『月下のサクラ』とは
本書『月下のサクラ』は『森口泉シリーズ』の第二弾で、2021年5月に徳間書店からハードカバーで刊行され、2024年2月に徳間文庫から496頁の文庫として出版された長編の警察小説です。
通常の警察小説とは異なる、分析係という部門でその能力を発揮する主人公の姿が魅力的な、期待に違わない作品でした。
『月下のサクラ』の簡単なあらすじ
念願かない警察広報職員から刑事となった森口泉。記憶力や語学力を買われ、希望していた機動分析係へ配属された。自分の能力を最大限に発揮し、事件を解決に導くー。だが配属当日、会計課の金庫から約一億円が盗まれていることが発覚。メンバー総出で捜査を開始するが、内部の者の犯行である線が濃厚だった。混乱する中、さらに殺人事件が発生して…。組織の闇に泉の正義が揺れる。(「BOOK」データベースより)
かつては広報課に勤務していた森口泉は念願通りに県警捜査二課に所属する立場になっていた。
そこでの泉は、捜査の最前線で活躍できると県警の捜査支援分析センターの人員募集に応募して機動分析係を希望するものの、最終テストで失敗してしまう。
しかし、何故か分析センターの機動分析係長の黒瀬仁人警部に拾われ、分析係で勤務することになる。
ところが、着任早々会計課の金庫から一億円近くの金が紛失し、内部犯行が疑われる事案が発生するのだった。
『月下のサクラ』の感想
本書『月下のサクラ』での主人公は前巻『朽ちないサクラ』と同じく森口泉という女性です。
前巻では県警広報課という事務方に勤務していたのですが、一念発起して県警を再受験して見事合格し、努力の末に捜査二課に配属され念願の刑事となっています。
さらにそこから捜査支援分析センターの人員募集に応募し、機動分析係への配属されたということになっています。
つまりは、前巻『朽ちないサクラ』での友人の死、そしてその隠された真実を知り、事務方ではなく自分で捜査の第一線に立ちたいとの意思を持ち、刑事になっているのです。
本書は全く別の人物を主人公に据えて書くことも可能あったと思えるのですが、ただ、物語の核心で『朽ちないサクラ』と共通するものがあるためにシリーズ化としたものと思われます。
こうしたことを読みながら考えていたら、読了後に読んだネット記事で『朽ちないサクラ』は「もともと一冊完結のつもりだった」という作者の言葉がありました。
ただ、そこでは『朽ちないサクラ』の最後で泉が「警察官になる!」と宣言していたことや読者の声もあって続編を書いたと書いてあったのです。
作品が先にあって後に森口泉を主人公にしたのではなく、執筆依頼がまずあって、同じ出版社で森口泉を書いていたこと、さらに現実に警察には捜査支援分析センターという組織があること、また、ある警察署の金庫から現金が盗まれた事件があったことなどから本書を書いたそうです。
前巻の『朽ちないサクラ』では、泉と泉の同期の磯川俊一と共に親友だった新聞記者の津村千佳の死の謎を調べていました。
それに対し本書では、事件現場で収集した情報を解析しプロファイリングすることを業務とする機動捜査係というチームでの捜査が主になっています。
この機動捜査係の職務が普通の警察小説の捜査とは異なります。
「自動車ナンバー自動読み取り装置」いわゆるNシステムのデータや防犯カメラの映像などの事件現場で収集された情報を解析しプロファイリングすること解析業務を主な業務としているのです。
その機動捜査係のメンバーは、クールな印象の係長の黒瀬仁人警部を中心に、配属されて八年目の哲こと市場哲也、六年目の真こと日下部真一、四年目の春こと春日敏成、二年目の大こと里見大の五人です。
この機動捜査係に泉が配属されたのですが、この面々のキャラクターがよく描けていて、今野敏の『安積班シリーズ』を思い出させるチームワークの良さが描かれています。
特に係長の黒瀬のキャラクターが、それなりの過去をもって形成されているという設定は、どこかで聞いたような設定ではあります。
ただ、黒瀬に対し一班員ではあるものの黒瀬と昔からのつながりがありそうな市場哲也の存在が光っています。
本書『月下のサクラ』での見どころの一つと言っていいかもしれないのが、泉のデータ分析の場面です。
頭の中で記憶した映像がビデオテープのように再生され、映像の隅には時刻を表す数字が羅列されているというのです。この泉の能力を発揮する場面は読みごたえがあります。
ただ、泉は訓練で記憶力を格段に鍛えたということになっていますが、こうした特殊能力が数年の訓練で獲得できるものなのか、疑問が無いわけではありません。
しかしながら、現実の防犯映像などの調査も結局は似たような地道な捜査の上になり立っているのでしょうから、その作業を少々デフォルメしたと考えていいのでしょう。
本書『月下のサクラ』で一番気になったのが、捜査二課に配属された泉が機動分析係を志望した動機、意味が今一つよく分からないということです。
本文では単に捜査の最前線で活躍できるからとあったのですが、そもそも捜査第二課という知能犯係は捜査の最前線ではないということになりかねず、疑問に思ってしまいました。
とはいえ、本書の面白さは間違いのないところです。
柚月裕子の新しいシリーズの誕生であり、続巻が待たれるシリーズが増えたことになります。