本『疫病神シリーズ』は、イケイケのヤクザである桑原保彦と、建設コンサルタントをしている二宮啓之とのコンビを主人公とする、長編のピカレスク小説で構成されるシリーズです。
主人公二人の漫才のような会話と、綿密な取材に基づいて書き込まれた緻密な描写が素晴らしいエンターテイメントシリーズです。
『疫病神シリーズ』の主な登場人物
本書の登場人物としては、まずは大阪の二代目二蝶会幹部である桑原保彦と建設コンサルタントをしている二宮啓之という男が挙げられます。
その他に、桑原の兄貴分である二蝶会若頭の嶋田、それに桑原の情報源である大阪府警暴力団犯罪対策課所属刑事の仲川忠司巡査部長がいます。
そして二宮の関係では桑原を毛嫌いしていて、ダンスのインストラクターをしている従妹の悠紀が二宮の事務所に入り浸っています。
『疫病神シリーズ』の二人の来歴
この二人の来歴を簡単に見ると、そもそも二宮の父親の孝之は初代二蝶会の大幹部でした。フロント企業の築港興業という土建会社を設立ましたが、警察に摘発されます。
そこで解体部門だけを別会社として残し、二宮はその「二宮土建」を引き継ぎました。しかし五年目に不渡りを食らい倒産し、その後コネを頼りに建設コンサルタントとなったものです。
父孝之は数年前に糖尿病から壊疽、そして脳梗塞を起こし逝ってしまいます。
孝之にかわいがられていた今の二代目二蝶会若頭の嶋田は、二宮の母親を助け孝之の葬儀の手配をし、初七日まで付き合ってくれたそうです。
一方、桑原ですが、七歳の時に母親を亡くし、中学の時から地元では有名な不良少年で、鑑別所から少年院へと行き、一旦は就職したもののすぐに退職。
釜ヶ崎で日雇い暮らしをする中で二蝶会の幹部と知り合い、都島区毛馬の二蝶会組長角野達雄の盃を貰うことになります。
神戸川坂会と真湊会との抗争で真湊会尼崎支部にダンプカーで突っ込み、追ってきた組員を撃って傷を負わせて六年半の懲役に行き、帰ってきてからは二蝶会の幹部となりました。
しかし、二蝶会初代組長の角野を慕い、二代目組長の森山悦司を嫌っています。
倒産整理と建設現場のサバキをシノギとし、守口では愛人にカラオケバーをやらせています。天性の“イケイケ”であり、性格は極めて粗暴。世の中に恐いものはなく、金の臭いをかぎつけたら何があろうと食いついて離れません。
二宮自身は暴力に関しては全く自信はなく喧嘩も弱いのですが、父親譲りの性格か、妙に度胸がすわっているところもあるようです。
二宮は建設コンサルタントを仕事としていますが、その実態は、建設業務に伴う暴力団がらみの嫌がらせ防止のための用心棒としての暴力団と、その現場の建設業者とをつなぐことを本来の業務としています。
何かと二宮の面倒を見る嶋田は、建設コンサルタントとなった二宮のためにと桑原を紹介し、ここに疫病神コンビができ上ったのです。
イケイケの桑原とのコンビの結果、他の暴力団との抗争になりかけることも多々あるのですが、兄貴分の嶋田のとりなしもあり、何とか今に至っています。
『疫病神シリーズ』の魅力
とにかく、この桑原と二宮との掛け合いがそこらの漫才よりも面白い。
全編大阪弁で通されることの多いこのシリーズですが、まず取り上げるべきはこの二人の会話シーンの面白さでしょう。
本シリーズについてどの解説、評論、レビューを読んでも、この点について否定する人は皆無だと思います。
次いで、作者黒川博行の特徴の一つである、その時の社会的な事件など時代を反映したそのストーリーがあります。
そして、そのストーリーも丁寧な調査、下調べのもとでの緻密な書き込みによりリアイリティに満ちた物語として構成されています。
第一巻の産業廃棄物処理場から始まり、北朝鮮事情、巨大運送会社、宗教団体、映画製作、選挙戦、警察官OBの親睦団体のそれぞれをめぐるトラブルに金の臭いを嗅ぎつけた桑原と、彼に巻き込まれる二宮の姿があるのです。
それぞれ綿密な取材に基づく詳細な描写が為され、社会の裏側を居ながらにして学べる、そういう効果もあります。
ただ、あくまでエンターテイメント作品であり、まずは面白さがあって、その先に普通は知らない、知り得ない隠された情報がもたらされます。
なんともコミカルに為される桑原と二宮の二人の存在が、それぞれにかなりの長さを持つ作品でありながら読者を飽きさせません。
多分ですが、まだまだ続巻が出ると思われるこのシリーズはおすすめです。
ちなみに、本シリーズを原作としてテレビドラマ化、コミック化が為され、そして映画化まで為されています。