麻生 幾

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本書『アンダーカバー 秘録・公安調査庁』は、文庫本で512頁の分量の公安調査庁の分析官を主人公とした長編の諜報小説です。

 

アンダーカバー 秘録・公安調査庁』の簡単なあらすじ

 

公安調査庁の分析官・芳野綾は、武装した中国漁船が尖閣諸島に上陸するという情報を入手。現場調査官の沼田と事実を追うが国内の関係省庁は否定。しかも沼田に情報を提供した「協力者」がスパイの疑いを掛けられてしまう。苦境の中、綾が辿り着いたのは、日本が未曽有の危機に引きずり込まれる「悪魔のシナリオ」だった。ノンストップ諜報小説。(「BOOK」データベースより)

 

公安調査庁の分析官・芳野綾は、四日後の今週の金曜日に尖閣諸島の魚釣島への一斉上陸を行うために武装した海上民兵を乗せた約九十隻の中国漁船が一斉に出港する予定、との情報を得た。

この情報の確度は、これまでの情報提供者の査定により疑う余地のないものだったが、別なルートからのこの情報の裏取りはしなければならない。

その間に国家の緊急事態だとして芳野綾は上司へ報告するが、しかし、上司の反応は実に鈍いものだった。

こうして、吉野綾の自分の得た情報の裏取りをしながらも、その緊急性により、国家の中枢へ情報を届けるために奔走するのだった。

 

秘録・公安調査庁 アンダーカバー』の感想

 

何かと国際的な情報戦での立ち遅れが指摘される日本ですが、本書『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』を読むとそうした指摘は今でも当たっているのかと疑問に思うほどです。

工作と情報収集を実際に行う現場部門と現場から上がってきた情報を受け分析する分析官の属する本庁とが組織的に分業しているのは、欧米の主要情報機関では基本だそうですが、日本では公安調査庁だけだとありました。

 

これまでにもリアリティに富んだインテリジェンス小説は何冊か読んできました。

まず思い出すのは、濱嘉之の『警視庁情報官シリーズ』があります。実際警視庁公安部に属していた著者の濱嘉之が描きだす世界の臨場感はこれまでの諜報小説のそれを軽く凌駕するものでした。小説としても面白い作品です。

 

 

また、竹内明の描く作品群もあります。例えば『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』は、北朝鮮や中国の工作員による諜報事件の捜査と情報収集を担当する外事二課の活躍を描いたものです。

著者の竹内明はTBSの報道局に属し、社会部および外信部でデスクを務め、後には『Nスタ』のメインキャスターを務めた人です。その取材力で描き出した本書のリアリティーは勿論、小説としても読みごたえがあるものでした。

 

 

ただ、これらの作品は共に警視庁の公安部の話です。それに対し、本書『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』は、警察組織とは別の法務省の外局である公安調査庁という組織の物語です。

読み終えた今でも、逮捕権の有無などの差などを除き公安警察と公安調査庁との差はよくは分かっていません。

本書でも日本警察の「ZERO」という機関との差について、公安調査庁の任務は政治決断者に情報をサービスすることであり、あくまで容疑者を逮捕、送検することをゴールとする「ZERO」とは異なると書いてはありました。

しかし、公安警察は国家という観点からの捜査だという意味の記述をよく見かけます。その点では、公安警察の職務も国家という観点からの情報収集を行うという点では同じと思えるのです。

 

本書『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』を公安調査庁の紹介を目的とした作品として読むと、かなり詳しく、職務内容まで明確にしてあります。

この分析官の情報分析の過程を明らかにしている点は個人的にはかなり関心を惹かれ、面白く読みました。

他方、本書を小説として見た場合、少々説明的に過ぎるという印象が無きにしも非ずです。官庁の仕組みまでを緻密に描き出しているのは少々詳し過ぎかなと思いもします。

たしかに、公安調査庁というあまり認知されていない官庁を舞台にしているため説明的になるのは仕方のないところかもしれません。

しかし、小説の進行上は本書のように詳しい必要はないと思うのです。

とはいえ、エンターテインメント小説としての本書としては、とくに上陸の日限が迫ってきた後半は、緊迫感が盛り上がり、サスペンス感に満ちていて面白く読みました。

 

これまで読んだ、今野敏の『倉島警部補シリーズ』や福井晴敏の『Op.ローズダスト』などのようなエンターテインメントに徹した小説ではなく、現実に即したインテリジェンスの世界の話として興味を持って読み終えることができました。

 

 

とくに、潜水艦内の描写はこれまで見たこともなく、未知の情報という意味でも関心を持って読むことができました。また個々の自衛官の本音も描いてあり、少なくとも私が知っている自衛官の本音に近い描写であったように思えます。

ただ、ラストの設定は不要ではないかと思ってしまいました。意外性を付加したかったのでしょうが、それまで積み上げてきたリアリティが崩れてしまう気がします。

 

総じて、この『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』は若干緻密に過ぎるきらいはあるものの、リアリティに富んだ読みがいのある小説だと思います。

[投稿日]2018年11月01日  [最終更新日]2021年10月30日
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