先端技術者としての仕事に挫折した長嶺亨は、山小屋を営む父の訃報に接し、脱サラをして後を継ぐことを決意する。そんな亨の小屋を訪れるのは、ホームレスのゴロさん、自殺願望のOL、妻を亡くした老クライマー…。美しい自然に囲まれたその小屋には、悩める人々を再生する不思議な力があった。心癒される山岳小説の新境地。(「BOOK」データベースより)
六篇の作品から成る連作短編集です。
非常に読みやすく、感動な物語であると共に清々しさも漂い、爽やかな読後感でした。
春を背負って / 花泥棒 / 野晒し / 小屋仕舞い / 疑似好天 / 荷揚げ日和
長嶺亨は父を山の事故で亡くし、父の残した山小屋の運営を引き継ぐことを決心した。そこに父親の大学の後輩だというゴロさんというホームレスが現れ、何かと山について未熟な亨を手助けしてくれるのだった。
先般読んだ漫画の『岳』も山小屋を舞台にした物語で、同じように山小屋を訪れる人々の人間ドラマが描かれていました。
例えば時代小説の旅籠や現代小説のホテルなど、ある宿を訪れる人々の人間ドラマという設定自体は特別なものではなありません。
しかし、山小屋という設定は特別なようです。普通の人にとっては山行自体が非日常なのですが、加えて、そこに「自然」が要素として入ってきます。その自然は、一旦牙をむくと即「死」に結びつくものであり、展開される人間ドラマも苛烈なものとなりやすいからです。
本書でも自然と対峙する人の死が描かれており、そこには街中でのそれとは異なる素の人間の生存そのものが描写されています。
勿論、山を知らなければ山での人間ドラマを描くことはできないでしょうから、笹本稜平という作家さんは山を良く知っておられるのでしょう。山と言えばハイキングコースしか知らない私のような読者にも牙をむいた山の苛酷さがよく伝わり、また山の美しさも同様に感じる、奥行きの深い小説でした。
私にとって山の小説と言えば新田次郎でした。『孤高の人』や『銀嶺の人』を始めとする殆どの作品に魅入られ、読みつくしました。
この新田次郎の作品は山と人間とが対峙していたのですが、笹本稜平の描く本書『春を背負って』の場合、山を舞台にしてはいますが、山と共に生きようとする人間たちのドラマが展開されています。
この笹本稜平という作家さんには他にも山を舞台にした作品があります。かなり評判も高く、実際『天空への回廊』などの、かなり読み応えのある作品を書かれています。
また、本作品は「劔岳 点の記」を撮った木村大作監督により映画化されました。松山ケンイチが主人公で豊川悦司、蒼井優らが脇を支えるらしく、こちらもまた面白そうで期待したいです。