笹本 稜平

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文庫

小学館


本書『特異家出人』は、ある誘拐事件を追う主人公の姿を追う長編の警察小説です。

文庫本で殆ど五百頁にもなる力作ですが、その長さを負担に感じかねない微妙な作品でした。

 

東京都葛飾区在住の資産家老人・有村礼次郎が突然失踪した。質素で孤独な生活を送る老人と唯一交流のあった少女・奈々美の訴えで臨場した警視庁捜査一課特殊犯捜査係の堂園晶彦は、有村邸の玄関から血痕を発見する。同時に預金通帳や有価証券、時価二億円の根付コレクションが消えていた。有村老人は元暴力団員・中俣勇夫に金目当てで拉致された可能性が高い。中俣の潜伏先である鹿児島に飛んだ堂園は、自身の祖父と有村が鹿児島第一中学の同級生だったことを知る。二人はある事件がもとで故郷を追われていた。時代を超えた宿縁をめぐる、慟哭のミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

本書『特異家出人』の主人公は警視庁刑事部捜査第一課特殊犯捜査第二係の堂園晶彦警部補です。上司は高平裕といい、堂園を買ってくれ、何かと捜査しやすい状況を作ってくれる存在です。

ここで「特殊犯捜査係」とは、本来は現在進行形の凶悪事件を専門に扱う部署だそうです。ですが、緻密な捜査技術と犯人との交渉力こそが特殊班の特徴だとありました。

殺人犯の捜査は死人が出てから始まるのに対し、特殊班の捜査は死人を出さないためのものであり、本件のような事案はまさに特殊犯捜査係の出番だそうです。

 

資産家の有村礼次郎が行方不明の事案は事件性があると感じた堂園でしたが、キャリア然とした所轄の所長の反対により捜査本部の設置は見送られることとなります。

そんな折、堂園の父親から多喜男叔父が死んだという知らせが届きます。銀行の貸し剥がしのために新たに借りた商工ローンの支店長に騙されたようなものだというのです。

叔父の葬儀には出席できないという堂園に、有村礼次郎が堂園の祖父の知り合いらしい事実が判明し、更には鹿児島へ連れていかれた可能性も出てくるのでした。

 

本書『特異家出人』は、被拐取者有村礼次郎の身体の安全の確保し犯人の逮捕を目指す警察小説であり、大河小説風味のミステリー小説だと思い読み進めていました。

ですから、せっかくのミステリーの流れも、有村礼次郎が主人公の堂園晶彦警部補の人生に偶然にからんでくるという設定に触れ、いかにもご都合主義的だと感じたのです。

 

その点を除けば、物語の展開自体は非常に面白いものであり、惹きつけられるはずなのです。

本書でのこの作者らしい社会性を見せる場面として、キャリアである署長の経費削減の観点からの捜査本部設置への反対論や警察の裏金問題なども取り上げてあります。

それも単に反対論があったという事実だけではなく、堂園たちが上司の高平らの支援を得て実際により積極的な捜査へと乘り出すきっかけともなるように、物語の流れの一つとして捉えてあるのです。

ただ一点、たまたま有村と祖父とが知り合いだったという偶然が残念な気持ちになったのです。

 

しかし、この偶然を主人公の行う捜査の過程にたまたま現れた接点というとらえ方ではなく、主人公堂園晶彦、そしてその父、祖父の三代にわたる堂園家の物語として見直せば話は変わってきます。

本書『特異家出人』は先に述べたような「大河小説風味のミステリー小説」ではなく、堂園家の親子三代にわたる物語として、まさに「大河小説」そのものではないか、と思えてきたのです。

そういう点からも本書はシリーズ作品ではなく、単発の物語としてあるのでしょう。

その観点で見ると、本書『特異家出人』はまさに大河小説であり、惹句に「時代を超えた宿縁をめぐる、慟哭のミステリー。」とあるのも納得がいくのです。

 

こうした警官の家庭をテーマとした警察小説としては、親子三代にわたり警察官となった男達の人生を描く大河小説であり、2007年の日本冒険小説協会大賞を受賞し、直木賞のノミネート作でもある 佐々木譲の『警官の血』と、その続編の『警官の条件』があります。

 

 

また、単に親子三代の警察官を描く警察小説としては、 堂場瞬一刑事・鳴沢了シリーズもありますが、こちらは大河小説とは言えないでしょう。親子三代の警察官の物語ではありますが、第一巻の雪虫 刑事・鳴沢了を除いては鳴沢了個人の警察小説です。

 

 

話を本書『特異家出人』に戻すと、茶木則雄氏は本書の「解説」で、本書の基礎をなす偶然はご都合主義の疑念を払しょくできないだろうが、作者の巧みな伏線の配置と卓越した文章力で作為的な偶然に終わらせず、そうしたそしりを受けないエクスキューズを構築している、と書かれています。

ここで、「エクスキューズ」とは「弁明」や「言い訳」などという意味だと記されていました。(マイナビニュース : 参照 )

 

しかし、ご都合主義ととられかねない構成であることは否定はできないと思います。やはりその点に関しては物語の構成を考えた方がよかったのではないか、と思うのです。

 

繰り返しになりますが、現時点では新たな視点で振り返り、力作だとの思いを持ってはいます。

ただ、実際に本書『特異家出人』を読んでいる途中では、どうしてもご都合主義との印象もぬぐえません。

現実に本書を読み終えた時点では、面白かったという印象と、それほどでもないという印象との間の微妙な感情にあったとしか言いようがありません。

ということで、残念ながら、冒頭に書いたような「長さを負担に感じかねない微妙な作品」と言わざるを得ないのです。

[投稿日]2020年10月08日  [最終更新日]2020年10月8日
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