第一級の山岳小説と冒険小説が合体した、実に贅沢な長編の冒険小説です。
山岳小説も冒険小説も笹本稜平という作家の得意とする分野だそうで、評判通りの面白い作品でした。
エベレスト山頂近くにアメリカの人工衛星が墜落!雪崩に襲われた登山家の真木郷司は九死に一生を得るが、親友のフランス人が行方不明に。真木は、親友の捜索を兼ねて衛星回収作戦に参加する。ところが、そこには全世界を震撼させる、とんでもない秘密が隠されていた。八千メートルを超える高地で繰り広げられる壮絶な死闘―。大藪賞作家、渾身の超大作。(「BOOK」データベースより)
世界的なアルピニストに名を連ねる真木郷司はエベレストの山頂近くで人工衛星の落下の場面に遭遇した。自らは無事だったものの、親友であるマルク・ジャナンが行方不明となってしまう。人工衛星の回収の手助けを頼まれた郷司は、マルクの捜索のこともあって、再度エベレストに登ることになった。しかし、この事故の裏にはテロリストの絡んだ秘密が隠されており、真木は八千メートルを超えるエベレスト山中でのテロリストとの死闘に巻き込まれることになるのだった。
冒頭に書いたように冒険小説としても非常に読み応えのある作品で、文庫本で六百頁を越えるという長さを感じさせない物語です。
ただ、難を言えば、主人公の真木郷司が少々スーパーマンに過ぎるというところでしょう。
八千メートルを超える高所で無酸素のまま数日を過ごすという話は、少々現実味を欠くのではないか、と読んでいる途中で思ってしまいました。こちらは山の素人ですから、作中に普通はあり得ない行為であることも示してあるので、状況によっては全くの不可能ではない話なのだと、それなりに納得したつもりで読み進めたものです。
それともう一点。物語の根幹にかかわる、テロリストの犯行の動機が少々弱いのではないか、と気になりました。
でも、作者の圧倒的な筆力は、地球で一番高い場所という未知の環境を現実感を持ってに描写しています。この筆力の前には、少々の疑問点など大したことでは無いように思えてしまいます。それだけの力量のある作家の、読者をひきつける面白さを持った物語だったということでしょう。
とにかく、読んでいるといつの間にか物語世界に引き込まれています。評判の高い作品であるのも当然だと思いました。
山岳小説と言えば新田次郎です。この人の書いた山岳小説は多数あって、どれか一つに絞ることさえ難しいのですが、あえて言うならば、「単独行の加藤」と呼ばれた登山家加藤文太郎をモデルとしたノンフィクション小説の『孤高の人 』を挙げてもいいかなとは思います。山岳小説と言えば、この人の作品は避けては通れないと思うのです。
海外に目を向けると、やはりボブ・ラングレーの北壁の死闘をまずは挙げることになります。「J.ヒギンズをして「比類なき傑作」と言わしめた」(「BOOK」データベースより)傑作で、冒険小説としての第一級の作品です。