朝井 まかて

イラスト1
Pocket

新刊書

KADOKAWA

写真は Amazon にリンクしています。

楽天Booksは 悪玉伝 [ 朝井 まかて ] へ。


大坂の炭問屋の主・木津屋吉兵衛は、切れ長の目許に高い鼻梁をもつ、三十六の男盛り。学問と風雅を好み、家業はそっちのけで放蕩の日々を過ごしていた。そこへ実の兄の訃報が伝えられる。すぐさま実家の大商家・辰巳屋へ駆けつけて葬儀の手筈を整えるが、事態は相続争いに発展し、奉行所に訴状が出されてしまう。やがて噂は江戸に届き、将軍・徳川吉宗や寺社奉行・大岡越前守忠相の耳に入る一大事に。真っ当に跡目を継いだはずが謂れなき罪に問われた吉兵衛は、己の信念を貫くため、将軍までをも敵に回した大勝負に挑むが―。(「BOOK」データベースより)

 

本書は、大岡政談で有名な江戸南町奉行であった大岡越前守忠相の日記に「辰巳屋一件」と記された江戸時代最大の地獄事件といわれる事件を、新たな視点で描き直した、第22回司馬遼太郎賞を受賞した長編の時代小説です。

 

辰巳屋一件」とは、現在の価値で2000億円という資産を有していたと言われる大阪の豪商「辰巳屋」での相続問題が、単に大阪だけにとどまらず、八代将軍吉宗大岡越前守忠相をも巻き込んでいったという事件です。

この「辰巳屋一件」は、「女舞剣紅楓(おんなまい つるぎのもみじ)」として歌舞伎・浄瑠璃で舞台化されているそうで( カドブン : 参照 )、作者自身が「史実がフィクションみたいに面白すぎて」と書いているほどの出来事です( THE SANKEI NEWS : 参照 )。

この「女舞剣紅楓(おんなまい つるぎのもみじ)」に関しては、上記の「大岡越前守忠相日記」と共に、内山美樹子氏の「辰已屋一件の虚像と実像」という文献が本書の巻末に参考文献として挙げられています。

また、「辰巳屋一件」については、『吉原手引草』で第137回直木賞を受賞している 松井今朝子が、『辰巳屋疑獄』という作品を発表しています( 松井今朝子ホームページ : 参照 )。

この作品は、辰巳屋に奉公した元助という奉公人の視点で描かれた作品だそうですが、私はまだ読んでいません。

 

 

本書の主人公である辰巳屋吉兵衛については、これまでは辰巳屋の乗っ取りをたくらんだ悪人として捉えられていたそうです( カドブン : 参照 )。

しかし先にも述べたように、本書ではその視点を辰巳屋吉兵衛側の視点で再評価したものになっています。

 

こうした手法の作品としては、例えば 山本周五郎の『樅ノ木は残った』があります。この作品はいわゆる伊達騒動の悪役と言われてきた原田甲斐を再評価し、忠臣とした視点で描かれている名作です。

こうした手法は歴史小説を書かれる作家の人にとっては腕の振るい所でもあり、もしかしたら楽しい作業かもしれません。

 

 

そもそも本書は、惹句に「将軍までをも敵に回した大勝負に挑む」などとあったため、 山本一力作品のような大掛かりな痛快小説をイメージして読み始めたものでした。

しかしながら、なにせ本書で取り上げている事件は史実であり、登場人物も出来事もかなりの部分は史実だということもあり( カドブン : 参照 )、いわゆる痛快小説のパターンには収めることはできなかったと思われ、通常の痛快時代小説とは少々異なる運びになっています。

読了後いろんなレビューを読むとほとんどのレビューではこの作品を絶賛してありました。しかしながら、個人的には面白さという点ではこの作者の『残り者』の要が面白かったと思っています。

 

 

勿論、それなりに引き込まれ、面白く読んだことに間違いはないのですが、途中主人公が江戸送りになるころから若干描写が簡潔に過ぎるように感じられました。

ところが、牢内の描写などは緻密であり、少々バランスが取れていないのではないかという印象が払拭できないままに読み終えてしまったのです。

 

ただ、本書での視点、主人公の江戸での訴訟騒ぎというメインの筋とは別に、本事件の背景には江戸対大坂、つまりは「金」対「銀」という構図があったという観点には新鮮さを感じましたし、興味を覚えました。

