『独り立ち』とは
本書『独り立ち』は『吉原裏同心シリーズ』の第37弾で、2022年3月に340頁の文庫本書き下ろしとして出版された、長編の痛快時代小説です。
吉原会所頭取八代目四郎兵衛となった神守幹次郎は、苦境に陥った吉原の再生をどのようにして成し遂げるのか、今後の展開が気になる作品でした。
『独り立ち』の簡単なあらすじ
端午の節句のその日、大門前に立った男女。一年余の京での修業を終え、吉原に戻った神守幹次郎と加門麻であった。再会を喜び合う吉原の面々だったが、長い闘いで吉原が失ったものは大きかった。幹次郎は会所を率い、吉原を再生させることを誓う。そんな中、廓で小さな騒ぎが。やがてそれが幕閣を巻き込む大騒動へと発展していく。新しく始まる吉原の運命やいかに。(「BOOK」データベースより)
一年という期間を経て、幹次郎と加門麻がやっと吉原に帰ってきた。
そして、町名主の面々も幹次郎が吉原会所八代目頭取となり、四郎兵衛を襲名することを受け入れることとなる。
ただ、裏同心としての幹次郎の存在をすぐになくすわけにもいかず、幹次郎は裏同心を兼ねることとなるのだった。
ところが、そんな幹次郎が正体不明の浪人者に襲われるという事件が起きた。
その浪人者から辿っていくと、吉原の大見世「豊游楼」を買い取ったという三左衛門という主へとたどり着いた。
その三左衛門の正体は海賊商いをしているらしく、蜘蛛道から天女池へ行った幹次郎を黒子衣装の女が襲って来るのだった。
『独り立ち』の感想
本書『独り立ち』で、神守幹次郎と加門麻はやっと江戸吉原へと帰ってきます。
そして、前巻の『陰の人』において、吉原会所頭取の七代目四郎兵衛は、上様御側御用取次という重職にある朝比奈義稙一派の手により吉原の大門に吊るされるという最期を遂げてしまいましたが、今般、神守幹次郎が八代目四郎兵衛に就任することになったのです。
ただ、新しい顔も入った町名主の旦那衆の集まりではすんなりと認められたわけではなく、また、楼主の中には幹次郎を快く思わない者もいました。
そうしたなか、諸々の困難を乗り越え吉原のために尽くす神守幹次郎の姿が描かれているのが、本書『独り立ち』です。
新しく頭取となった幹次郎は、加門麻の力を借りて京の祇園との交流を考えたり、切見世女郎となっていたお里香という女郎が内藤新宿から逃げてきたことを知ってその逃亡の原因を取り除いたり、と早速に動き始めます。
また、新しく吉原京町二丁目の大見世「豊游楼」の楼主となっていた三左衛門が、大砲を備えた船で海賊働きをしていることを探り出し、これに対する策を練ることになります。
同時に、この時代の背景として老中の田沼意次のあとを受けて就任した松平定信による「寛政の改革」による極度の緊縮政策により吉原も苦境にあえいでいました。
その松平定信とは、先代四郎兵衛が陸奥白河へと密かに送っていた当時は禿の蕾といっていた定信の想い人のお香を通じて知己がありました。
というのも、定信の子を腹に宿した側室のお香を田沼意次の残党の襲撃から守りつつ江戸まで連れ戻したことがあったのです。
このようにして、新しくなった吉原の復興のために早速動き始める幹次郎ですが、新たな敵となった三左衛門が敵役として小粒であったことや、松平定信との関係も思ったほどではなかったことなど、思いのほかにあっさりとした処理でした。
やっと八代目四郎兵衛として動き始めることになった幹次郎ですから、かつての田沼一派のようなそれなりの敵役の登場を期待していただけに残念に思ったのです。
ただ、まだ新生吉原の最初ですので状況説明というか、今の幹次郎の背景を整理しているとも捉えられます。
次巻から、八代目頭取としての幹次郎の活躍をしたいしたいと思います。