『落花狼藉』とは
本書『落花狼藉』は2019年8月に刊行されて、2022年8月に408頁で文庫化された長編の時代小説です。
江戸の町を描く時代小説では忘れてはならない遊郭吉原の勃興期を描いた作品で、かなり引き込まれて読みました。
『落花狼藉』の簡単なあらすじ
戦国の気風が残る江戸時代初期。徳川幕府公認の傾城町・吉原が誕生した。吉原一の大見世・西田屋の女将の花仍は、自身の店は二の次で町のために奔走する夫・甚右衛門を支えながら、遊女たちの世話を焼き、町に降りかかる奉行所からの難題に対峙していくが……。花仍の一生を通して、日本一の遊郭を築き上げる姿を描く長編小説。(内容紹介(出版社より))
『落花狼藉』の感想
本書『落花狼藉』の主人公は本書の装丁画からくる印象にもかかわらず花魁ではなく、吉原の創設者である庄司甚右衛門の女房の花仍(かよ)です。
本書のタイトル「落花狼藉」とは、「花が散り乱れること。また、花を散らし乱すこと。」だそうです( コトバンク : 参照 )。
主人公である花仍の夢は吉原の町に桜を咲かせることであり、本書の締めにもなっている言葉です。
黎明期の吉原を描いた作品である本書は、その『落花狼藉』というタイトルにもかかわらず、絢爛豪華で、粋(すい)な吉原が描かれているわけではありません。
そうではなく、そのような派手な印象のある吉原になる前の遊郭吉原の姿が描かれています。
そもそも江戸の「吉原」は、本書『落花狼藉』の影の主人公でもある庄司甚右衛門が、駿府から移ってきて京の島原を模して作った町だそうです。
本書『落花狼藉』中にも書いてあるように、当初は現在の東京の日本橋人形町にあったそうですが、明暦の大火を機に浅草寺裏の日本堤に移転することになったと言います(新吉原)。
ところで、吉原を描いた小説はかなりの数に上ります。
中でも印象的だったのは、直木賞も受賞している松井今朝子の『吉原手引草』がまず挙げられます。
この作品は、忽然と消えた花魁の葛城失踪事件の謎を追いながら、吉原そのものを鮮やかに描き出した時代ミステリーの傑作です。
次いで活劇小説としては、隆慶一郎の『吉原御免状』があります。吉原の成り立ちに徳川家康の「神君御免状」がからみ、宮本武蔵の秘蔵っ子や裏柳生らが死闘を繰り広げる痛快伝奇小説です。
同じく活劇小説として現在のベストセラーとして挙げられる作品に佐伯泰英の『吉原裏同心シリーズ』があります。
薩摩示現流の達人である主人公神守幹次郎が、吉原の用心棒として、幕府の大物を相手に戦いを繰り広げる、痛快時代小説です。
本書『落花狼藉』の舞台は、吉原で最も古い大見世の西田屋という傾城屋、つまりは女郎屋です。
徳川家康が江戸幕府を開き町を造成したのに合わせ、二十年ほど前にこれからは江戸だとあたりをつけ、駿府から出てきて傾城屋を開いたのが西田屋の主人の甚右衛門です。
その甚右衛門が十二年ほど前に江戸の主だった傾城屋を集め、自分らを守るためにも必要だとして傾城町を作ることを公儀に願い続け、やっと認められた時代から本書は始まります。
本書『落花狼藉』での主人公花仍は四、五歳の頃に甚右衛門に拾われた身であり、子供の頃は鬼花仍と呼ばれるほどの元気者で、遣り手の口やかましいトラ婆や番頭の兄貴分のような清五郎に見守られながら西田屋で娘分として育ってきました。
花仍は、他の小説の主人公のように自分で判断し、主体的に巻き起こる問題に関わり、これを解決していく、というようなことはほとんどありません。
それどころか、甚右衛門の足を引っ張りかねないことをしでかし、トラ婆や、吉原でも名うての揚屋の松葉屋の女将の多可らに助けられながらも、暮らしています。
甚右衛門や三浦屋四郎左衛門といった大物らが吉原の生き残りをかけて、吉原以外の女郎屋を営む連中や、無理難題を言ってくる公儀を相手に苦労するさまを傍で見ているだけです。
でありながらも、格子女郎の若菜に見られるような苦労を可能な限り減らすようにしよとする花仍でもあります。
本書『落花狼藉』では、そんな女郎屋の女将としての花仍の姿もありつつ、対象が女郎たちの世界ですから装束としての着物などの話題も随所に触れられています。
例えば「襠(しかけ)」などという言葉が出てきてきますが、着物のことを知らない私にはイメージすら湧きません。
「襠」とは「打掛」のことだそうですが、その「打掛」すら私にはよくわかりませんでした。
この点に関しては、
などを参照してみてください。
他にも、女郎専門の人買いの「女衒」にも、親が困って遊女屋へのあっせんを頼む「町女衒」や、諸国を回って娘を買ってくる「山女衒」の二種類がある、などの豆知識も散りばめられています。
まあ、こうした知識は普通はいらないでしょうが。
ただ、花仍の男勝りの性格が少々半端に終わっていたり、花仍と娘鈴との確執が結局なし崩しになってるように思えたりと、気にかかるところもありました。
にもかかわらず、やはりこの作者朝井まかての作品は面白いと思わせられる作品でした。
ちなみに、本書『落花狼藉』の装丁画として使用されている日本画を描かれているのは黒川雅子という方で、直木賞作家の黒川博行氏の妻だそうです。
以下は黒川雅子氏の画が装丁画として使用されている黒川博行氏の作品です。