この点は本書でも説明してあるように、上方から仕入れられる品物の決済について、「江戸では金子を用い、上方では銀子を用いるという流通貨幣の違いがある」のです。そしてこの「金銀」の相場が常に銀高で変動する、というのです。

この江戸と上方の流通貨幣の差が遠因となっているという解釈は見事なものでした。

 

やはりこの作者の作品にははずれはないと言えます。本書もそういう意味では面白い作品でした。

[投稿日]2019年09月30日  [最終更新日]2019年9月30日
Pocket

おすすめの小説

読み応えのあるおすすめの時代小説

励み場 ( 青山 文平 )
一人の最下級の農民である笹森信郎が武家への身上がりを望み、励む姿を描いた長編の時代小説です。そしてまた、その妻智恵の夫への想い、智恵の家族の智恵に対する想い、そして又智恵に対する夫信郎の想いをも見事に描き出した秀作です。
天地明察 ( 冲方 丁 )
冲方丁著の『天地明察』は、当時の暦法であった授時暦の改暦を試みた、江戸幕府碁方であった渋川春海の物語です。食わず嫌いで読んでいなかった作品が、予想外に面白く、且つ感動ものの作品で、登場人物のそれぞれが実に個性的であり、その個々人に関心を覚え、また魅了されました。
会津執権の栄誉 ( 佐藤 巖太郎 )
奥州の名門芦名家が滅亡するまでの過程を、五人の異なる目線で描き出している連作の短編小説集です。十八代当主が殺され、その跡継ぎも三歳で病没し、芦名家嫡流の男系が絶えます。あとは姫に他家から婿養子を迎えるしかなく、ここに家臣団の対立が生じてしまうのでした。
蜩ノ記 ( 葉室 麟 )
10年後の切腹を受け入れ、そのことを前提に藩譜を記す日々を送る戸田秋谷と若き侍檀野庄三郎の物語で、清冽な文章が、潔い武士の生き様を描き出しています。第146回直木賞を受賞しました。
武家用心集 ( 乙川 優三郎 )
武家社会でのしがらみに捉われている侍の、生きることの意味を問うている短編集で、第10回中山義秀文学賞を受賞しています。非常に丁寧な文章で、登場人物の内面を静かに説き起こすような、心に直接語りかけてくるような作品を書かれる作家さんです。

関連リンク

朝井まかて『悪玉伝』刊行記念インタビュー ... - カドブン
知られざる大岡裁きに新風を吹き込んだ最新作は、ウソみたいに濃すぎる実在の人物たちが、 ウソみたいな史実のなかで大活躍する歴史小説です。
朝井まかて『悪玉伝』が第22回「司馬遼太郎賞」受賞!
2018年11月30日(金)、第22回「司馬遼太郎賞」(主催:公益財団法人司馬遼太郎記念財団)の選考委員会が行われ、2018年7月に発売しました朝井まかてさん著『悪玉伝』が受賞しました。
【編集者のおすすめ】『悪玉伝』朝井まかて著 江戸を相手に闘った大坂商人
デビュー当時から書きたいと思ってはいたものの、「史実がフィクションみたいに面白すぎて」執筆を留め置いていたと著者が語るのは、江戸時代最大の贈収賄事件「辰巳屋一件」。
“悪”の汚名を晴らすため 孤軍奮闘の男を描く痛快時代物
堂々たる事件小説である。 時代物のファンはもちろん、それ以外の小説好きも朝井まかて『悪玉伝』を読み、痺れるべきだ。
悪玉伝 - zakzak
デビューから10年。一貫して時代小説を書き続ける直木賞作家の新作は大坂の商家の跡目争いが将軍徳川吉宗、大岡越前守忠相(ただすけ)らを巻き込んだ大疑獄事件だ。
「大坂商人はえげつなくない」 司馬賞朝井まかてさん『悪玉伝』
第22回司馬遼太郎賞(司馬遼太郎記念財団主催)の選考委員会が11月30日に東京の日本プレスセンターで行われ、直木賞作家の朝井まかてさんの『悪玉伝』(KADOKAWA)が選ばれた。
悪玉は何を「もらう」のか? 『悪玉伝』
東京に生まれ育った私が関西の人と話していると、贈答という行為に対する彼我の意識の違いに、驚くことがあります。たとえば、結婚式の場合。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です