点があるように思えます。

 

ところが、本書『背中の蜘蛛』の場合、視点の主を見失うことが少なからずありました。

それは、一つには第三部に入り登場人物が増えたことにあると思います。

警察関係では公安警察と架空の部署である運用第三係とが新規に登場し、当然、登場人物も増えます。

加えて、前原幹子涼太姉弟と涼太が拾ってきた正体不明の男も増え、それぞれに重要な役割を担っています。

そして第一部は本宮の、第二部は植木の視点で語られ、第三部は本宮と運用第三係係長の上山章宏、そして正体不明の男という三人の視座が入れ替わるために若干の混乱を招いたのだと思われます。

とはいえ、この点はちょっと注意すればすぐに慣れる事柄ではあります。

 

本書の一番の特徴と言えば、先に述べた「社会性」ということでしょう。つまりは、情報化社会における警察の情報収集のあり方です。

ひと昔前に問題になった事件として、公安警察による日本共産党幹部の盗聴事件がありました。警察の組織的な関与が疑われた盗聴事件として大問題になりました(ウィキペディア : 参照)。

世界的に見るとアメリカで起きたスノーデン事件があります。そこでばらされたCIAなどによるネット上に飛び交う情報の監視についての話は、それまで小説や映画の中ではあったものの、現実にある話として世界中の話題になったものです。

なお、この事件は映画化もされています。

 

 

本書『背中の蜘蛛』で提起されている情報収集、プライバシーの保護という問題は、単にインターネト社会での個人情報の保護という問題にとどまりません。

それは、国家というもののあり方にまで及ぶ論点であり、われわれ個々人があらためて考えていかなければならないテーマだと思われます。

ちなみに、本書にも登場する「捜査支援分析センター(略称 SSBC)」は実在の機関です(ウィキペディア : 参照)。

インビジブルレイン

本書『インビジブルレイン』は、『姫川玲子シリーズ』第四弾の500頁弱という長さの長編推理小説です。

もしかしたら、本シリーズのこれまでの作品では一番惹かれたと言えるかもしれない作品でした。

 

姫川班が捜査に加わったチンピラ惨殺事件。暴力団同士の抗争も視野に入れて捜査が進む中、「犯人は柳井健斗」というタレ込みが入る。ところが、上層部から奇妙な指示が下った。捜査線上に柳井の名が浮かんでも、決して追及してはならない、というのだ。隠蔽されようとする真実―。警察組織の壁に玲子はどう立ち向かうのか?シリーズ中もっとも切なく熱い結末。

 

やはり誉田哲也という作家の作品ははずれがなく、とくに本『姫川玲子シリーズ』に属する作品は読みごたえがあると感じた作品でした。

ただ、本作『インビジブルレイン』はシリーズの中でも姫川の女の部分が強調された異色の作品となっているため、好みでないという評価を下す人が多いかもしれません。

そしてもう一点、本書は姫川班として活躍してきた姫川玲子の活躍の場が変更するという点でも特異な位置を占める作品と言えます。

 

暴力団大和会系の下部組織に属するチンピラが刺殺されるという事件がおきます。捜査本部には暴力団担当の組織犯罪対策部第四課も加わり、姫川玲子も暴力犯担当の下井警部補と組むことになります。

ただ組対四課が自分のところで犯人を挙げると張り切っていて、彼らの主導によって本事案は暴力団抗争に絡んだ事件との見方が主力になります。

ところが、柳井健斗という男が犯人だとのタレコミがあり、警察の上層部からは柳井健斗には触らないようにとのお達しが出されるのです。

柳井健斗とはかつて警察不祥事に絡んだことのある名前であり、あらためて警察の不祥事を明るみに出すことはないとの判断が働いたのです。

しかし、姫川がその命令に従うはずもなく、相棒の下井警部補の影の協力もあり、単独での捜査に走るのでした。

 

その単独捜査の過程で知り合うことになったのが極清会の会長であり、大和会の系列組織である石堂組の若頭補佐でもある牧田勲という男です。

この男と姫川玲子との関係が本書の一番の見どころということになるのでしょうか。

 

個人的には、このシリーズの一番の魅力は登場人物たちの個性がぶつかり合う絡みの場面だと思っているのですが、本書『インビジブルレイン』もまたその例に漏れません。

その流れの中でいうと、本来は見せ場である姫川と牧田とのからみの場面が一番気になるところなのでしょうし、確かにその点も気に場面であるのは間違いありません。

しかし、個人的にはそれよりも姫川の相棒である下井警部補との会話や、姫川の上司である捜査一課十係長の今泉春男警部や、捜査一課課長の和田徹警視正と姫川との関係の方がが気になるのです。

さらにガンテツをも巻き込んだ捜査一課の上層部の人間関係と、さらにその上の長岡刑事部長らとの関係が目が離せません。

同時に、彼らの関係、その行動の描き方に魅せられます。

一点補足すると、ここで相棒として登場する下井警部補は、第六弾の『ブルーマーダー』で重要人物の一人として再度登場しています。

 

 

当然のことではありますが、本書で描かれる事件の発端となったチンピラの殺人事件の捜査の様子それ自体も勿論よく描かれています。

その事件に隠された真実が柳井健斗や牧田を動かし、そのことによって姫川ら警察が動き、その中での人間ドラマの描き方が私の好みと見事に一致するのです。

このように、本作『インビジブルレイン』はエンターテインメント小説としての面白さを見事に体現しているシリーズであり、その中の一冊であることをしっかりと思い知らされる構成になっています。

そして先に述べたように、本書で描かれている事件のゆえに姫川の警察官としての人生は新たな展開を見せる、という意味でも重要な一冊だと言えるのです。

 

ちなみに、本作『インビジブルレイン』は映画化もされています。

姫川を演じているのはもちろん竹内結子であり、牧田勲を大沢たかおが演じています。

原作である本書とは若干ストーリーが異なるようで、また姫川と牧田との恋模様に重きが置かれている気もしますが、それでもなお本書の雰囲気を色濃く残している作品だと思います。

また、2019年にリメイクされたテレビドラマ「ストロベリーナイト・サーガ」においてもその第七話と第八話でドラマ化されているそうです。